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猫妖精族


 "特殊武装錬金技術研究所"所属研究員、猫妖精族のフェレン・チェレン。


 真玉はもちろんその名に覚えがあった。

 前世の世界キュビワノには様々の種族が住む世界だった。

 人間、エルフ、ドワーフ、犬妖精、天使や悪魔…そんな多種多様な種族の一つが猫妖精族(ケットシー)だ。

 猫妖精族(ケットシー)は、類い希な回復魔法の使い手で、どの国にも重宝されている種族だったのだ。彼らは自分たちが持つ回復魔法を契約者に惜しみなく使うことと引き替えに、庇護を求めた。中には猫妖精族(ケットシー)のとある一族ごと国に引き入れたという話があるほどだった。錬金術師や魔法薬師が作る回復薬はあれど、猫妖精族(ケットシー)の回復魔法には叶わなかった。その有用性で彼らは常に狙われる存在だったため、非常に警戒心が強く、契約者以外には姿を見せない隠れた種族だったのだ。


 そんな猫妖精族(ケットシー)の変わり者。

 それがミネットと同じ研究所にいたフェレン・チェレンだ。

 彼はミネットと同じく好奇心と探究心が強かった。

 契約者を持たない猫妖精族は、通常獣の猫の形を取りながらひっそりと契約者を探す。しかし、彼は猫耳と尻尾がある人型で堂々と研究所の門を叩いたのだ。

 流石に驚いたミネットと王弟殿下を前に、彼は錬金術の素晴らしさを熱く説いた。そして、その手にあったのはミネットが開発し、王弟殿下が庶民の販路に乗せた小型の写真機だった。曰く、これを作った錬金術師と共に研究したい。引き換えに猫妖精族(ケットシー)の回復術について研究してくれて構わない、と。

 これに飛びついたのがミネットだった。

 猫妖精族(ケットシー)の回復術はあらゆる回復薬を凌駕する。その神髄がわかれば回復薬をもっと進化させることができる、とそう思ったからだ。

 ミネットがこれから進化させるだろう回復薬に金の匂いを感じた王弟殿下もこれを了承し、彼は研究所の一員となったのだった。


「ボクは、猫妖精族(ケットシー)の黒一族が一人、フェレン・チェレン。これからお世話になるね」


 黒髪に黒の猫耳、金色の目を好奇心に輝かせた美しい青年はそう言って微笑んだ。

 

「君が…」


 腕を捕まれたまま真玉がそう呟くと、ミケは少し困ったように笑った。


「…覚えてない?」

「いや…、彼の…、君の顔は覚えている。それに猫妖精族(ケットシー)の黒の一族だったと言っていたことも覚えているさ。だから、ミケが彼だということに、少し違和感を感じるだけだよ」


 なんせ今のミケは黒猫、というよりご丁寧に髪に二色のメッシュを入れているせいで見事な三毛猫っぷりなのだ。

 黒猫が転生したら三毛猫になっていた。

 正確には黒猫が転生したら人間だったわけだが、これ如何に。

 

 戸惑いながらも、彼をフェレンだと納得した様子の真玉にミケはほっと息を吐く。


「昔は黒かったのに、今はこうだからね。まぁ、見た目は前とまるで違うんだし、その気持ちもわかるよ。逆になんでタマはまるで前世と変わらないんだろうね」

「…私は前世の姿と変わりないのか?」

「ないでしょ。まぁ、前は大きな黒縁眼鏡を掛けていたから、印象は少し違うけど。…というかそんなのタマが一番わかることだろ?もしかして、自分の顔も覚えてない?」

「そう、か…ごめん、私の記憶には混濁と欠落がある。前みたいにすぐに君の好奇心を満たすようなことはできないと思うけど」

「そんなの今はどうでもいいよ。それに、前は所員と所長だったけど、今は幼馴染み。…そうでしょ?」


 ミケは真玉の両手を握ると下から見上げるように見つめ、そう微笑んだ。

 そうだ、彼は…、ミケは真玉の幼馴染み。保育園の頃からずっと一緒に育ってきた、もう一人の自分のような大切な存在なのだ。

 ミケがフェレンということにはまだ違和感を覚えるが、そのうち馴染むだろう。

 真玉がミネットである過去に違和感があるように、きっと時間が解決してくれるはずだ。


「そうだね。うん、ごめん、ありがとう。今はこうしてる場合ではないね。君も、…ミケも前世でどう死んだか、覚えているんだろう?」

「うん。だからこそ、タマが危ないと思ってね。あのとき、あの光に反応した人のなかで、前世と同じ姿をしていたのはタマだけだったから」

「よく見ているじゃないか」

「観察は得意だからね。…昔から」

「そうだったね。…私が前世と同じ姿をしていて危険というなら、好都合だ。話を摺り合わせながら、対策を練ろう。…手伝ってくれるんだろう?」

「もちろん。…まぁ、それなりにお礼は欲しいけどね」


 悪戯気味にミケはそう笑うと、真玉の手を引いて、体育館へ戻る。

 まだ体育館には騒々しく、物々しい雰囲気が流れていた。


「アゲハが心配だ。倒れていた、ということは、もしかしたらアゲハもキュビワノからの転生者かもしれない」


 気付いた真玉が引かれていた手を逆に引っ張って英語科が座る席に歩みを進めると、どうしてか歯切れの悪い返事が聞こえた。


「可能性はある…、とは思うけど」

「なんだ。何か引っかかることでもあるのかい」

「…アゲハは違うと思うな。ごめん、ただの直感。なんというか、そんな気がするってだけなんだけど」

「…そうかい?まぁ君がそう言うのなら、頭に入れておこう。私が見たときは倒れた人たちが半分ほど、何らかの反応を示していた人たちが半分ほどだったからね。今は全ての可能性を疑おう」

「そうだね」


 体育館では生徒や保護者という境はなく、混沌とした雰囲気になっていた。

 倒れた生徒や大人たちを介抱する保護者や生徒の姿、それから、取り乱した様子の教師がみえた。

 教師に介抱されていたアゲハに駆け寄ると、どうやら気を失っているだけのようだった。脈を測り、呼吸を確認する。前世に医者の真似事もしていたが、今世でもどうやら役に立ちそうだ。


「どう?」

「問題ない。おそらくすぐに目を覚ますだろうね」


 君の回復魔法があれば完璧だったんだけど、と口にしなかった言葉を察したのか、ミケは「家に帰ったら試してみようか。できるかわからないけど」と小さく笑ってみせた。


 そうしていると、今日の入学式は中止になること。

 新入生は家に帰り、学校からの指示を待つことなどがアナウンスされた。

 出来る限り保護者とともに帰宅するように、ということだったが、今日ミケや真玉の両親は入学式にすら出ることができなったのだ。どうにかアゲハが起きるのを待ってから帰るしかない。


「ボクが担いで帰ることが出来ればよかったんだけどね」

「大丈夫だよ。ミケにそんな期待はしていない」

「タマちゃんはときどき本当に失礼だな」


 少し怒った風にいうミケが可笑しくて、顔を見合わせて笑い合った。

 まだまだわからないことも、恐怖を覚えそうになることもいくらでも思いつく。


「誰だか知らないけれど好きにはさせないさ」


 そう、アゲハのさらりとした前髪を撫でながら、真玉はそう決心する。

 前世ではあまり育たなかった感情を今世では育ててくれた家族を決して傷つけさせるようなことはさせない、と。



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