第2章 第1話
冒険者になってしばらくしたある朝─────。
窓から陽の光が差し込み、閉じた瞼の裏の眼球を刺激する。
太陽の眩しさで無理矢理に意識を覚醒させられた。
この世界には目覚まし時計なんてものは存在しない。
今まで引きこもりで時間の感覚がなかった俺にとっては、朝の決まった時間に起きるというのは至難の業だ。
しかし、もう3週間も同じ生活リズムをつくると、自然と陽の光だけで起きることができるようになった。
俺は所々ほつれている皮布団を剥ぎ、ぎしぎしとやかましい音を鳴らすベッドから上半身を起こした。
「はぁわぁぁあ……」
大きなあくびをしながら思い切り背筋を伸ばす。
「いまは、朝の8時半って所か……ちょっと寝過ごしたな」
鋭くなった時間感覚は、現在の時刻をほぼ正確に当てることができるようになっていた。
もはやアビリティだな。
俺はベッドから降りて、窓に近づいて陽の光を一身に浴びる。
「今日もいい天気だな……」
青い空を見て、俺は小さく笑った。
「さあ、今日も冒険者として、仕事しますかねぇ」
起きてすぐにその日の空を見ながら、そんなことを呟き、俺は着替え始める。
なんともまあ清々しい朝だ。
ここまでは。
「さて……おい、シエル」
そう言いながら、俺が寝ていた場所の隣でぐっすりと眠っている少女に視線を向けた。
「朝だぞ、そろそろ起きろ」
「……むにゃぁ、あと1時間……」
熟睡しながら器用に返事をする。
こいつ……。
そこは普通あと5分とかだろ。
こんなやり取りをして、いつも俺はあきれ果てる。
しかし、女の子と同じベッドで寝るなんて、これまでじゃ考えもしなかったことだ。
その1場面だけ見れば、俺は相当美味しい思いをしていると考えられるかもしれない。
だが現実は違うんだ。
俺だって年頃の男だし、隣で顔とスタイルがどストライクな美少女が寝てたら、手を出したくもなるさ。
実際手を出そうと試みた日もあった。
でもどうしてもダメだった。
だらしなくへそ丸出しで寝てるし、いびきや寝言はうるさい。
中でも寝相が酷い。
朝起きたら、ベッドから投げ出されて日もあったぐらいだ。
顔も良い。
スタイルも完璧な、人形のような美少女。
そして俺の隣で無防備を晒している。
襲ってくださいと言っているようなもの。
……だが、無理だ。
どうしてもその気になれない。
あまりにも下品すぎるんだ。
いくら魅力数値が絶望的でも、こんだけの美少女が隣で寝てたら、そういうイベントがあるのではと期待していた俺が間違っていた。
魅力数値を差し引いても、そもそもこいつに女らしさというものがないように見えてならない。
こんな毎日を繰り返していると、これだけ無防備に肌を晒している少女に興奮できない俺の方がおかしいのではないかと思えてくる。
「こんなはずじゃなかったのに……」
爆睡を続けるシエルをみて、俺は少し涙が出た。
同時に、流石に無反応すぎるシエルに嫌気がさし、俺はシエルが被っている布団をひっぺがした。
「いい加減に起きろやぁぁあ!!」
思い切り引き剥がした勢いで、シエルはベッドから投げ出された。
シエルは床に頭から思い切り落ちた。
ゴンッと鈍い音共にシエルが起きる合図となっている言葉が聞こえた。
「あ、いったぁぁああ!!」
シエルは最も衝撃を受けた後頭部を擦りながらゆっくり立ち上がり、俺の方を向いて声を上げた。
「もうっ、なにするのよフーガ!痛いじゃない!たんこぶできたらどうするの!」
「もう何回も頭打ってるんだから、慣れただろう?」
「それでもこんな美少女を投げ飛ばすなんて、フーガは悪魔ねっ!!」
───悪魔はお前だろうが。
というツッコミの代わりに、俺はいつもため息を吐く。
こんな朝がもう2週間続いていた。
「はいはい、悪かったって。飯食って着替えたらすぐにギルド行くぞ。それじゃあ俺は先に食ってくるから」
そう言いながら、俺は先に部屋を出ようとした。
「ちょっ、待ってよ!すぐに着替えるから!」
「たくしょうがねえな。3分だけだぞ?」
呆れた表情をしながら、俺は扉の傍で待っていた。
シエルはすぐに着替え始める。
別にいちいち外になんか出たりしない。
シエルだって普通に俺の目の前で着替え始めてるし。
俺を男として見てないのか、それともシエルが自分のことを女だと思ってないのか。
いつもそんなことを考えながら、俺は後者であって欲しいと思っている。
2分程して、着替えが終わったと思ったら、シエルが待ちぼうけている俺に声を掛けてきた。
「ねえフーガ、寝癖が取れない。手伝って」
後ろの髪を触りながらそう言ってくるシエル。
こいつは3日に一回は手伝ってと言ってくる。
そりゃあんだけ寝相がわるかったら寝癖もつくわ。
「またかよ……はいはい、わかったよ。ほれ、クシ貸してみ?」
そう言って、シエルからクシを貰い、俺はシエルの後ろにまわって寝癖を直し始めた。
こうしていると、小さい妹でも持った気分だ。
シエルの髪からはとても甘い良い香りが漂ってくる。
女の子の髪というのは、こんなにも良い香りなんだと初めて知った。
が、やっぱりどうしても興奮は出来なかった。
そうこうしているうちに、寝癖はなおった。
「よし、じゃあ行くか」
「うん!」
そして身支度をすませた俺達はボロボロの木製の扉を開け、部屋を後にした。
この度も、ご拝読ありがとうございます!
すみません!この話以降のタイトルはまだ決まっていません。後々付けていくつもりです。
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