二つの心
ダイニングがある一階へと降りながら、真玉の素っ気ない態度に少し拗ねた雰囲気の背中に声をかける。
「…ミケ、起こしに来てくれたのと、着替え、ありがとう」
少し気まずさを感じながらもそう言うと、ミケは振り返って悪戯猫のように笑った。
「どういたしまして。ボクもごめんね」
「ミケ、」
「タマはボクがいないとなにもできないままでもいいよ」
ニッコリと笑う少年の顔に手に持った鞄を叩きつけたくなったが、グッと我慢した。
そうしながら、さり気なく壁に掛けられたカレンダーを見る。
今日は西暦2005年4月4日の月曜日だ。カレンダーに手を伸ばす。つるりとした質感の紙はあの世界の紙と違いしっかりと製紙されている。綻びもなく、ペンを走らせても引っかかることはなさそうだ。
「…本当に、転生したんだな」
ポツリと呟く。
前世の世界キュビワノでは好きに生きて、そして死んだ。
そのことに後悔はない。けれど、少しだけ心残りがあった。それと疑問が。
心残りは友人たちや妹とした約束が果たせなかったこと。
疑問は、ミネットの最期。未完成だった賢者の石。ミネットが一番熱心に研究していた錬金術師の夢の結晶。
それは研究所の所員しか知らない何重にも鍵のかかった箱の中にしまって置いた筈なのだ。何度も手に取り、何度も見たそれを見間違えるはずが無い。
あのとき、敵国兵が持っていたのはミネットの賢者の石だった。
気になることは多い。
しかし、全ては過去だ。
感傷を覚える自分に違和感を感じる。
ミネットは非常に合理的な人間だった。ミネットならば、このような些事気にしないだろう。しかし、真玉となった今、あの頃よりも複雑な感情があるようだった。
前世を思い出した異世界人とはこうも複雑な感情と心を持つのか、と前世で出会った転生者たちを思い出す。
前世の人格と今の人格、その統合や吸収に、彼らはどのような思いを抱いていたのだろう。
「それもすべて過去…か」