03 襲撃者と断罪者
「そ、そんな・・・」
美少女は、自分の故郷を見るなり深く絶望の底に叩き落とされた。
天高くと燃え上がる炎が集落全体を覆い尽くし、瞳からその光景を脳に根強くインプットさせる。
それに加えて、耳からは同士である竜人族たちの断末魔が酷く鳴り響く。
誰がどう見ても最悪な状況で間違いなかった。
その災いの種は、あいつらだ。
ーーあれは・・・人間か?
離れた位置から見ていたため、人間かどうかの区別がつかない。
だが、集団行動を基本としている鋼の鎧を身に纏う者は、人間族の兵士以外いないだろう。
まあ、竜人族の集落が襲撃されているのなら助ける以外の選択肢はないのだろうが、戦闘経験皆無の俺にどうにかできる代物じゃない。
それなのにどうしてだろう?
俺なら何とか出来てしまうのではないかと思い込んでいた。
どんな魔法が使え、どうすれば使えるのかが自然と頭の中に流れ込んでいるようだ。
まあ、確証はないが。
「ここで二人で突撃しても無駄死にするだけだから、とりあえず作戦としては・・・」
俺は美少女に向けてそう告げるが、彼女はガタガタと酷く身震いしており、声が出せる状況ではなさそうだった。
声が届いていうのかすら怪しい。
だとしたら、俺だけ炎の世界に飛び込んでいくしかないだろう。
「俺が突撃するから、君はここで待機していてくれ」
そう言い残し、俺は戦場へと足を踏み入れた。
鼻を突くような煙の臭いに、燃え滾る炎から発せられる熱風。
どこまでもリアルな夢だな。
そして、集落に燃え広がる炎の中を歩いていると、俺の気配を察知した敵襲が駆け寄ってくる。
見たところ、やはり人間族の兵士で間違いない。
ーーあれ?その紋章は・・・。
俺の目線の先は、兵士たちが胸に備え付けている赤い盾のマークにユニコーンが刻まれた軍のバッジへと向いていた。
そのバッジのデザインに心当たりがあった。
まさかだと思うが、俺の小説に出てくる人間族じゃないよな?
あれ? そういえばここまでの話の流れ。俺のアニメ化した作品とほぼそっくりなような・・・。
自分が作り出した紋章と似ていると少しだけ思っただけなのに、この夢は俺の作品がモチーフにされているのではないかとつい思い込んでしまう。
もし仮に俺の作品だとしたら、次の展開はーーーー
「まだ竜人族の生き残りがいたとはな?我々が「ゲルマンド王国」の兵士であることを知りながら、抵抗しようとでもいうのか?」
やっぱり俺のアニメ化作品がモチーフにされていた。
かなりリアルな明晰夢だなと思っていたけど、自分が一から組み立てた話だからリアルだったのか!
それに、あの美少女が俺の好きなタイプだと思ったのは、単に俺が想像したキャラクターだったから可愛いと思ったんだ!
気が付かないのも無理ないよな、なんだってこっちの方が何万倍も可愛いんだから!
だが、プロット通りではない所もあるようだが、それはどういうことなんだ?
美少女と俺の他愛ない話の回想は、作中に盛り込んでいなかった。
ヘルゼアと呼ばれる竜王が変わり果てた世界を知るために美少女と話す回想だったはずだったのだが、主人公はどこに行ってしまったんだ?
全ての辻褄が合う一方、未だ謎な点が残されているわけだが、先に片付けなくてはならない問題が目先にあることを忘れてはいけない。
俺は口を開いた一人の兵士に向けて告げた。
「お前たちは何で竜人族の集落を襲ったんだ? それなりの理由があるんだろう?」
「ハ! トカゲ風情のお前になんで話さなきゃならないんだ? どうせ死ぬんだから関係ないだろ!」
「なるほど、君の言い分はよくわかりました。だけど、理不尽に殺された身としては納得できないと思うんだが?」
「その減らず口を叩き切ってやる!」
俺は当然のことを当たり前のように告げただけなのに、王国兵士たちはなぜか一斉に抜刀を始めた。
数にして、約三百名程度だろうか?
正直、剣なんて見たこともないから委縮してしまうかと思ったが、どうやら俺の心は平穏を保てていた。
夢の中だから天狗になれるんだろうな・・・。
俺は怒り心頭の様子の兵士に落ち着かせるように宥めた。
「俺たちが争ったところで何の解決にもならない。だからここは大人しく引き下がってくれ」
「低俗な魔物の分際で、我々人間に指図するとは許されざる行為だ! その愚行、万死に値する!」
俺の言葉に一切耳を貸さない様子の先頭に立つ兵士が、他の兵士に突撃指示を出した。
俺と会話をしていた兵士が、この軍隊の大将と言うことで間違いない。
大将兵士の指示と共に、下っ端兵士たちが攻撃陣形を組みながら俺たちの元へと駆け寄ってくる。
その顔色から余裕と嘲笑が見て取れ、まるで雑魚と相手をしているかのように、心の底から楽しんでいる様子だった。
夢だと分かっていても殺されるのは嫌だな・・・、まあ夢だし? 殺しても殺人罪には問われないよな! 試しに魔法が使えるかやってみよう!
襲い掛かる兵士たち計百名程度の攻撃を、試しに魔法で受け止めてみたのだが、予想以上に彼らは弱者であった。
俺が片手で打ち放った魔法が、約百人と言うやわい壁を一撃で破壊したのだ。
目感覚で言えば、百人の壁が一瞬の炎で焼き払われたようにしか見えない。
彼らは一瞬で灰と化し、流れる風が彼らの肉片と思われる灰をさらっていく。
俺は生まれて初めて魔法を使った! それも主人公であるヘルゼアと同じ魔法を!
夢であっても、その興奮はしばらく綺麗さっぱり拭い去ることはできなさそうだ。
そして俺は、差し出していた片手をゆっくりと降ろしながらカッコつけた。
「何だ? 「フレイム・バースト」程度の魔法で殺されるほどの弱者なのか? 正直、塵を焼き尽くす程度の感覚しかなかったぞ?」
いかにも中二病臭いが、夢の中だから何でも許される。
どうせ誰かに見られるものでもないからな。
一応解説を入れておくと、「フレイム・バースト」は炎系魔法にして最下級の魔法だ。
炎系の魔法を伝授する上で、基本という土台の魔法なのだが、その程度の魔法で息絶えてしまうとは誰が予想できたか。
まあ、夢って言うのは俺が想像した通りに事が運ぶわけだから、一撃で消し飛んでも何の問題はないか。
だが、兵士の大将と残された二百名の兵士たちは問題有り気な顔をしている。
その証拠に、驚きを隠せずに目を見開いたリーダー格の兵士と、声にもならない悲鳴を上げながら逃げようとする兵士の姿が、俺のクリアになった視界に映し出されていた。
だから、俺の中二病劇はここで留まることなく更なる加速を見せる。
「おいおい、逃げようとするなよな? 先に敵意を向けてきたのは貴様たちの方だろう?」
俺は、集落を燃やし続けていた炎を頭上の一点に集中させ、彼らの命乞いを耳にすることなくそれを一気に放出させた。
瞬間に、リーダー格の兵士だけを空中に浮かせ、地を這うように放たれた炎が残りの約二百名程度の兵士たちを焼き尽くす。
ちなみに、これら全ての行いは作中で主人公がしていたことだ。
カッコよく書けたと思ったから、自分なりに再現してみたというわけさ。
兵士たちは次々に灰となって行き、最後の一人が消え去ったと同時に、炎は完全に鎮火されたのだった。
「さて、最後に残ったのはお前だけだが、何か言いたいことはあるか?」
空中浮遊を体現した兵士に俺は尋ねた。
だが、兵士は何も答えようとしない。
聞き出したいことがあったのだが、このままではまともに聞き出すこともできない。
頭を悩ませている俺に向けて、兵士がようやく口を開いたかと思えば、とんでもないことを口にするのだった。
「どうすれば、見逃してもらえますか?」
「・・・・・・はい?」
俺は兵士から放たれた言葉を、一言一句理解するのに二十秒はかかった。
そして、その言葉の理解が追い付くと共に、俺の中で怒りが芽生え始める。
「いやいや、お前何言ってんだ? 竜人族の集落を襲い、殺し続けたお前が一体今更何を言うんだ?」
この集落を焼き払うように他の兵士に命じたのは、上層部からの指示を仰がれたこの兵士で間違いないと断言できる。
小説ではそういう設定にしたから。
その男が口した、見逃して欲しいという逃げの一手。
お前は、見逃して欲しいと懇願した竜人族を見逃したか?
そんな竜人たちの気持ちを汲まなかったんじゃないのか?
この期に及んでそんなことを口にする、この兵士の気が知れない。
お前は人間でも何でもない。理不尽に人を殺す、タダの殺人鬼だ。
夢なのに、俺の心は不快感で支配尽くされていた。
俺は、この兵士が逃げの一手を要求する台詞を作中で一切書いていない。
予想外の出来事だったからこそ、俺の怒りは最高潮にまで達してしまったのだ。
「お前たちは平和を望んでいないのか? なぜ俺の同胞を殺した? 殺せば平和とは程遠い世界に変わってしまうと分からなかったのか?」
「ああ、分かっている、俺たちも平和を望んでいる。だからこそ、このプロセスが必要だったのさ」
そして、男は俺を刺激すると分かっていた上で公言した。
「お前たちのような「魔物」が存在する以上、真の平和は訪れないと思い至ったからだよ!だから、俺たちは人間族の平和のために竜人族を殺した。それの何が悪い?平和のためにしたことなのだから悪いことではないだろう?」
ああ、そうだった。こいつらの設定は階級差別をするクソ野郎な人間族だった。
竜人族を含めた亜人とされる低俗の魔物は、この世界には不要だからと人間族のご都合で殺されなければならない運命を背負っているという設定にしていたな。
だとしたら、話を作り上げた俺が非難されるべきだろうが、明らかにこれは違う。
俺はこんなに腹立たしい作品を書いた覚えがない。
きっと、予想外だった逃げの一手をまだ引きずっているのだろう。
あれがあったから、こんなにも腹立たしいんだ。
「そうか、貴様ら人間族の言い分はよくわかった。平和な世の中にするために邪魔な存在を容赦なく排除する。そうだな?」
「ああ、そうだ。なんだ、話が分かる竜人族もいるじゃないか! とりあえず俺を解放してくれないかな? 話はそれからでも?」
「解放? そんなふざけた話があるか。邪魔な存在を容赦なく排除する、確かにお前はそう言ったな? 言ったよな!」
空中に浮き続ける兵士に、俺はヘルゼアが使用する「空縛」の魔法を使用した。
「空縛」によって作り出された空気の流れが、兵士に向けて一気に凝縮する。
締め付けられる兵士は、声を必死に絞り出そうとしている。
恐らくは、助けを求めようとしているか、「なぜだ?」ってことだろう。
彼の顔は、火が吹き出しそうなほどに赤く腫れあがっており、鋼でできた鎧は風船のように簡単に弾け飛ぶ。
「邪魔な存在を容赦なく殺す、それじゃあお前たちのような人間族は俺たち竜人族からしたら邪魔な存在だ。だから貴様を殺す。筋は通っているだろ?何か不都合でもあるなら特別に申し出ることを許そう。さあ、何か問題でもあるか?」
俺自身でも少し、鬼畜なやり方だろうと自覚している。
「空縛」で締め付けられた高圧空間に、低レベルの人間が話せる余裕が持てないのは分かっていた。
それ以上に、兵士の言葉に激しい憤りを覚えていたのだ。
鬼畜だと分かっていた上でこのような行動に出ているのは、俺の未熟さにも問題があるだろう。
だが、今は未熟だろうと稚拙だろうと何を思われても構わない。
ここは、俺が作り出した幻想世界。
世界を修正し咎めることができるのは、間違いなく「原作者」である俺だけだ。
そして俺は、兵士に最期の別れを告げる。
「何もないなら、お前を邪魔者とみなし容赦なく殺す。世界の平和のために死んでくれ」
「空縛」の圧力を更に上げると、兵士は声にもならない悲鳴をあげながら、ボトボトと口から吐血し始める。
しばらくすると、眼からも血が多量に吹き出し、それから数分後。
竜人族を大量虐殺した『ゲルマンド王国』の兵士たちは無事に一掃されたのだった。
辺りを見渡すと、灰色の煙が天高くへと舞い上がっており、家屋だと思われた家々は木炭のように変色していた。
「竜人族の生存者を確認する。手伝ってくれるか?」
そう言いながら美少女の元に駆け寄ると、下瞼を晴らした彼女はコクンと一回だけ頷く。
考えたくもないが、美少女は俺が兵士と揉め事を起こしている間に沢山の涙を流していたのだろう。
そして、俺と美少女の二人で救命・救助活動を始めたのだが、一時間、二時間が経過した今でも生存者は見つかっていない。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次の更新は16日の18時半になります。