第三話 ロッドの誓い
僕がコウジ兄ちゃんと暮らすようになって、5年の月日が流れた。
両親と弟妹を失い、僕も貧しくて、食べ物を盗んで、追われたところを助けてくれた。
それから、二人の共通の敵、ブログリュー公爵に復讐したんだ。
そして、ここブルータスの街の外れに、丸太小屋を建てて住んだ。初めは大変だったよ。丸太を切り出して、コロを使って運んで。一日に3本の丸太を切り出すのが、精いっぱいでさ。
丸太で壁を造って、屋根をつけるまでの2ヶ月は、野宿だったし。
でも、兄ちゃんは、根気よく、辛くならないように、僕と話したり遊んだり、本当に楽しい毎日だった。
この街に来て、兄ちゃんが偶然保護した子が孤児院の子供で、孤児院が困っていることを知った兄ちゃんは、孤児院の土地を不当に取り上げようとする、悪徳商会をやっつけ、孤児院の経営も立て直した。
その縁で僕も孤児院に親しく出入りするようになったんだけど、初めて連れて行かれた時は、僕もここに入れられるのかと不安になった。
けれど兄ちゃんは、皆に僕を弟だと紹介してくれて、そんな不安を打ち消してくれた。
コウジ兄ちゃんは、次々と周りの困っている人達を助け、皆を幸せにするために努力を惜しまなかった。そしていつも傍らに僕を置いて、その生き方を教えるように、たくさんの話しをしてくれながら、僕を育ててくれた。
農業学校ができたとき、僕は兄ちゃんから、レイネお姉ちゃんの助手をするように言われた。
コウジ兄ちゃんは、校長。レイネお姉ちゃんは、試験官。皆の前では、ちゃん付け禁止。兄上、姉上と呼ぶように言われた。孤児院の呼び方でレイネさんを姉呼びしているが、他領の貴族子弟の前では、まずいのではないかと言うと、「いいのよ、コウジさんの妻になる私だから、貴方の義理の姉なのよ。」そう断固として、姉呼びを強要されてしまった。
農業学校が始まると、午前中の講義はもちろん、午後の実習や視察にレイネ姉上が行くものだから、僕も必然的に付いていくことになる。
ただ実習や視察は、レイネ姉上の代わりとかで、僕に体験させるのだ。まるで生徒と同じ扱いなのはなぜだ。
おかげで生徒の皆さんとは、打ち解けて話せるようになった。
「よう、弟くん。昨日の金鉱視察は、きつかったな。あんなに身体を使ったのは、生まれて初めてかも知れん。」
「ええ、僕も薪割りで鍛えてるつもりでしたが、今朝はあちこち筋肉痛です。」
「おはよう、お二人さん。宿題の《てこの原理を応用するもの》はできたかい?」
「おはようございます、リーチさん。僕は生徒じゃないですから、宿題は関係ありませんよ。」
「そうかな、校長は自分の弟が生徒達に負けないために、同じ待遇で鍛えてるって、皆言ってるよ。心当りない?」
「えっ、そう言えば今まで皆と違ったことは一度も無いですけど、やばい、宿題考えてないです。」
その日の夜、僕は騎士団長のポーカーさんに誘われて、近頃ブルータスの街で評判の居酒屋に来ていた。
彼は、僕のことをロッド坊と呼び、学校が始まる前は、時々騎士団の訓練に参加する僕を、親身になって面倒を見てくれた。
「なあ、坊よ。この居酒屋も代行が料理を教えた店の一つだぜ。坊なら、孤児院で食べてるかも知れないが、メニューは100を超える。
毎日来ても食べたことのない料理が食えるぞ。」
「孤児院や兄ちゃんと二人きりの時は、皆さんが食べたことのない料理を、食べてはいますが、それほど多くないですよ。主に子供向けの料理ですから。現に、ここのメニュー表には、知らない料理がたくさんありますよ。」
「そりゃ良かった。坊に喜んで食べてもらえるってもんだ。」
僕は食べたことのない料理を幾つか、ポーカーさんは、自分の好きな料理を二品追加し、お酒を頼んだ。運ばれて来た料理を食べながら、酒の入ったポーカーさんは、上機嫌で僕に語る。
「コウジ代行に、初めて会ったのはよう。レイネお嬢様と二人で街を歩いている時で、ちょっと人通りの少ないところへ来ちまって。そしたら突然、10人程の男達に襲われてな。
俺が、なんとかお嬢様を逃がそうと、必死だったところへ、加勢に入ってくれてな、そりゃ凄い腕前で、あっという間に5人を倒しちまった。あとのやつらは、ほうほうのていで逃げて行きやがったよ。
俺は思ったね、神様のお導きだってね。レイネお嬢様の旦那様には、この方しかいないってね。」
熱く語るポーカーさんの話しは、尽きることなく、帝国との戦争の話、鉄道、漁業、遊園地。傍らで見続けて来た兄ちゃんへの尊敬と憧れを、いつまでも語り続けた。
僕は不思議だが兄ちゃんと同じ景色の中にいる情景が想い浮かんだ。そして何か見えた。
兄ちゃんがしてきたことが。兄ちゃんが目指していることが。
そして心に深く思った。兄ちゃんが僕に教えたかったこと。周りの皆に、そっと、しあわせという贈り物を、していこうと。




