3.家と最初の授業
町外れの家
寮生用の安価な集合住宅ではなく、自分で家を借りて済む事にした。
町外れにあるから学校までは少し遠いけれど、それでも気楽に住めた方が良いし、新しく実験するとき煩くなるかもしれないから。
「リジェ様、これをそちらの棚に」
荷解きも余り進んでないけれど、レーヴァとアインが片付けてくれている。
「はい」
まぁ、自分も手伝わされているんだけれど、なんか普段から当たり前にやっているから違和感がない。
夜になる頃には片付けも終わり、ようやく生活するのに困らない体制が整った。
三日後には新しく学園生活が始まるため、身だしなみを整えて家を出る。
「出かける前に、所有者責任として、今月の生活費を頂きます」
生活必需品を買うのはリジェなので、生活費は全て渡している。
「はい、でもそろそろこの町でも稼ぐ当てを作らないとなぁ」
皮袋に収められた今月の生活費をリジェにすべて渡す。
そこから決められた金額の小遣いを受け取り、これが娯楽費となるんだけど、これって本来逆なんじゃないかなぁ。
「ところでリジュ様はなぜ入学なされたのですか?」
「言ってなかったけ? ネクロマンサーとしての極限の高見、 《死者の完全蘇生》 だよ」
神官、治癒術師、そしてネクロマンサーが目指す究極の到達地点、死者の蘇生、誰もが求め、歴史上誰一人成功していない。
元治癒術師でもあった死霊術師の師匠もいまだに探求している。
「そのような事、可能なのですか? 歴史上誰も成功していませんし」
レーヴァは首を傾げながらそう言うけれど、一種の悲願でもあるから諦めていない人は少数だけどまだいる。
死霊術の始まりが、死者蘇生の失敗からと言われているだけに、自分は起源に迫ろうと思う。
「さぁ? でも師匠もそうしていたし、自分もその領域に挑戦したいと考えてるよ。 その為には、学園の図書館に収められている、大死霊術師が書いたっていう本を読まなきゃ」
原点への挑戦をやめて、他の可能性に進む人は結構多い。それでも自分は大事な目標としてそれを目指す。
数日後、最初の授業を受けるため、教室に赴くと15人近い学生が集まっている。
年齢も様々で同じ20歳くらいのもいれば、40歳くらいの人も居る。
「それではみなさん、道具は用意してますね?」
教師の人は全身黒いローブで目深くかぶり、表情どころか年齢もわからない。見える手と声からして男で年上だとは思う。
外での講義という事で、教師について行くと町を離れ、防御結界の離れていないゾンビや死霊が徘徊する危険地帯へと赴いた。
到着した場所はアンデットが集まりやすいように作られた、人工的な廃墟で地帯で、崩れたかけた建物がいくつも立っている。
「本日の講義はアンデットを作成して貰います。 今後はそのアンデット使用して講義を行いますので、明朝までにしっかりと作成するように」
「は~?」
「わざわざつくるのかよ」
「もう用意してあるんですが」
生徒達から不満の声が上がるけれど、教師は気にする様子もなく話を続ける。
「限られた材料で創意工夫、そして良いアンデットを作る事が大事なのです。 良い材料を使って良いアンデットが作れるのは当然です」
これはかなり厳しい授業かもしれない。
自分も品質が悪いアンデットの素材で高品質に作り上げるのは、さすがに骨が折れそう。
「では、各自朝までに集めるように」
生徒の皆は自らのアンデットに守りと狩りを任せてゾンビ狩りに赴く。
自分は大鉈を握り、一人ゾンビの徘徊する廃墟へと入る。
「う~……、あ~……」
小さなうめき声を上げながら家の影や扉からヒト型アンデットであるゾンビが現れる。
どれも部分的に手足の欠損や、肉が削げ落ちて骨が見えている。
「これは、かなり大変そうだなぁ」
造るのは男型か女型か、大人か子供か、現れるゾンビを仕留めながら、良さそうな部位を集める。
しかし1時間ほど狩り続けるも、胴体の状態が良いゾンビと全く出会わない。
「どうしたものかなぁ」
大鉈についた肉片と脂肪を布で拭い落とし、周りを見回すも、どのゾンビもやはり欠損がひどい。
肋骨が見えていたり、わき腹の肉がごっそりなくなっているなど、一手間どころか半日かかりの処理が必要になる。
しかし贅沢を言ってもないものはないで諦めるしかない。破損範囲が狭く、治しやすいものとなると、やはり子供となるが、周囲のネクロマンサーもそれに気づいたらしく、特に子供のゾンビを捕まえている。
「出遅れちゃったな」
子供のゾンビはなぜか発生しにくい。他のネクロマンサーが狩っている以上、修復素材の分も合わせて、手に入れるのは難しそうだ。
「あぁぁ、うぅ……」
声に振り替えると、この町で初めて見るタイプのアンデットがいた。
腕が3本ある成人女性型アンデット、ネクロマンサーに改造されたあと放棄されたらしく、よく見れば腕一本も根元近くから欠損し、無理な改造をほどこされたキメラのようだ。
しかし胴体の状態は良い。頭部もまぁ目が4個あるけれど、どうにかなるかもしれない。
「前任者には興味はないけれど、ここは感謝を」
小さな魔石を取り出し、伸ばされた手のうちに入り、大口を開けた顎にかまれる前に額に押し付け魔力を流し込む
「従属を絶たれし虚ろな魂。 今主となりて汝の飢えを満たす。 従属せよ《フィカノピーシ》」
手の動きが止まり大人しくなる。
飢えをもたらしていた生命力の枯渇を、魔力が代わりに満たしたのだ。
「汝の名前は テッセラ」
古代語で4を意味する名を与え、個にして唯一であることを認める。
テッセラが落ち着いたのでじっくり状態を調べる。
4本の腕全てなんらかの問題があり、足も肉がそげおちている。胴体も肋骨が見えているけれど、腹部周りに酷い損傷はない。頭部は4眼に改造されているけれど、3個が失われて1つしか残ってない。
ただ趣味的に技術をつぎ込んでいるのか、顔の出来はそうとう良い。4眼でキメラだというのに、気持ち悪さはなく、奇麗にまとまり冷たい美しさがある。
これは調整し甲斐があるかもしれない。
テッセラを連れて集合場所に行くと、ほとんどのネクロマンサーが子供や小柄のゾンビを選んでいた。
やはり修復しやすいものを選んだみたいだけれど、自分以外にも大人のゾンビを選んだ人も少なからずいる。
「みなさん集まったようですね。 それでは本日はこれで学園に戻りますが、素材も今日は集めたものを使うように」
学園に戻り、各自に割り当てられた処置台の上にテッセラを寝かせる。
「これから修復を行ってもらいます。 修復は基礎の基礎ですが、最近は疎かにしている者が多く、実に嘆かわしい」
少々年老いた男性講師に変わり、呆れたような表情を浮かべながら全体を見ている。
「今回の修復の合格判定は厳しく、クリアするまで次の講義に移らせない、真剣にやるように。 では始め!」
みなが取り掛かる中、修復となるとどこまでやるべきかわからず、手を上げ講師に質問をする。
「先生、私の場合はどこまで修復したらよいでしょうか」
「どういうことかね?」
様子を見に来た講師は作業台上のテッセラに視線を向ける。
「誰かが無責任に放棄したアンデットか。 この場合は……」
講師も悩んでいるのか首を何度か傾げている。
数分悩んだあと、欠損している腕をみてきめたようだ。
「キメラを通常に戻すのは難しいので、君の場合は欠損した部位を治すこととしよう」
「わかりました。 取り掛かります」
背負っていた籠から腕や足、目玉や髪の毛を取り出し、作業台横の材料置き場に並べる。
頭部の修復、傷付いた顔と頭皮の皮膚と髪を移植し、一部を切開し新しい目を移植する。
人為的に繋げられていた骨を開いてみればわかる技術力の高さ、丁寧に本来の二眼から分岐させて神経が繋がれており、追加された目も飾りじゃなかったことがわかる。
次に胴体、ど鉄板なのはともかく、右脇腹の皮膚と肉が削げ落ち肋骨までが見えている。内臓が無事なのは幸いとし、筋肉と皮膚を移植し、丁寧に既存の筋とつなぎ合わせる。
念のため胴体で縫合されていた場所を開いてみるけれど、内臓も丁寧に繋ぎ合わされていた。
この頃になるともう修復の終わったネクロマンサーも出始め、講師の合格を貰った今回の講義合格印を貰って退出していた。
お次は足、ごっそりと肉が削げ落ち、左足はひざ下が完全に白骨化している。両大腿部に接合箇所があるのでそこから取り外し、他の成人女性型ゾンビから移植する。骨盤から上ごと持ってきたけれど、今回には不要なので、大腿部から切り落として移植。
骨の接合から筋のつなぎ合わせ、太い神経と血管も一緒につないでおく。
「まだ掛かるかね?」
講師の声に顔を上げると、あと6人くらいを残して人が居なかった。
「すみません。 まだ掛かります」
「ふむ、ゆっくりやりたまえ」
他の生徒の所に講師が歩いていくのを見た後、再び作業に戻る。
「テッセラ、うつ伏せになって」
命令を下すとテッセラはゆっくりうつ伏せに体制を入れ替えた。
第二腕は本来の腕の下に繋げられている。
直すために皮膚と筋を開いてみると驚いた。
腕を無理やり繋いでおらず、第二肩関節や第二肩甲骨から第二鎖骨まで、骨を加工し丁寧に造られていた。
テッセラの前の所有者は、キメラではなく亜人のアンデットを作ろうとしたのかもしれない。
何はともあれ、触る必要がないので傷んでいた筋を入れ替え皮膚を移植し閉じなおす。
次に欠損していた左第二腕を、接合痕がある上腕部を開いて取り外し、新しい腕と繋ぎ直す。
ほかの腕も指が落ちたり、前腕部の肉が削げ落ちているので、筋と皮膚を移植。
気になるところを全体的に移植と縫合し、ようやく終わった頃には疲れ切っていた。
「終わりかね」
講師のすぐ近くの椅子に座ってまっていたみたいだ。
周囲を見回すともう誰も残ってはいない。
「どれどれ」
講師は椅子を絶つと、テッセラの手や足の縫合個所を確認し、軽く手に触れたり動かしたりして状態を見ている。
5分くらい調べて後満足したように顔を上げた。
「良い腕をしている。 合格をあげよう」
合格印を受け取りようやく講義第一回を終えた。