第一話 異世界転生
人は皆、それぞれの人生を生きて、やがて終える。その後があるとは誰も思っていないし、俺も思ってはいなかった。
定年を終え、年金とパートの稼ぎで、楽しみは週末のスナックの酒とカラオケ。そんな生活も終わりは早かった。ある朝、脳梗塞で倒れたのだ。
半身不随ではあるが動けたので、会社に電話し、ロレツの回らない俺の言葉を聞いた同僚が救急車を呼んだ。治療の甲斐もなく、俺は死を迎えた。
すると、不思議なことに意識は失われず、知らない場所に俺は立っていた。
夕暮れが迫る街並み、人気のない路地の一画に俺は立っていた。ここがどこか分からないから、身の危険がないか、まず考えた。
俺の服装を見ると、麻のような生地の洋服の上に革の鎧のようなものを着ている。おまけに腰には、剣を下げている。
抜いてみると、幅広の両刃の剣だ。ここは中世か? とにかく剣を使うような世界らしい。
ポケットの中に、スマホが入っていた。最新のソーラー電池式で、バッテリー切れの心配はないようだ。電源を入れると、メールは圏外だが、ネットは見られる。これは使えるぞ。何でも調べられる。
〈イャーッ、ガキンッ〉 突然、路地の先から争いの喧騒が聞こえてきた。何事かと駆け寄ってみると、10人ばかりの男達に囲まれ、必死に戦っている一人の男とその男に庇われている女の娘が見えた。
俺は加勢すべきか、一瞬、躊躇したが、考えている暇などないと、剣を抜いて男達の後ろから切り掛かった。
思ったより、身体が動く。もともと、運動神経は良い方だが、重力が半分になったみたいに、すばやく動ける。
一人目の首すじを切りつけて倒すと、すぐさま振り返って、二人目の小手を切り、剣を弾き飛ばすと、首すじに突きを入れて倒した。
すかさず、混乱に乗じて、襲われた男と対峙している男達に切り付け、二人に手傷を負わせ、指図の声をあげていた首魁とおぼしき男に切り掛かる。男も上段から切り下ろしてくるが、俺は左に躱すと、男の右腕を切り飛ばす。
「まずい、引けぇっ」男達の一人が声をあげ、腕を切り飛ばされた首魁を両脇から支えると、男達は去って行った。
「どなたかは存じませんが、危ないところを助けていただき、ありがとうございました。」
男が礼を言ってくる。今、気が付いたが日本語だ、敬語も使ってるし、違和感がないのが不思議だ。
「いえ、喧騒が聞こえ、すぐこの先にいたものですから。お怪我はありませんでしたか?」
「お嬢様、大丈夫でございましたか? 不覚でした、こんな路地に引き込まれるなど、私の不注意でございました。」
はあ、はあ、肩で息を吐きながら、護衛なのであろう男が娘さんに侘びている。
「私は大丈夫ですわ、ポーカー。それより、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
いずれかの身分のあるお嬢様らしい。年の頃は、中学生くらい、金髪で青い目をしてる。
「失礼ですが、貴方様は冒険者様でしょうか?」
「いえ、旅の者で、こちらに来たばかりです」
「まあ、もう宿はお決めになりましたの?もし、まだなら、当家においでください」
「はあ、宿はこれから探すところでした。」
助かった、こんな時間だし、探す当てもないし、とにかく世話になろう。




