01 人生の転機
「『害悪竜王は和睦を望まない』新刊発売! 害悪竜王は新たな歴史を刻む────」
新刊が発売されることは、作者にとっても読者にとっても大変嬉しいことだ。
新刊の売上が上々なら、作者は一層増して執筆に力を注ぎ込むだろうし、読者は前巻から引き延ばされていた続きが気になるという欲求からようやく解放されるのだ。
互いにとってWINWINな関係になれるから、俺はいつも頑張って小説を書いていけるのだが、もちろん例外はある。
それは、新刊の売上があまりよろしくなかった時だ。
新刊があまり売れなかったということは、つまりその作品にそこまで読者層がついていないことに他ならない。
別に売上がよろしくない作品を貶しているわけじゃないよ?
ただ、「諦めなければ夢は叶う」という実体験をした俺からのアドバイスをしたかっただけなんだ。
まあ、今の俺から言われても嫌みにしか聞こえないだろうが。
「内宮竜二先生、『害悪竜王は和睦を望まない』のアニメ化おめでとうございます! ノベル版の方も、引き続き頑張っていきましょう!」
そう、俺こと内宮竜二は、本日をもって「アニメ化作家」へと昇格したのだ。
ここまでの道のりはかなり長かった。
最初は、可愛い美少女が沢山出てくるハーレム学園ものを何本も書いてきたが、売上の方はあまりよろしくなかった。
それでも、美少女にチヤホヤされる主人公を題材としたものを書きたかった俺に救いの手を差し伸べてくれたのが、今アニメ化を祝ってくれた担当編集部の山下さんだった。
俺の書いたハーレム学園ものの売上が低迷している中、とあるレストランでの山下さんの言葉を今でも耳の奥に残っている。
山下さんがくれたありがたきお言葉、それはーーーー。
「ーー今異世界最強系ハードもの人気あるから、それとハーレムくっつければ良いんじゃね?」
当初の俺は「こいつマジかよ。学園もののハーレムだから胸がキュンキュンくるんだろうが!」と思っていたのだが、いざ書いてみると売上は鰻登りでどんどん駆け上がっていき、最終的には売上二千万部という大ヒット作品を叩き出してしまったのだ。
書きたくもなかったジャンルで、ここまでの功績を残せるとは流石に驚きである。
他の作者からは嫉まれ、担当編集に頭が上がらないのは自然な成り行きだった。
「いえいえ、アニメ化できたのは山下さんのおかげですよ。これからもよろしくお願いします!」
「いやー、内宮先生の発想力が見事に生かされただけですよ。私はただ適当にアドバイスしただけなんですから!」
大きな口を開けて笑う担当編集に、「そんなことないですよ」と言えないで一緒に笑っている自分がいる。
まあ、それも仕方がないでしょう。だって誰がどう聞いても適当にアドバイスされたようにしか聞き取れないだろうから。
そんな適当なアドバイスを真に受け取った俺はかなり馬鹿だな。
でも、かなりの馬鹿でよかったと今日は思える。
馬鹿じゃなかったら、こんなに幸せな気持ちで満たされることはなかっただろうから。
「山下さん! 日頃の礼で今日は俺が持ちますよ!」
「ええ! 荷物持ってくれるんですか⁉ それはありがたいですね!」
「いえ、そういう持つじゃなくて!」
「分かっていますとも、それでは今日は内宮先生の奢りというわけで沢山ごちそうになりましょうかね!」
「あ、そこまで無理して食べなくてもいいですからね?」
「いえいえ、遠慮しないでバンバン食べましょう!」
「いや、どれだけ食べるか知りませんが、程々にしてくださいよ? 程々に!」
そう言ったのにも関わらず、山下さんはピザを食べるわチョコレートパフェを食べるわで、絶対に自分の金では食べないものばかりをチョイスして食していた。
結局、俺が全部持つことになり想像していた額の三倍にも及んだ。
そして俺は、これを機に山下さんに奢るのは二度とやめようと胸に誓うのだった。
「それでは、内宮先生。気をつけて帰ってくださいね?」
「あ、はい。山下さんも気を付けてください。今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。今後とも頑張りましょう!」
呼びつけたタクシーに乗り込み、帰宅する山下さんを見届けた俺は徒歩で自宅まで帰る。
今回待ち合わせになったレストランは、自宅から徒歩十分圏内で営業しているお店だったため、電車や自転車を使わずに歩いてきたのだ。
たまには歩かないと体が衰えてしまうからな。こういう日があっても良いだろう。
「にしても、まさか俺がアニメ化作家になるとは夢にも思わなかったな・・・。全部夢オチだったりしてな」
もし夢オチだったら相当笑えるな。ーーいや、笑えないか?
だが、これは「夢」ではなく「現実」だと断言できる。
何故なら、俺の鼓膜が感じ取った山下さんの「アニメ化」という言葉の響きが、今も尚俺の感性を刺激しているからだ。
この気持ち、この感覚。間違いなく現実だ!
「これを機に彼女とかできちゃったりして!」
バックの中から新刊を取り出すと、俺は熱くそれを抱きしめた。
別に架空の女の子を連想させて抱きついているのではなく、輝かしい未来に少しばかり興奮しているだけだ。
なんせ、俺は二十一歳=彼女無し歴だからな。アニメ化作家となれば、一人ぐらい彼女ができてもおかしくないのではないかと楽観視した妄想を膨らませてしまうのは、経験が無い以上仕方のないことだった。
大学に通いながら書いているわけだから、出会いがないわけではない!
と・に・か・く、俺は彼女欲しさに飢えているのだ。
でも、単行本を抱きかかえながら興奮している奴は普通にキモいよな。しかも路上のど真ん中で。
周りから見ている人からすれば、かなり気持ち悪い絵面でしかないから不快に思う奴が必ずいるはずだ。
そして案の定、俺の行動に不快感を覚えた奴がすぐそばにいたらしい。
「らしい」というのは確証がない出来事に使う言葉だから、状況的にも正しいと言えるだろう。
一瞬の出来事だったから、俺の思考はうまく纏まっていなかったのだ。
後頭部に強い衝撃と痛みが走り、それ以降の記憶はすでに途絶えていた。
どうやら、俺は見知らぬ人に殴られ気絶してしまったようだ。
命に別状はなく気絶程度で済むのなら別によかったのだが、この時の俺は知る由もなかった。
この騒動が世間に大きく取り上げられていることに。
「緊急速報 「害悪竜王は和睦を望まない」作者 内宮竜二さん死去。犯人は今も尚、逃亡しており、警察は強盗殺人の方向で捜索を進めている模様────」
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