未来のために出来ること
身体に戻り、深い深い眠りについたお姫様は、先程より落ち着いた眠りとなっていた。
多分というより確実に、娼館に送られるくらいならと無意識に心は身体から離れようと思っていたのだろう。
幼い頃から傷つけられていた少女は、最後に命がけで……。
男は、黙ったまま少女に癒しの術をかける。
これで心は無理だが、理不尽に傷つけられた手足や身体の傷は消えていくだろう。
すぐに消すと弱った身体に負担がかかる、ゆっくりゆっくりとだ。
トントン、トン……
扉が叩かれた。
「叔父上。大丈夫でしょうか?」
入ってきたのは姪。
兄の娘である。
「ヒースの連れてきた女の子が、倒れたと聞いております」
「あぁ。ありがとう。今、眠ったところだよ」
「そうでしたか……」
自分は水差しとグラス、後ろについていた女官たちにぬるま湯が入った洗面器とタオル、着替えを持たせている。
近づいた女性は、くすんだ肌以上にこけた頬、パサパサとした髪に息を呑む。
「なんてこと……」
「この子は眠ったばかりなんだ。怒らないであげて」
「分かっております! 腹立たしいのは……権力を持つ意味を知らない人間です。それに……寝る間も惜しんで動くアルたちの努力は、報われていない……いえ、もっと尽くさなければと」
小声で返す。
「叔父上。着替えを致しますから、部屋の外にお願いしますわ」
「分かった」
姪に託し、部屋を出ていく。
しばらくして、戻ってきたヒースと共に部屋に入ると、窓際のベッドの上にはプラチナブロンドの髪の少女が顔色は悪いままだが、白いパジャマ姿で静かに目を閉じていた。
心配そうに手を握り、呼吸を確認しようとするヒースに、
「深い眠りについているんだ。心も身体も疲れ果てているんだから、眠らせてあげなさい」
「でも、食事を摂らなくては、死んでしまいます! きっとずっと、水だけしか口にしていません」
「絶食後に食事は逆に負担になるよ。飲み物から粥と少しずつ量も増やしていけばいい」
「でも、僕はまだ、家が決まっていませんので……」
「彼女が元気になるまでここで過ごすといい。それに、ヒース、あの家出ていくの?」
頷く。
一応、故郷が遠く、近くの長距離移動便の終点の町からでも往復10日はかかる。
長期休暇でも長距離移動に往復5日かかるのだから、それより勉強やバイトに当てようと思っていたし、両親にそのことは前もって伝えていた。
それに、ヒースが進学した後両親は姉を頼り、別の町に移り住んでいたこともある。
その町は故郷よりもっと遠いと聞いていたし、道も分からなかったのもあり、館長に残ることを伝えた。
すると、緊急の修理はその都度行なっているが、大掛かりな修理補修点検のために長期休暇期間中は寮を封鎖すると言われ、困っていたらそのまま館長の孫だと言う悪友の兄たちに回収された。
「勉強もできる収入のいいバイト、紹介するよ?」
「それって、騙されたらダメって言うのじゃありませんか?」
「そんなわけないじゃん! 本当にバイトだよ、バイト。学生には少し高いくらいで、着いてる人間には普通に払われる額だよ。真面目に働いたら、プラスするし」
「真面目って……失敗すると死んじゃうんですか? 潜入捜査とか……」
「ないない」
悪友兄その一、その二は、にっこりと微笑んだ。
そのバイトは当然、未成年でまだ特別な勉強をしていない者には当たり前な、
「はい! この本を運んでくれる? 向こうの室長に渡してくれたらいいから」
「はい!」
「あぁ、そのまま持っていかない。そのカートに乗せて、ゆっくり運んでいいから」
「はい!」
広大な書庫で、今日は半日仕事。
昨日は先輩に連れられ、将来就職するかもしれない施設の見学に行ったし、一昨日は館長の手伝いをした。
毎日朝は早起きして訓練、昼食後には勉強となっている。
3日に一回は休暇だと言うのに、信じられない額のバイト代が10日ごとに支払われる。
貯めたお金は両親に送ってもいいと思ったが、あの日以来一緒に過ごすトゥールと言う悪友から、
「俺が言うのもなんだけど、あんまりお金持ってるとか言うなよ? そうすると親がお金くれって言ってくるぞ? お前のお金はお前が使うべきだ。いつ必要になるかわかんないだろ?」
と言う言葉に、それもそうだと先輩に相談して貯めることにした。
でも、どうしても、彼女には……エルヴィには何かを贈りたかったんだ。
見ることはできないけれど、笑ってくれると思ってた。
あのはにかむような笑顔で、少し頬を赤くして笑ってくれると思うだけで嬉しくなったんだ。
だから、お金を気にしているならと、紙幣を送ったし、似合いそうだと思ったリボンを見つけて贈ったし、絵はがきや便箋に封筒、ペンを添えた。
全部取り上げられているとは思っても見なかったけど。