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異世界ランボーな生活《悪業には、天誅を。スマホ検索で、生活改善。俺の目指すのは、まわりのみんなの笑顔だよ。》  作者: 風猫《ふうにゃん》
第14章 俺は思想の自由は認めるが、人のいとなみを、阻害することは許さない
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第二話 大司教の崩御と歪めらる教義

 長らく(あいだ)を開けてしまい、申し訳ありませんでした。

 ここまでで、ひとまず本編は完結とさせていただき、時々、回想話を投稿したいと思います。

 熱心にご愛読いただきありがとうございました。

 新作を始めました、お仕事の昼休みに、読んでいただければ幸いです。 

  『地方公務員の異世界奮闘記』

   https://ncode.syosetu.com/n5145gv/

 月日が経つのは早いもので、セーラ達シスターがオスマナ国に来てから、半年が過ぎた。

 孤児達も打ち解けてくれて、日々の生活も、ようやく落ち着いた頃、本国の教会本部から、訃報が届いた。大司教様が崩御なされたのだ。

 セーラは、一度だけお会いしたことがある。見習いシスターから正式なシスターに任命されるときに、教会の本部で大司教様の説話を聞き、直に任命書を手渡されたのだが、その時の印象は強烈に覚えている。

 お優しい慈愛に満ちたお顔で、『どの孤児も分け隔てなく、愛してあげてください。』と、お声を掛けていただいた。

 説話の中では、『神様は、いつもお側に居られて、あなたを見ていらっしゃる。頑張って。あきらめないで。必ずいいことがありますよ。っておっしゃっていますよ。』と言っていた。その時、私は神様って大司教様のような慈愛に満ちたお方だろうと思った。

 そうして、孤児の私は、父親を亡くしたような悲しみを覚えた。



 時は遡ること、大司教の死が間近に迫っていた日、枕もとに呼ばれた3人の司教に対し、大司教は一番若い、キリギス司教を後継者に指名し、語り掛けた。

『キリギス、あなたは敬虔な信者です。しかし、教義を突き詰めて考え過ぎては、なりませんよ。神はすべてをお許しになるのです。』それが大司教からキリギスへの最後の言葉だった。



 キリギス大司教となってしばらくした頃、オスマナ国各地に派遣されたシスターが、相次いで辞めるという事態が起きた。

 イースター教の教義では、司教もシスターも結婚することを認めておらず、それは神の妻、神の夫となることを意味していたからだが。

 一度、神に捧げた身を他者に委ねるなど、教義の上では不敬だが、暗黙の了解として、結婚する者は、シスターを辞めさせていたのだ。

 今回のことは、派遣したシスター達が若い適齢期だったことが起因していた。


 キリギス大司教は、敬虔な信者でありすぎることで、そのことがどうにも納得できず、ついに、『シスターや司教になる者は、生涯独身を守らねばならない。』という布令を出した。

 このことは、シスターやシスターを目指す者達に少なくない動揺を与え、さらには、シスターに親しげに男性が声を掛けることも、不敬とされるようになって行った。



 そしてそれは、思わぬ波紋を呼んだ。聖ナターシャがイースター教から破門されたのだ。

 ことの起こりは、ナターシャの元にいるラナが俺の弟のロッドと婚約していたからだ。

 ナターシャは、ラナだけを特別扱いする訳には行かないと、大司教に対し、布令の撤回を求めたのだ。

 多くの国民から敬愛される聖ナターシャから、布令の撤回を求められ、頑なに教義に拘るキリギス大司教は、ついに聖ナターシャに対してイースター教からの破門を言い渡したのである。

 

 (コウジ)の怒りは、最高潮に達した。

 イースター教の本部に乗り込み、キリギス大司教にイースター教の国外追放を命じた。

 大司教は驚き、神に叛く者と俺を非難したが、俺は言ってやった。


「神の摂理に叛くのは、誰なのか。結婚して子を成し、人の命を紡ぐことこそ。神の摂理である。」

「イースター教会は、国中にあるものを。追放などできるものかっ。」

「すべてのイースター教会は、喜んで、新イースター教会に改宗するから心配ないです。

残るのは、この教会本部の数人くらいですよ。」


 後年、キリギス大司教は、神の摂理に叛き、自滅してイースター教を破門された、大司教として有名になる。前大司教の最後の言葉をなんと心得たのであろうか。


【 豆知識 】

〘人間が神のしくじりにすぎないのか、神が人間のしくじりにすぎないのか。 byニーチェ〙


 こうして、聖ナターシャを大司教とする❳『新イースター教会』が発足し、すべてのイースター教会が改宗して終わった。

 ちなみに、既婚者も司教やシスターをできることになり、ラナは結婚後もシスターを続けるそうだ。

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