第七-b 獣人ライ対巨人スオウ
ドゥ…ドゥ…私なりの肺を大いに使用できる呼吸。だが、今の私には思考を介するよりも手の方が先に出てしまい、呼吸はおろか身体の制御すら出来ない。しかし、何故ここまで思考だけがはっきりとしているのか分からない。目の前に立っている獣人はいかにも私よりも遥か高みで拳を極めている存在と見てわかる。制御出来ない身体にどこまで対立出来るかは分からないが、王子が儀式を終えるまでにはこの命……保てばいいが。
「ドゥ……ドゥ……。」
紅い眼光が魔鋼の光を反射させてぎらつき、口元に科せられたような轡からは荒々しい吐息がもくもくと洩れている。対するライは静かに呼吸を調え、目の前にいる狂人への対処を考える。
「(身の丈が2mを越える巨漢……遠方の大陸にいるとされる巨人の一人であろうが、巨人であれば見上げる程と聞いたことが、恐らくこいつは成長するベクトルを別に変える力を身に着けたからであろうな)」
構えると同時にライの視界からスオウが消える。目を見開くと同時に横っ腹に強い衝撃が走る。突然の事に肺に溜まった空気が一瞬で放出されて苦しい呻き声と変わる。魔鉱石にぶつかり砕け散った破片などで砂煙が辺りに立ち込める。ライが飛んでいった方向を荒々しい呼吸をして、見つめるスオウであったが、視界がぐるんと回転した時には己の身体が回転しながら壁にぶつかっていた。打ち付けられたと同時に体勢を整えたライが砂煙が散開する前に飛び出してスオウの視界から消え、後方の死角から左脚によるハイキックをスオウの側頭部へと放ったのだ。
ライのように飛んでいったスオウを見据え、空になっていた肺へ空気を流し込む。痛みや呼吸困難による苦しみよりも、無呼吸の状態での修行をしていたライにとっては些事であった。
「成程、己の限界を超える。恐らく巨人では成し得ない速さを求めた結果だな。」
瓦礫が崩れる音がしたと同時に砂煙から飛び出る巨躯は次の拳を振りかざしていた。それに応えるようにライは拳の軌道を先読みしてその場に拳だけを構えた。ぶつかる瞬間に全身を震わして拳一点に力を加える。
「ハッ!」
「ガアゥ!」
拳が重なると大気を震わす振動が辺りを一蹴し、砂煙も飛散する。ライの拳は衝撃波で僅かに血飛沫が舞い、スオウの拳に嵌められていた装具はヒビ割れ、地面へと崩れ落ちる。
「そのような拳を護る武具を備えた所で私には響かぬ。」
ライの闘気が炎へと変わり、拳へと伝達したと同時にスオウへと放射する。高熱を喰らったスオウは一時的に距離を保ち、高速回転することによって纏わりつく炎を掻き消した。
「ガアァアアッガアアア!」
口元に覆われた轡に亀裂が入る。スオウが轡を入れていたのは己の力を制御する為でもあったが、狂気は本能的に相手が脅威と判断したのか、噛む力を倍増させ、轡を解き放った。
「これでしゃべりやすくなったな……む。」
ライは再度臨戦態勢へと戻る。轡が外されたスオウの口元には小さな魔法陣が刻まれており、中心には属性魔法が刻まれた文字が記されている。記されている文字は「空」であった。
「(なんだ、あの口元にある魔法陣は……?空と僅かに見えるが、恐らく五属性の混成されたものであろうが……)」
「ガアアアアアア!!」
咆哮すると同時に空間に魔法陣が展開され、スオウの拳へと集約されていく。そして、スオウは何もない空間へと拳を振るい続け始める。するとライの毛並みをなびかせる空気の流れが迫っていき、次の瞬間には身体中へと強い衝撃が打ち付けられる。身構えたライは身体がべっこりと凹む感覚を味わうが、直ぐに全身に炎を宿して衝撃を跳ね返す。
「かはっ!成程なぁ!煉と同類の能力という訳か!だが、今貴殿に無差別な方向にぶつけられてはヨウ達も困る。防がせてもらうぞおおお!!」
と、炎を纏った両拳をスオウに振るい続け、拳サイズの炎球をスオウが繰り出す無数の空弾と相殺させる。
「ガアアアアアアアア!!」
「おおおおおおおおお!!」
乱打は激しい空気の流れを生み出し、炎と空気が混ざると至る所で爆風がふきすさび、長時間に渡って二人の打ち合いが続いていたのだった。
第七話パートbを読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
今回の戦闘パートは如何でしたか?結構縮尺はしてはおりますが、打ち合いともなるとボリュームがボリュームだけに短く抑えられる気がしなくなってしまいますので短文ではありますが、この程度に抑えました。本当は2千文字はゆうに越える内容はできるにはできますが駄弁ります故。
さて、次のパートはヤマルと神格化した巫の戦闘となります。が、ヨウ達も合流する形となりますので、お楽しみに。ではでは……。