自分のためにできること
優しい声がする。
あぁ、懐かしい声だ。
「おはよう……エルヴィ。今日はよく晴れているよ?」
本当? 晴れは嬉しいわ。
最近雨ばかりで、暑くて乾燥したこの地域もムシムシして大変なの。
「そっか……エルヴィは寒くない?」
うーん……震えると言えばそうかしら?
「風邪ひいたら困るから……」
ふぁさっと身体を包む柔らかいもの。
ありがとう、軽くて柔らかいのね?
「毛布だよ? 膝掛けもあるけどね」
毛布? 毛布ってこんなに柔らかいの?
「値段によっても、地域によっても、作られている生き物の毛が違うからね。この毛は最高級の北の地域の生き物の毛だよ」
すごい! あら?
なんで私は、お喋りできているのかしら?
首を傾げると、上でぷっと噴き出す声がした。
「わかるよ? エルヴィ……今日はよく喋ってるもの」
えっ……そんなにお喋りだったかな……?
「……ねえ? もうそろそろ起きない? 君の目を見て話したいよ」
でも……また、あの部屋に戻りたくないの。
「戻らなくていいんだよ? 一緒にいようよ。だから起きて?」
懐かしいイントネーション……。
優しい声。
起きていいのだろうか?
迷惑にならないだろうか?
一緒にいてもいいのだろうか?
「良いんだよ? 俺がエルヴィの側にいたいんだ。だから、エルヴィがしたいことをすればいい。自由に生きてほしいんだ」
自由に?
一緒にいてって言うのは、わがままなのかな……?
私も頑張るから……いてほしいなぁ。
「……君の望むままに」
ふと、頭の上に何かが降ってきた。
驚いて瞼を開き上を見ると、懐かしい茶色の瞳が見えた。
瞬きをする。
昔は短かった髪を伸ばして、左肩に束ね胸に広がっている。
「髪……伸びたのね? 明るい秋の色」
「稲穂色って言うんだって。エルヴィの髪は水面に映える光色だね」
「緑は余り知らないけど、綺麗でしょうね? ヒースの目の色はその色なのでしょう?」
「元気になったら公園に行こうよ。ピンクや白、黄色……綺麗だよ」
昔とは違う大きな手が、華奢なエルヴィの手を握る。
「そう言えば、エルヴィ。おはよう」
「あ、あの、おはようございます。ヒース……ここは?」
周囲を見回す。
見たこともない白い石でできた建物と、枯れた丘や畑の土しか見えない村だったと言うのに、背丈の何倍もの高さの樹々が遠くまで続いている。
エルヴィが初めて見るものばかり……この景色はヒースの絵はがきの絵で知ったのだ。
「絵はがきと一緒……これが、ヒースの見ていたもの? 綺麗ね! ここはお城?」
「ここは、俺が住んでる……上司の実家だよ。ほら、友達がいるって言っただろう? 友達の親戚の家」
「い、家ですか? ここ……村が全部入りそうです」
「そうかも。俺も全部回ってないよ? 職場の方が仕事だし、回ってるくらい」
「えっ? こんな建物がまだあるの?」
見てみたいなと見上げると、笑顔になるヒースがいた。
「うん、この都はとっても広いよ? それに行商に馬車で来るんじゃなくて、店がずらっと並んでいるんだ。今日は無理だけど、元気になったら一緒に行こう。どこにでも連れていってあげるよ。エルヴィ」
「えっ? いいの? 仕事、大変じゃないの?」
「大丈夫だよ。3日に一回休日を貰っているんだ。だから今日は休みで、明日と明後日仕事だから3日後にね? この車椅子で公園に散歩に行こうね」
「コウエン……楽しみ。一緒ね」
久しぶりに見たエルヴィの笑顔に、ヒースは頬を赤くした。
ヒースは、毎年必ず最愛の恋人に似合うリボンを贈ったのでした。
この後、二人は幸せに、昔話の最後と同じ、めでたしめでたしで終わります。