君のために出来ること
何でこんなことになったのだろう。
もっと早く、無理にでも迎えに来ていれば良かった。
俺は、部屋とは到底言えない物置小屋の隅の、ワラの上に横たわっている愛おしい存在に言葉を失った。
目の前の彼女は色あせた髪とくすんだ肌をしていた。
いつも笑っていた頬はこけて、あの頃の笑顔はなかった。
でも俺にとっては初恋で、ずっとずっと一緒にいたいと思っていた。
この村を出て行っても、その気持ちは変わらなかった。
学校に進学することになって、彼女に告白をした。
でも、信じてもらえず、手紙を送っても、
『お金もかかるから、私なんかのために無理はしないで』
そう言っているように感じた。
君のためになら、学校の休みの日にバイトしようが、勉強をして飛び級して優秀な成績を残すのだって苦じゃなかった。
その点、俺は優秀だったのか、地方の学校に進学すると通常5年かかるところ、2年で卒業し、すぐに都の高等教育学院に推薦されたし、面倒くさいが一つ上の王子になぜか気に入られ、ルームメイトになった。
ついでに言えば、王子の兄姉たちに気に入られ、放り込まれたのが特別な部署だっただけ。
そして、仕事に就く前に、一日でいいから故郷に帰らせてくれと頼み込んだ。
大切な人がいるのだと、彼女のためにどうしても戻りたいのだと……。
最後に会ったときの彼女の何かを飲み込んだ、潤んだ悲しげな青い目が、忘れられないのだと……。
「青い目?」
悪友である王子は振り返る。
「青い目なのか? 緑とかじゃないのか?」
一瞬眉を潜めた王子の言葉に首を振る。
「青だよ。お前に似てる……あっ! 目だけだぞ? あの子は垂れ目だからな!」
「俺に似てたら、こっちだって嫌だよ」
顔をしかめた悪友は、つり目気味だがなかなか整った顔をしている。
しかし、それは当然男性的なものであり、可愛らしい彼女とは全く違う。
「で、その彼女は?」
「故郷の村にいる……」
「えっ? お前の故郷の辺りって……今、冷夏と大雨で大変なんだぞ?」
「えっ……そんなこと、彼女の手紙にはなかった……」
「そりゃ、心配かけたくなかったんだろ? それに、時期も時期だ」
俺は急いで故郷に戻るために飛び出した。
今すぐ、彼女に会いたい。
彼女のそばに行きたい。
そして、彼女を連れ去りたい。
今まで頑張ってきたんだ。
それくらい許されるはず。
帰ったらすぐ、彼女の笑顔を見られるんだと思っていたんだ。
ついてきてくれると言う悪友と職場の上司と一緒に、村長の家に乗り込んだ。
すると、彼女の部屋はなかった。
いや、家の中にはあの子は住んでいなかったんだ。
大不作だと言うのに、痩せることもなく文句だけ言う年寄りを振り払い、探し回る。
そしてようやく日当たりの悪い崩れかけた物置小屋の隅に、ワラにボロボロのシーツをかけたものに横たわり、ホコリっぽい毛布をかけて目を閉じている痩せた少女が眠っていた。
呼吸は聞こえる。
ゆっくりと小さい寝息が……。
でも、目を開けてくれない!
「ただいま! 遅くなってごめん」
ぎゅっと手を握る。
「迎えにきたんだ。一緒に生きよう」
声が届いて欲しい。
耳だけじゃなく、心に届いて欲しい。
どうかもう一度俺を見てくれるだけで幸せなんだ……
握りしめでも弱々しく、この状態は生死の境をギリギリのところで留まっている。
これがぐらつくと、いつ息を引き取るかわからない状態……。
嫌だ、嫌なんだ!
君を失いたくない。
幸せにしてあげたい、それに俺だって幸せになりたい。
子供っぽいかもしれないけど、俺は俺の人生を君と生きたかったんだ。