妹の可能性
ミネット・ホノリウスは家族と縁が薄かった。
魔法の名門であったホノリウス家の長女でありながら、魔法の才を一切持たなかったミネットを両親は良く思っていなかったのだ。全ての世話をメイドに任せ、放任主義というにはあまりに冷たい関係であった。そのせいかミネットは感情が希薄な少女であった。
しかし、そんな彼女は錬金術に出会い、のめり込んで研究を続ける内に気の合う仲間にも出会うことができた。
それでも幼少期に培われた生き方が直ることはなく、合理的に、ときに非情なまでの実験を続けることもあった。それでもその実験は王弟殿下を満足させるだけの結果を出し、結果として国の利益になったため、彼女を止める人はいなかったのだ。
フェレンなんかは、ブレーキどころか、アクセル役だった。
ただ今になって思えば、ミネットより三年遅く生まれた妹をもっと可愛がってあげれば良かったと思うのだ。
妹は魔法の才に富んでいる、ということはなかったが魔法を使うことは出来た。両親に厳しく教育されることは辛かったこともあっただろう。しかし両親に冷遇される姉を言葉強く詰ることはあっても、両親のようにその存在を無視するようなことはなかったのだ。それどころかわざわざミネットのために美味しい焼き菓子を作ってくれることまであった。もちろん表面上は"あまりに惨めな姉への施し"だのなんだのと言ってはいたが、顔を真っ赤にして、震える手で焼き菓子を差し出されれば、投げかけられる言葉がその通りの意味じゃないと知ることができた。
しかしミネットはわざわざそのことを妹に伝えることはなかった。
妹の罵詈雑言にただ頷き、与えられるものをただ受け取っていた。そのときの妹の表情はしっかりと思い出せる。何かを言い足そうと口を開き、しかし言葉にならず口を閉ざし、泣きそうな顔で…、そうあれはきっと泣き出す寸前の表情だった。
言葉が足らなかったのだと今ならわかる。
妹が姉として不甲斐なかったミネットに寄り添おうとしてくれていたのも。
だから、かもしれない。
アゲハがミネットの妹ではないだろうか、とそんな願望を抱いてしまうのは。
■
あのあと、目を覚ましたアゲハとミケと共に家に帰った。
それとなく、前世のことを思い出してないかと話をしてみたが、残念ながら芳しい反応はなかった。
そのことに残念に思いながらも、思い出していないのならアゲハを巻き込むわけにはいかないと、真玉はミケの家にお邪魔することにしたのだった。
ミケの家は真玉の家のすぐ斜め前にある。
慣れたようにミケの部屋に向かう。落ち着いた雰囲気のブラウンを基調とした部屋がそこにあった。
ベッドに腰掛けて何かを書きつけていたミケが真玉を部屋に呼ぶ。
「さっきぶりだね。…アゲハの様子は?」
「少し混乱していたけど、それだけだね。記憶がある様子もないよ。…アゲハが、"アレッタ"なんじゃないか、と柄にもなく願ってしまった」
部屋にあるシンプルな椅子に座りながら、真玉はぽつりと言葉を溢した。
「"アレッタ"?…ああ、ミネット所長の妹だっけ」
「君とはあまり縁がなかったから、あまり覚えていないだろうけどね」
「いやいや、定期的に研究所に殴り込みに来る男爵令嬢を忘れることは流石にないよ。…でも、そうか、アレッタね。懐かしい」
フェレンにとってもアレッタは懐かしい記憶なのだろう。目を細め、過去を思い出すミケに少し心がほっとする。
言われて思い出してみれば確かにアレッタは何かにつけて研究所に文句をつけに来ていた。…何故か焼き菓子持参で。
「アゲハがアレッタだと君は少し複雑かな?」
「え、なんで?」
「義理の関係ならともかく、私の前世の妹に婿入りするのは複雑なものがあるだろう?」
なんとなしに思いついてそう言ってみれば、ミケが苦虫を噛みつぶしたように顔を顰めていた。
「…タテハくんも散々それ言うけど、ボクはアゲハに"タマの義理の姉妹"っていう以上の感情はないよ」
「そうなのか?まぁ、感情は移ろうものだ。余計なことを言った。忘れてくれ」
そう言葉を重ねるとミケはさらに苦い顔をした。いくら前世より人らしく生きて感情豊かになったとはいえ、そうしたことを察するのは苦手だった。
本当に余計なことを言ってしまった、と反省する。
男女のあれこれなど、実の両親の泥沼のあれこれでお腹いっぱいなのだ。
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