表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/25

第2章 第2話



宿を出て、俺達が向かったのは、宿屋の2軒隣にあるパン屋だ。



丁度店を開けている最中で店先に1人の女性がいた。



歳はだいたい30ぐらいだろうか。



俺はその女性に声をかける。



「おはようございます、メリッサさん」



俺が彼女をそう呼ぶと、すぐに反応した。



「あら、おはようフーガくんにシエルちゃん。今日も開店時間ピッタリね」



その言葉にシエルもぺこりと頭を下げる。



この辺は律儀だよなあ。



全然悪魔っぽくはないけど。



「どうもっす。えと、それじゃあいつものやつを2ついいですか?」



「はいよ、ちょっと待っててね」



『いつものやつ』と言っただけでメリッサさんはすぐに理解して店の中に戻って言った。



30秒程でメリッサは、紙で半分程包んだ丸いパンを2つ持って戻ってきた。



「はい、焼きたてのハニーブレッド2つね」



「あ、ありがとうございます」



俺はパン受け取る前に財布から100レク硬貨を1枚枚取り出した。



このハニーブレッドは、名前の通り、蜂蜜が入ったパンだ。



蜂蜜は程よい甘さで朝でも食べやすいし、栄養もある。



以外とボリュームもあって長い時間腹が満たされる。



このパンが1個たったの50レク。



2つ買っても100レクだ。



他のパン屋ではだいたい1個200レク。2つで400レクもする。かなりお得だ。



安さの理由は、使っている小麦の質が悪いかららしい。



だが、彼女の焼くパンは、小麦の質なんか関係なくめちゃくちゃ美味い。



ここのパン屋はこの宿に来てから毎朝使っている。



しかも、朝一で来ているので、顔もすぐに覚えられた。



なので、俺達はいわゆる常連客となったのだ。



俺は100レクをメリッサに渡し、それと交換するようにパンを2つ受け取った。



1つをシエルに渡し、俺はその場でパンにかぶりついた。



うん、やっぱり美味い。



この美味しさで100レクは安すぎる。



俺達がパンを食べているのを見て、彼女は小さく笑った。



「いやぁ、いつ見ても嬉しいね。あんた達が美味しそうにあたしのパンを食べるのを見ると」



「いや、ほんとに美味いんですよ。こんな良い店、誰にも教えたくないくらいです」



俺がメリッサさんのパンをべた褒めすると、彼女は高笑いを上げた。



「はははっ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。でもそれじゃあ店がつぶれてしまうよ」



冗談気味に言うが、実際メリッサの店はあまり繁盛してないっぽい。



買いに来るのは、俺達と、近所に住んでるおじいちゃんおばあちゃんぐらいだと言う。



「じゃあ、俺達がもっと稼げるようになったら、もっとここのパンを買いますよ!」



俺が真剣にそう言うと、彼女はまた高笑いを上げる。



「あっはははっ!そうしてくれると助かるよ。稼げるようになったらもっと買っておくれよ、なあ、冒険者さん?」



「はい!もちろん!」



もう少し稼げるようになったら、朝食のパンをグレードアップするのもいいな。



そんなことを考えていると、メリッサはなにか思い出したように、ぱんっと手を叩いた。



「あ、そうだ。実は今朝新しいパンを焼いてみたんだけど、試しに食べてくれないかい?タダにしとくよ?」



そんな提案に目を輝かせたのはシエルだった。



シエルは既にハニーブレッドを完食していた。



そう言えば、初めて異世界に来た日も、めっちゃ食ってたっけ。



しかし、俺は申し訳ない気持ちがあった。



「いや、そんなタダでなんて貰えませんよ。ちゃんとお金は払いますって」



ただでさえ繁盛してないのに、タダで貰うには流石に気が引けた。



「人の厚意は素直に受け取った方がいいよ、貧乏人?」



「うぐっ」



貧乏人と言われるとぐうの音も出ない。



「た、確かに厚意に甘えるのは大事だと思いますけど、でもタダでは受け取れないですよ!せめて割引って形でお願いします」



厚意には甘えつつ、それでも筋は通した完璧な説得をした。



「なるほど、じゃあそうしようか。ちょっと待っててね」



そう言って、メリッサはまた店に入っていった。



その時、シエルから声が掛かる。



「フーガもたまにはいい事言うじゃない?」



なんて上から目線なんだ。



「まあ、これでも元日本人なんでね」



正直俺は知らんが、ママ友同士で誰かの家に集まって、家主がお茶やらお菓子を出した時に「お構いなく」と言って遠慮気味な態度を見せつつ、ちゃっかり食べるというアレだな。



今更ながら、俺達日本人ってのは面倒臭いな。



そんなやり取りをしていると、メリッサが店の中から戻ってきた。



手には何やら大きなサンドイッチのようなものを持っていた。



「はいこれ、ミルクと砂糖をたっぷり使ったクリームサンドだよ」



パンの間に真っ白なクリームを挟んだパンのようだ。



そう言えば、こんなのも昔食べたことあるなぁ。



「美味しそうですね!いくらですか?」



「うーん、そうだなぁ……300レクで出そうと思ってるから、半額の150レクでどうだい?」



金額を聞いて、俺は正直驚いた。



この大きさで300レクでも安いと思ったぐらいだ。



しかし、メリッサさんの言う通り、厚意にはしっかりと甘えさせてもらうとしよう。



俺は150レク分の硬貨を取り出し、彼女に渡した。



先程の要領でメリッサが俺にパンを渡そうとした。



「あぁ、パンはシエルに渡してください」



シエルがさっきから早く食いたそうにしてるのを見ている。



俺から渡すよりも手間が省ける。



「そうかい。じゃあシエルちゃん、どうぞ」



メリッサさんからパンを受け取ると、シエルは目を輝かせていた。



パンを貰ってこんなに喜ぶ悪魔はシエルぐらいだろう。



「あ、ありがとうございます!!」



シエルは大きな声でお礼を言った。



こういうところも全く悪魔っぽくないよな。



普通に敬語使ってるし。



お礼をした後、シエルはその大きなパンを小さな口を限界まで開けて食べた。



口に入れた瞬間、シエルの顔がなんか溶けてる感じがした。



「はわぁぁ、美味しいぃぃ」



そんなシエルを見て、メリッサは満面の笑みを浮かべた。



「いやぁ、やっぱりシエルちゃんが美味しそうに食べるの見るのが1番好きだわ」



彼女の気持ちはよく分かる。



確かに、こんだけ美味そうに食ってたら、見てるこっちまでほっこりするもんな。



だが、可愛いとは思うんだが、やっぱりどうしてもときめかない。



なんか悔しいな。



そうこうしていると、ちらちらと常連のお客さんが店に来始めた。



だいぶ時間を食ってしまったな。



「あ、それじゃあ俺達はそろそろ行きますね。パンありがとうございました」



そう言って、手を振りながら俺達はパン屋を後にした。



──────



パン屋を出てから少し歩いたが、まだシエルはさっき貰ったパンを堪能していた。



「ほんと、美味そうに食うよな、お前」



「うん!これほんとに美味しいもん!フーガも食べる?」



そう言って、シエルは自分の食べかけの部分を俺に近づけてきた。



こ、これは……噂に聞く、カップルがよくやる、アレか?



「はいフーガ、あーん」



そう言いながら、シエルは更にパンを近づけてきた。



「お、おう」



俺もされるがままに、シエルの食べかけの部分に口をつけた。



おお、まじかよ!!



関節キスしちゃったよ!



まさか俺の人生でこんなビッグイベントが訪れるなんて!



こんな夢のような日が来るなんて思ってもみなかった。



これが……これが、シエル(こいつ)じゃなかったら、どれだけときめいていたんだろうな。



こんだけ完璧なシチュエーションなのに、俺の男心はビクともしない。



なんか泣けてくるわ。



「あれ、なになに?泣くほど美味しかったの?」



「ああそうだよ!もう本当に涙が出るわ!」



この時だけ、シエルに恋愛感情を抱きたいと思ってしまった。



おお、というかこのパンまじで美味いな。



帰ったら俺もメリッサさんにお礼言っとこ。



そんなドキドキイベント……にしたかったやりとりをしているうちに、パンも無くなり、ギルドの前まで到着していた。



「おお、いつの間にかギルド着いてたな」



「本当だ。いつの間にかパンが無くなってるんだけど!?」



まあそうだろうな、お前が全部食ったもんな。



結局俺は1口しか食ってないし。



まあいいや。また買えばいいか。



「よし、じゃあ今日も冒険者としてしっかり働きますかねぇ」



「おー!」



シエルは高らかに腕を上げながら、俺の言葉に応答した。



今日は天気もいいし、パンもいつもより食ったし、調子いいかもな。



俺達は張り切りながらギルド扉を開けた。



───さあ、今日も俺達の冒険の始まりだっ!


ご拝読、本当にありがとうございます!これからも頑張って更新していくので、応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ