閑話17 それぞれの休日 そのニ
孤児院の朝は早い。夜明けとともに年長組が起き出して、洗顔と着替えを終えると、《みなしご工房》で、朝のパンを焼きます。
柔らかな白小麦の食パンは、いくら食べても、飽きの来ない工房の定番メニューです。
ライ麦で作る黒パンは、フランスパンのような外は固く中はパリパリの長持ちするパンです。だから、遠くから来る人達が多く買って行きます。
菓子パンも定番メニューが増えました。ねこ顔のイチゴジャムパンに、ぶたさんの大豆餡パン、砂糖果汁を塗って焼いたメロンパン、蜂蜜の染透ったデニッシュパン、砂糖のまぶされたロールパンなど、10種類もあります。それに加えて、午後には、年少組の勝手気ままな創作パン、一個限定品が加わります。
朝から焼き立てのパンを求めて、多勢の人が買いにやって来ます。シスター達も売り場で、大忙しです。
私は、去年卒院したのですが、シスターとして、孤児院に残りました。
でも、孤児院の皆は、誰もシスターと呼んではくれません。『ラナちゃん、ラナ姉、ラナお姉ちゃん』など。もっとも、私もシスター服など着ないで、メイド服のような格好を、動きやすいのでしていますから、誰もシスターとは思ってくれないようです。
今、私の密かな楽しみは、私の担当する年少組の授業に、リミちゃんがいるので、その付き添いにロッドさんが来ることです。
南方のマーレ半島の開拓で、一緒に仕事をして以来、なにかと相談する機会も多く、今も《アオ族村》の開拓で相談することが多いのです。私は、毎日午後には《アオ族村》に出掛け、開拓整備の指揮をとっています。
ロッドさんも週末の3日間は、《モーターグライダー》で、オスマナ帝国の北方部族の村々へ出掛けて行きます。
ロッドさんも私も孤児だけど、ナターシャ孤児院の皆や、ハーベスト伯爵一族に囲まれて、なんだか、皆、家族のように暮らしています。
でも、いつの頃からか、私は、ロッドさんを兄とは思えなくなりました。兄弟のようなら、羞恥心なんて、持ちませんよね。
それが私、なぜかロッドさんに、見られるのがなんとなく、恥ずかしいんです。見つめられると、顔が赤らんで来るんです。
でも、ロッドさんは、そんな私を子供扱い。いつも妹としか、見てくれません。私を女性として見させる。これが私の目下の最大の課題です。
それで、一つ目論みました。今度オスマナ帝国へ行く時に、私も連れて行ってほしいと、強引に頼んだのです。連れて行ってくれないと、泣いちゃうからと言ったら、仕方なさそうに許してくれました。第一段階は成功です。
そして週末、二人乗りの《モーターグライダー》の、私はロッドさんの後部座席に収まりました。
孤児院の裏の畑の、直線道路の滑走路から、飛び立ちます。孤児院の子供達の何人かが、見送ってくれました。
「レイネ姉、がんばってね。」
「ロッド兄、姉ちゃんをよろしく。」
「これって、羽むふん、なの?」
「二人のラブラブ、デートフライトなのさ。」
最近、孤児院の子供達は、ませています。仲良しの男女を見ると、すぐにラブラブなどと言うのです。でも、そんな言葉に、全く動じないというか、無反応なロッドさんが憎たらしいです。
4時間程の飛行時間で、オスマナ国〘旧帝国〙北辺の部族の村に着きました。
各々個性の違う部族の村が、全部で12村あります。
その日、訪れたのは、12部族の中でも一番山奥の高地に住む、チュア族の村と、マラガ族の村です。
どちらの部族も、洋服がとてもカラフルです。チュア族の男性は、ニットの帽子を被り、女性は山高帽を被っています。
マラガ族の女性は、黒いスカーフを被り、男性は山高帽です。
どちらの部族も、ラマという、首の長い羊を飼い、その毛で衣服を作っています。
何もお土産を持って来なかったけれど、じゃがいもがあったので、ポテトチップスを作ってあげたの。もちろん、大人気だったわ。
そうしたら、カラフルなお洋服をいただいちゃった。
ポテトチは、作り方を教えたから、皆のおやつに定着するわよ。
「ねぇ、ロッドさん。今夜は一緒に寝てくれるのよね。」
「なんだ、一人じゃ怖いのか? 子供だなぁ。」
「違うわ。か弱い乙女が一人って、危ういじゃないっ。」
「大丈夫だよ。村の人が泊めてくれるよ。その人達の家族が一緒だから、安心だよ。」
「やーだ、知らない人達の中に一人なんて、泣いちゃうから。」
「しようがないなぁ、もう、子供じゃないんだから、泣くなよな。」
ようやく、子供じゃないって、認めてくれたけど、まだ、彼の識別では、女性にはなってないみたい。
ようーし、帰ったら、レイネ姉さまに、聞かなくっちゃ。コウジ兄様をどうやって、振り向かせたか。




