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赤い光


  転生したからと言って、家族が大切なのは変わらないし、真玉が真玉であることは変わらない。

 ただ真玉の過去がミネット・ホノリウスだったというだけ。

 殺されたという事実はあれど、この世界では何の関係もない。

 あの世界でやりきれなかった錬金術研究をこの世界でもできれば、それ以上の幸福はないのだ。

 この世界で錬金術が使えるかもわからないが、一からの研究だって楽しそうなものだ。

 

 ──真玉はその光を目にする瞬間までそう呑気に考えていた。


 朱籐家で揃って朝食を食べた後、真玉とミケ、アゲハの三人は高校の入学式に向かった。

 三人が合格した高校は、朱籐家から歩いて約三十分。閑静な住宅街の中にある進学校だった。


 真玉の住む場所は東京の隣県ではあるけれど、山に囲まれた土地で、人が少ない田舎である。県庁所在地と言えば聞こえはいいが、映画館ひとつなく、電車は三十分から一時間に一本。利便性で言えば、隣の町に負けているようなそんな場所だった。とはいえ、真玉はこの場所が気に入っていた。晴れた日には大きな山が見えるし、何より天然の要塞のようにぐるりと山に囲まれたこの風景が好きだった。


 真新しい制服に身を包んだ生徒たちがそわそわとした様子で、校門を潜る。

 残念ながら朱籐家の両親は入学式には来ることができないが、周囲を見渡すと多くの保護者の姿があった。

 成長した我が子が嬉しいのだろう。落ち着きのない生徒たちを眺める大人の目には優しさが滲んでいた。


「タテハくん、姉さんの入学式来たかっただろうね」

「どうだろう。私というか、"子どもたちの入学を喜ぶパパ"であることを楽しんでそうだけど」

「言えてる」


 朝、入学式に行けないことに駄々を捏ねていた養父の姿を思い出してふと出た言葉だったが、実の娘の意見は辛辣だった。ミケも薄く笑いながら、短く同意する。

 真玉はそんな二人の意見にしかし、否定することもなく、それもそうかと頷くのであった。

 タテハは良き料理上手で優しい良き父であるのだが、悪ノリが過ぎるのが玉に瑕だ。思春期のこどもたちからの評価が散々なのも仕方のないことだろう。アゲハなんて日頃からミケへの片思いについて散々からかわれているのだから、その心情は察するものがある。


「クラス、特進が1組で、英語科が2組だったよね」

「うん。…入学後説明会で散々クラスについて説明あったと思うけど、なに?今日やっぱりタマ変だよ」


 人混みの中でクラス表を眺めながら、真玉がそう訪ねると、怪訝な目をしたミケを目が合った。アゲハもひょうたんに嵌まったネズミをみるような目をしている。


「変じゃないさ。確認だよ、確認」


 まさか前世を思い出して微妙に記憶が混濁している、なんて言えるはずもなく、真玉はそう誤魔化した。

 そうだった、真玉とミケが特別進学科、そしてアゲハが英語科を受験したのだった。

 今世でも真玉は優れた頭脳を持っていたため、学校の勉強に手間取ることはなかった。まぁ、勉強ができたからと言って頭が良いのかと言われれば別の話である。前世でも散々、一点特化バカとなじられたものだ。


 勉強は好きだ。

 知らないことを知るのは楽しい。

 そしてそのことが前世から変わることのない真玉とミネットの共通点であった。

 探究心と好奇心、かつてミネットを構成していた最大要素であるその二つは世界を超えて、転生しても変わらなかったようだ。


 アゲハは勉強に対して要領が悪かったが、努力家だった。

 ミケは要領は良かったが、気まぐれで集中力が散漫で教科によって差が大きかった。

 二人が無事に合格できたのは、真玉の力添えがあったからだろう。


 二人に向けられる怪訝な目を受け流しながらそんなことを考えていると、入学式の準備が整ったようだった。クラス別に着席しろという教師の声が聞こえてくる。

 新入生は体育館のステージ前、保護者はその後方にパイプ椅子を用意されていた。


 入学式はつつがなく進んでいった。

 新入生に対する在校生からの祝いの言葉、県議や校長などの長い話がつらつらと流れていく。

 そういえば新入生代表の挨拶を断ったのだが、真玉の代わりは誰になったのだろう。

 ふとそんなことを思い出して壇上を見ると、丁度良く、新入生代表の挨拶だったようで、真新しい制服に身を包んだ一人の男子生徒がそこに立っていた。堂々とした立ち姿はまるでどこぞの王族のようであった。

 そんな風に感じる自分が少し可笑しくて、真玉は小さく笑う。

 今世では王族なんかとまるで縁がない庶民だというのに。


 そんな感想を抱く真玉と周囲の反応は少し違ったようだった。壇上にその少年が上がったと同時につまらなそうにしていた女子生徒たちが色めき出す。おや、と思い、もう一度壇上のその少年を見てみると、なるほど、確かに素晴らしく整った顔をしていた。


 ミケも綺麗な顔をしているのだが、悪戯猫のような無邪気な雰囲気があるためか、近寄りがたいというイメージは抱きにくい。しかし、壇上の少年は、引き込まれるような儚い美しさがあるのに、百獣の王である獅子のようなしなやかな強さを感じる雰囲気をしていたのだ。

 さらりとしたミルクティー色の髪の毛を耳に掛ける。その動作だけで、ほう、と女子生徒から溜息が溢れるほどだった。男子生徒のなかにも思わず見惚れているものもいるようだ。長い睫毛に隠された瞳の色は深く透明感に溢れるマスカット色。

 ステージの照明に反射してまるで宝石のように輝いていた。


 少年が答辞の紙を広げ、口を開く。

 そのときだった。


 体育館上部の窓から見るもの全てを蹂躙するような真っ赤な強い光が差し込んだのだ。


「あれは…っ!」


 思わずパイプ椅子を蹴り上げて立ち上がる。やってしまった、と思ったが、心配することはないようだった。周囲を見渡すと、真玉のように騒然とした様子で立ち上がっているものや、呆然と椅子に座ったままその光を眺めるもの、まるで陶酔するような眼差しを向けるもの、そして気を失っているものまでいるようだった。

 そのうちの一人はアゲハだ。

 心配だが、今は介抱に向かうことはできない。

 だって、あれは、あの光は。


 前世、最期にみたあの賢者の石の光と同じではないか…!


 壇上に背を向け、体育館の出口を目指す。


「ッ、タマ!」


 慌てたようなミケの声が聞こえたが、今は答えていられない。

 どうして、ここにその輝きがある。どうして、この世界に、錬金術の輝きがあるのだ…!


 騒然とした人混みをかき分けて体育館を出ると、そこはまるで現実ではないようだった。

 真っ赤に染まる世界。

 空も、太陽も、周囲の山さえ真っ赤に染まっていた。


「間違いない。これは賢者の石の光…。どうして、この世界に…」


 呆然と立ち尽くす真玉。

 何が起きているか理解が追いつかない。しかし、そんな真玉を嘲笑うかのように、校内放送の音が響き渡る。真っ赤に染まった異様な空間に、間抜けにも聞こえるチャイムの音が響き、そして、聞こえてきたのは、創造不定世界"キュビワノ"の共通語だった。


《キュビワノの魂を持つものよ。戦いなさい。守りなさい。殺しなさい。抗いなさい。復讐を、忠誠を、探求を、すべての欲望を満たしなさい。望みはすべてここで叶うだろう!》


 わかる。真玉にはこの言葉がわかる。

 やはり、この世界とキュビワノは繋がっているのか。完全に思い出せない前世の記憶がもどかしい。

 校内放送なら放送室だろうか。真玉が校内に向かって走り出そうとしたとき、その腕を誰かに捕まれる。


「すまないが、今は…ッ!」

「待って!タマ…!」

「…ミケ、」


 腕を掴んだ誰かを振り払おうとしたが、そこにいたのは焦燥した様子のミケだった。

 ミケは迷いを振り払おうするかのように頭を軽く振ると、小さく言葉を紡ぐ。


「…《キュビワノの…、キュビワノの魂を持つもの。戦え。守れ。殺せ。抗え。復讐を、忠誠を、探求を、すべての欲望を満たせ。望みはすべてここで叶う…。だっけ?》」

「《え、その言葉…ミケにも、わかるのかい?》」


 真っ赤な世界が次第に元の色彩を取り戻す。

 体育館の中からは今も騒々しい声が響いている。

 二人は、お互いに距離を測りながら、言葉を交わす。


「《…"特殊武装錬金技術研究所"所属研究員、猫妖精族(ケットシー)のフェレン・チェレン。…久しぶり、かな、ミネット所長》」



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