9.人
師匠の友人であるネクロマンサーの依頼を受け、アンデットの素材を集め終えた帰り道。街道の途中で倒れている人を見つけた。40歳くらいの農夫らしい乱れた髪とボロボロの服からして一般市民と思われる。
「一般人?」
この死んだ国にはネクロマンサー以外の生者はほとんど居ない。
旧ソフィール神聖王国、放棄された地域、だからこそこの国に逃げて来る者は少なからず他国で犯罪を犯した者や、国から逃げ出すしかなかった者が多い。
それはアンデット系の魔物が現れる穢れた地域であるため、隣国からの入国者はほとんどいないからに他ならないのだけれど、一部の変わり者やネクロマンサーを除いてはほぼいないと言っていい。
リジェが注意深く近付いて確認すると怪我をしている。
「酷い怪我……、だけどまだ生きている」
腹部にまかれている布は血に染まり、右腕は骨が見えるほど酷い怪我をしている。治癒術師が居ないなら死ぬしかない怪我、重傷を負った庶民には治療できず死ぬしかない。だからこそ、魔法とは異なる治療方法が生まれた。
近くの狩人小屋まで担いでいき、テーブルの上に寝かせる。
「テッセラ、アルファ、動かないようにしっかりと抑えて」
腕を早く縫合しないと死んでしまう。4腕4眼のテッセラが上半身を抑え、アルファが足を抑える。
「痛かったら悲鳴上げて。 止めないけど」
意識が朦朧としている男の人に声をかける。治癒術師だった師匠から、腕が欠損した場合の治療方法を習っている。高位な治癒術師が居ない以上、出来ることは限られその方法で対処するしかない。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
悲鳴と絶叫を上げている中、毛細血管を焼いて塞ぎ、糸で塞げる血管を結んで塞ぐ。骨を削り、アルコール度が高い酒で消毒し、精油の軟膏を塗りつけ皮膚を縫合。
リジェが治療道具と薬を常備していたのは師匠に言われていたことだけど、常備してから初めて役に立った。治療施術は師匠がやっていたのと同じ方法、死霊術師であり治癒術師あったため、同じように両方とも師事していたからやり方は分かるし経験もしている。
これでも治癒術師に関わるよりかは安い。
「気絶しているけれど、たぶん大丈夫」
片腕が肘から先が無くなった男は、脂汗をかきながら気を失っている。それでも呼吸はしているし腕と腹部からの出血は止まっている。
正直結構疲れた。以前は師匠の指導の下でやったけれど、リジェ単独処置はこれが初めてだった。
死者の体を切り刻む下法である死霊術、だからこそ体の構造を熟知しできる治療、リジェはえげつない物も結構見たけれど、そのままでは死ぬしかない人を助ける手段は限られる。
「お疲れさまでした」
レーヴァが荷物の中から飲み物と布を取り出し座り込んでいるリジェに渡した。座ったまま受け取るとリジェは背を伸ばす。
「これで大丈夫。 だけどやっぱり腕なんて大きな一部を無くしたら、寿命は縮むよ」
どうしても体の一部を失えばどうしようもないし避けようもない。大金を支払って高度な医療術を使える人に頼めば、亡くなった腕を元に戻せるかもしれない。だけど身なりからしてそれは出来るわけもないことくらいはわかる。
「ここは……うぐぅ」
半日ほどして夜も遅くなり、ようやく意識が戻ったのか身を起こそうとしてうめき声を上げている。
「次からは気を付けなよ。 手足ならどうにかは出来るけれど、首や胴体は生きて繋げないからね」
手足の修復は出来てもそれ以上は出来ない。おなかの中身どばっも正直対応できない。リジェの師匠ならできるかもしれないけれど、さすがにそこまでの技術を持っていなかった。
「あの、どなたか位の高い人をおしえてもらえませんか!」
男は腕のなくなった側の肩を抑えながら体を起こす。痛みが酷いらしく酷い汗を苦痛に歪んだ表情をしているが、それでもまだ死ぬよりかはだいぶ良いはず。
「どういうことです?」
話を聞いてみれば隣国の領主の町で反乱がおきかけていて、救援を求めに来たらしいのだけど運悪くというか運よくと言うか、死霊術師に襲われて追跡者は死んだらしい。
それはまぁ、目の前の男の人はお世辞にも外見が良いわけでも体格が良い訳でもないし、襲った死霊術師にとっては興味を引かれなかったんだと思う。
そもそも生きている人間を襲ってアンデットにするのはかなりタブーな範囲なのだけれど、運がよかったと言えるのかもしれない。
「何卒、どうか兵を派遣してくれるような方々を教えていただけないでしょうか」
そう言われても、死霊術師はいわば変人の集まり。いくら何でも隣接した領地で問題が起きていると言われても、兵士と言うか死霊術師を派遣するとは思えない。
むしろ死体を求めて余計な混乱を生みそうな気がする。
「それはいいですけれど、この領地には死霊術師しかいないことを理解していますか?」
旧ソフィール神聖王国。その領土はいくつにも分けられ、死霊術士達によって開拓の終わった南部と東部は範囲は狭いと言ってもすでに領主が存在している。
そこの領主が助けを求めているからと言って、死霊術士は奇人変人の集まりである上に正規の兵士はこの領地にいない。むしろ死霊術師そのものが兵士長のようなものでありすべてのアンデットが兵士。
大陸最大の国家には強大な死霊を操った死霊術を極めた魔導士が存在し、今もなお魔道の研鑽に励んでいるという。
なんにせよこの人を学園に連れて行くことくらいは出来る。
「それでも構いません!」
必死に近い表情からして相当状況は悪いらしい。断るのも悪いとリジェは町までは送り衛兵に託そうと考えた。
「わかりました。 それでもあまり期待しないほうがいいですよ」
狩人小屋を出ると月と星明かりだけの夜道を歩き、学園都市パンデミクに到着すると礼を言い兵士詰め所に男は走っていった。
「さてと、あとは上の人達が決める事だし、荷物を届けたら皆家に戻ろう」
「そうですね。 そろそろ栄養を取りませんと魔力が戻りません。 テッセラ アルファ戻りますよ」
リジェの言葉にレーヴァは頷くとテッセラやアルファに伝え、集めたアンデットの部位を纏めると品質を整え直し師匠の友人の元に運ぶ。
リジェに死者と正者の違いといったことについて余り感覚の差はない。本当の両親を知らず、物心ついた時には師匠に育てられていた。遊び相手になってくれたのは、ゾンビの犬とゾンビの人間、忌避感もなくそれが当然だった。
死者から世の中のルールや作法に道具など、教育や時には魔物から守ってもらっている。だからこそ死者蘇生の為に必要な事の一つを成長していく中で会得していた。