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猫妖精族のプライド


「じゃあ、まず記憶の摺り合わせからだ。私はミネット・ホノリウス。ホノリウス男爵家長女にして特殊武装錬金技術研究所で副所長を務めていた。だけど、ここの責任者でもあり所長でもあったトリテミウス・グラン・テーベ王弟殿下が所長としての責務を放棄して金策に奔走していたため、実質的には所長として研究所を運営していた。そしてあるとき私は北の大国であるゼコルベニーニ帝国との戦争にトリテミウス殿下の特殊親衛隊として赴き、開発した兵器の実験及びその調整役として配置された。…そして帝国との交戦中、帝国兵がどうしてか持っていた"未完成の賢者の石"の暴発に巻き込まれ、…そこからの記憶はない。細かいところは色々と思い出せないが、どうだろう。何か君の記憶と違うところはあるかい」


 真玉はそこまで一気に話すと、ミケが出してくれたむぎ茶を一口飲んだ。冷たく香ばしい香りが喉を通り過ぎる。

 ミケは真剣な表情で手に持っていたノートに何かを書き付けると、顔を上げた。


「違うところはないよ。ボクの最期も同じだ。殿下の特殊親衛隊付の技術員及びに猫妖精族(ケットシー)としての働きを求められて後方に配置。前衛で露払いをしていたミネット所長が若い帝国兵と交戦、そして間もなく赤い光が見えて…そこからの記憶はない。…そうだ、ボクの経歴もいるかな?」

「いや、君がフェレンだと言ったことを信じるよ」


 タマが間髪を置かずそう真っ直ぐ言うと、ミケは一瞬怯んだように目を瞬かせた。その様子がまるでびっくりした猫のようで可笑しい。


「…嬉しいね。ありがとう、じゃあ、一つだけ。ボクは猫妖精族(ケットシー)の爪弾きものだったけど、猫妖精族(ケットシー)としての誇りは持っていた。だから、リカルドが拾ってきた猫妖精族(ケットシー)もどきが嫌いで仕方なくて、研究材料として研究所にいるのも嫌がっていた。…どうかな?これは研究所でも、ボクと親しかった人しか知らないことだけど」

「シャルティーグのことか」

「そう呼んでいたのはミネット所長だけだったけどね」


 ミケはそう言うと苦く笑い肩を竦めた。


 リカルド、それにシャルティーグ。懐かしい名前だった。

 リカルド・ガルドラボーグ。身長190cmを越える大男でありながら、精悍な顔立ちをした美丈夫だった。金褐色の髪はまるで獅子のようで戦場では金獅子(スィムバ)と呼ばれ、恐れられていた。彼は特殊武装錬金技術研究所所属の特務武官ということになっていたが、実際は研究所の"備品"であった。

 何故かといえば彼は一度死んだことになっていたのだ。

 先の戦争で体の半分を失った彼を魔法回復薬や錬金回復薬では癒やすことが出来ず、強兵を失うことを恐れた当時の将軍が秘密裏にトリテミウス殿下のもとへ彼を運んだのだ。そこでフェレンの元に彼を運び入れたのだが、そこでフェレンの悪い癖が出たのだ。


「どうやらボクの回復魔法でも彼を癒やすことは難しそうです」


 と、心底申し訳なさそうに謝るフェレンだったが、そんなことはあり得ない。

 猫妖精族(ケットシー)の回復魔法は伊達じゃないのだ。

 そう、フェレンが目論んでいたのは、当時ミネットが提唱していた"人型強襲兵器理論"の実験材料として彼を研究所に引き込むことだった。その企みを見抜いたトリテミウス殿下も「申し訳ない、ガルドラボーグのことはこちらで処理をしよう」となんだかんだと言いくるめ、無事実験材料として彼を得た。

 そうして彼は一度死に、特殊武装錬金技術研究所にて改造を施され、研究所の備品として第二の生を歩むこととなった。不幸中の幸いは、彼は戦いと強さのみに価値を見出す脳筋(バカ)だったため、その非人道的な改造も備品扱いも好意的に受け入れたことだろうか。

 それからというものの戦争に出るたび体のどこかを欠落させては嬉々として「次の改造はどうするんだ?」と研究所に来ていたものだ。


 そしてそんな脳筋(バカ)が、戦争から国に戻る帰路の途中で拾ってきたのが、シャルティーグ。

 見た目は二足歩行をする三毛猫という珍妙極まりない生き物で、その正体は人の魂と猫妖精族(ケットシー)の因子を含む歪んだ肉体を持つ"人間"だった。彼を(正確にはその肉体に性別はなかったが、ミネットは便宜上"彼"と呼称していた)人間と呼ぶかどうかは研究所でも意見が割れたが、ミネットは人間として研究を進めていた。

 そしてそのことを一番嫌がっていたのが、猫妖精族(ケットシー)のフェレンというわけだ。

 猫妖精族(ケットシー)は総じてプライドが高い生き物だった。人間とも猫妖精族(ケットシー)ともただの猫とも言えない彼を嫌うことはある意味では当然のことであった。


「そういえば今のミケはシャルティーグの毛色に近いね」

「やめてよ。あんな猫もどきと一緒にしないで」


 心底嫌そうな顔で「髪、染め直そうかな」と呟くミケに本気を感じて、真玉は慌てて言葉を重ねた。


「今のミケにはその色が似合ってると思うよ」

「…本当?」

「本当さ」

「じゃあ…このままでも、いっか。でも、これ以上あのクソ猫もどきと似てるとか言うのやめてよね」

「わかったよ」


 クソ猫もどき、か。転生しても猫妖精族(ケットシー)の誇りは失われないんだな、と真玉は少し意外に思う。今のミケはただの人間だ。それでもやはり魂は猫妖精族(ケットシー)ということか。

 彼は今のミケと前世のフェレンが上手く混ざり合っているのだろう。

 真玉のように自分自身に違和感を感じている様子はなかった。

 そしてそれを少し羨ましく思った。



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