第三話「神格化した木犀、イルド」
シワの森の最奥。緑豊かな樹木は化粧を覚え、黄色味がかった葉の色が増えてきており、最終的には色味は光輝く金色の葉へと彩りを変えた。この絶景を見ることが出来るのは道中の植物達を潜り抜けて来た類まれなる者でしかない。故に、ここには襲い掛かってくる植物も訪れることが稀でもあった。
ここに珍しく獰猛な植物と不思議な少女が訪れた。無表情のまま背中の巨大な棘を蠢かせながら歩くアザミと手を引かれて歩く少女。少女は見た事のあるであろう黄色の風景を眺めてあうあうと口を動かしている。
「マンサクの花。四季折々の表情を見せる綺麗な花。」
アザミの口から零れた言葉をイマイチ理解していない少女は頭にハテナを浮かべる。暫く歩いた所で、前方に一際大きなマンサクの木が現れた。枝を幾つにも広げては膨らみを続けておりまるでこの場のマンサクでは自身が一番と謳うように。
「おや……わざわざ、連れてきてくれたのですか。」
マンサクの木の幹に寝転ぶ男。アザミ達に気付くと、手を上げて挨拶をする。
「今日は男の姿なのだな。」
「あぁ、そうだね。この姿の方が色々都合がいいのだよ。」
少女が男の姿を目にした途端、身構えて男へと飛び掛かる。初めて見せる行動にアザミは目を僅かに見開いた。男は飛び掛かってきた少女を華麗にいなして、幹から降りる。少女は躱された事を意に介さずに降りた瞬間を狙って両手から蔦を出現させる。
「リリウムの蔦・・・・・・。」
「何故と思っているね?」
男は蔦を手刀のみで華麗に切り裂いたまま話を続ける。
「このシワの森において、彼女は特別な性質を兼ね備えて生まれてしまった。もとい生んでしまった。私自身が。」
少女は蔦が効かないと判断すると、牙を生成して噛み付く動作に移行した。しかし、少女が噛み付いたのは男の横から割り込んできたマンサクの幹であった。
「我々植物達から神格化してしまった者になってしまったのだよ。故に、取り込んだ物を真似るようになった。本当は私の後継者として生んだ物なんだがねぇ。」
少し残念そうに溜め息を吐く。牙を抜いて、男に向き直る。ここで漸く少女の口が動く。
「いい加減森の権限を譲渡してくれません?」
饒舌な語りにアザミは戸惑いを見せる。先程まで言葉を発する事を見せなかった少女がいきなりシワの森を仕切る権限を奪わんとしているのだから。
「下剋上とすら思わない稚児の戯れだ。気にしない気にしない。」
「あのですね?そういう言葉は言っている本人に向かって言うことではないですよ。むしろ、そういうのは私がうわ~ん覚えてろ~!といって遠吠えをしてから走り去った後にいうものですよね?」
と、アザミと男の周りに霞がかかり、視界が不良となる。暫くして、霞が消え去ると目の前にいた少女は豊満な胸を持った肉付きのよい女性が現れた。
「あぁ、少女のままでいられたらある程度自由に動けるかも!と思っていた私がバカでしたよ。」
悪態を吐いた少女であった女性はアザミを見やる。
「この姿では初めまして。私は自分でイルドと呼んでるわ。気軽にイルドと呼んでね♪」
「……。」
「あ、その沈黙はあまり求めてないです。むしろそこはちょっと間を空けて・・・・・・イルドって言ってくれたらわきゃー!ってなる場面ですわ!」
「こんな感じに砕けているのも神格化の影響かはわからないけどね。」
「あ~……本当に緊張感のきの字もない父で困りますわ。いいです、今殺り合っても勝ち目がないのは分かりましたので。」
さばさばしたイルドは踵を返してアザミ達から離れて行ってしまう。急激な変わり様にアザミは暫く一部始終を黙って見送り、男に話し掛ける。
「……マンサク。」
「イルド。彼女が自らを美化させる為に名乗っているに過ぎないが、不機嫌になるからそのまま読んでくれたまえ。それよりも、彼女がこれから何をしでかすか分からないから監視として見ておいてくれないか?」
「……グランドプラントの言う事は聞かねばな。」
「ありがとう、私の愛しい子よ。」
「その好意は彼女に向けるがいい。」
背中の棘を蠢かせ、イルドが去った場所へとアザミもしずしずと追い掛けていった。ふられたマンサクは乾いた笑みを浮かべてアザミの背中に手を振る。そして、先程までアザミ達が通っていた道の奥を見つめて呟く。
「何か懐かしい感じがこの森に訪れているな……。さて……。」
「うおらあああああああ!!」
激しい怒声が森に響いたかと思うと、幾つもの火柱が天へと昇っていく光景が見られた。火柱が消えた場所を見ると、一人の獣人とハイプラントが争っていた。ハイプラントの方は全身が真っ赤で六つの腕が生えており、一つ一つの腕は烈火の如く、炎が揺らめいている。獣人は激しい攻撃を受けても尚、傷一つどころか、体毛一本すらも焦げているような跡は見受けられなかった。
「ちくしょおおおお!この獲物ちっとも燃えやしねえええ!!」
ハイプラントが吼えると、腕の炎も呼応して大きく膨らみ、獣人へと飛び掛かる。
「ふん・・・・・・感情のままに動くと相手に動きの軌道を見せているようなものだぞ。あの鬼の方がましな動きをするぞ。」
「うららららららららら!!」
六つの腕が獣人へ連撃をかますが、腕の軌道が見えているのか。獣人は両手で華麗に受け流している。受け流されることに苛立ちを感じたハイプラントは連撃のスピードを上げ、獣人もそれに連なってスピードを上げる。すると、二体の周りの気温が上がり始め、ついには植物達がチリチリと燃え始めている。
「キャハハハハ!!」
地面に根を落とした若草色のハイプラントが強靭なツルの鞭を地面から幾つも飛び出させて、巨大なハサミを背負った一人の女性へと集中砲火する。女性は逃げることはせず、背中に携えてあった巨大なハサミを手に取り、両手に分離させてツルを地面すれすれで切り裂く。
「はぁ……今回は闘う為に来たわけではないのですが、また貴方の力が必要となりました……おーけー!」
一人二役を演じているかのように独り言を呟く女性。舌なめずりをして、低姿勢でハサミを交差する。
「っつー訳で、あたしが表に出た以上。そこの奇声植物、地面の肥料となりな。」
「アハハハハハ!」
ハイプラントは地面からもツルを出すが、周りの木からもツルを出し始め、逃走箇所をじわじわと潰していく。女性は人ならざる回転を生み出し、地面ごとツルを抉り、ハイプラントへ向かって走り出す。
「くっ……!」
「諦めた方がいいと思うよ。君たちは個々で闘うより、チームで闘った方が勝ち目があると見えていたからね。」
空間から飛び出た鎖が黄色いハイプラントに絡みつき、雁字搦めにしている。鎖の隙間から細い管を忍ばせて奇襲を試みようとするが、鎖が上乗せされて管も切り裂かれる。
「お前達は一体……。」
「何しに来た、っと思っていても、納得するような答えは言えないよ。そもそも、僕たちは君たちに用があってここを訪れた訳ではないからね。」
着物を羽織った男性が言うと同時に鎖に紅いオーラを宿し、ハイプラントは焼ける熱さに悶え始める。
「ああああああ!!」
「また種から生まれ変わるんだね。」
絡みつく鎖を一気に解放すると、ハイプラントの身体は四散し、完全に炭と化してしまった。男性がハイプラントを倒すと同時。獣人の方では真っ赤なハイプラントの連撃を完全に受け流し、疲れが見えたハイプラントの隙を突き、オレンジの炎を拳に宿してハイプラントの頭を身体と分離させた。そして、女性の方では夥しい程のツルが地面に倒れ、奇声を上げまくっていた若草色のハイプラントも元気がなくなっている。植物の体液が付着したハサミを振り払い、ハイプラントの喉元へ突き刺す。そして、手前に引いて首を撥ね上げて追い打ちで首を千切りにする。
各々の争いが終わり、三人は合流する。先程まで流暢に独り言を呟いていた女性は人格が変わったように明るい表情をしている。
「何とか澱みのコントロールを体内で行うことに成功しましたよ!ヨウさん!」
「研究の成果だね。また一歩友達を救う為の道のりを踏み出せたね。」
「もう植物が襲ってくる気配はしないな。詰まる所、我々は獲物として見られなくなったというべきだろうな。」
「ライもお疲れ。さぁて……ここのボスに会わないとね。」
シワの森最奥まで辿り着いた覚り妖怪のジェン・ヨウ、澱みの研究者リン・シューリンギア、獣人のライは一面黄金のマンサクの花を見やる。
「うわあ……とても綺麗な場所ですね。」
「父さん曰く、ここまでこれるのは植物達をやり過ごした者か相当運がいい者だけだそうだ。僕たちは前者ね。」
「ほほぅ。外来の客人がくるとは珍しい。」
一番目に付く巨大なマンサクの木より、細身の男性が地面に降り立つ。ヨウ達も男性に気付き、静かに歩み寄る。
「お初にお目にかかります。グランドを冠するプラント、金縷梅。」
「ふむ、懐かしい懐かしいと思っていたが……私の懐かしさは其方の気迫から、か。」
「何度か僕の父親であるジェン・ジンとは顔見知りでありましょう。」
「あぁ!そうだ、そうだ。ジンであったな……して、この森に何の用づてを頼まれたのだ?」
「あ、あのぅ……用事があるのは私の方でして。」
ヨウの横でしずしずと金縷梅の前に出るリン。些か、口の葉が堅い。
「私はリン・シューリンギアと申す者で。妖精樹林の澱みについて研究しています。そこで、樹林と同様の循環性を備えたシワの森にも澱みのようなものが発生しているのかを調べたいと思ったのですが、調べさせていただいてもよろしいでしょうか……?」
出来る限りの丁寧なお願いで頭を垂れるリン。金縷梅の表情は少し曇り、リンの顎をクイッと持ち上げる。ひゃっ、とリンが悲鳴を洩らすもそれを意に介さずに金縷梅はリンの瞳を見つめる。
「ふむ……なるほど、瞳に濁りを見て取れる。澱みといったか。であればあの赤い靄を澱みと呼んでもよいだろうな。」
パッと顎から手を離し、自分の顎に手を添える。リンも咄嗟の行動に頬を赤らめて恥ずかしそうに俯いていたが、赤い靄と金縷梅が呟いた途端にリンの表情は明るくなり目をキラキラとさせてにじり寄る。
「あるんですね!?澱み!!どこですか?近くですか?!」
「焦るな、リン。金縷梅殿も返しあぐねている。」
肩に手を置いてリンを金縷梅から剥がすライ。依然と目を輝かせているリンを見て金縷梅も少し呆れた笑いを零す。
「赤い靄というのはこの森で発生したものですか?」
「違いはしないのだが、本来は地面に溶け込み消える魔力の塵だが、地上に吹き出したとこを見たことがあると植物達から報告があったのだよ。」
「……森の地下ということか。」
「エレボス中の魔力の循環がされている中間で何が起きているのかを調査する必要がありそうですね……。」
当面の目的を更新した一行は金縷梅に別れを告げて踵を返した。その一部始終を近くのマンサクの木からイルドが見ていた。
「…………。」
―――トゥンク―――
イルド 神格化した植物。シワの森のグランドプラント「金縷梅」からの因子によって生まれたハイプラント。シワの森のグランドの座を狙おうと親でもある金縷梅に挑むが度々しっぺ返しを食らっている。ハイプラントの能力や一部を体内に取り込むことで一時的に能力を真似ることが出来る。但し、金縷梅の能力を真似ることは出来ない。イルドはラテン語で「艶」という意―illud―
金縷梅 シワの森にてグランドの座を持つハイプラント。両性であり、女性の場合と男性の場合がある。森全体の魔力の循環を管理及び、エレボス地方全体へと伝う龍脈の監視もしている。
リン・シューリンギア エイレーネ地方の妖精樹林に住む魔女。エイレーネの魔力の膿である澱みを研究し、悲願成就の為にジェン・ヨウと共に行動している。
ライ 夢幻山脈の隠された里の獣人族の長。炎を自在に使う能力に長け、身体能力も抜群の獅子。
ジェン・ヨウ 夢幻山脈の隠された里で育った妖怪覚り。現在は自身も神格化を果たし、アーク大陸の主神であるテスティアの選定者としての務めを果たしている。
第三話を読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
久しぶりの1か月程空けての更新という訳ですが、いやはや面目も次第もございません。気長に待っていただけるとありがたいです。時に素早く、時にのんびり。それが私のスタンスでもあります。
さて……今回のお話の終わり部分、おかしな擬音語で区切った訳ではありますが、予想出来る方はお察しの事。お察しされていない方でも次回のお話かその次のお話で語ろうと思います。まぁ、この終わり方で未だエレボス城の内情に話を裂いていないのが痛手でもあります。ある程度の文字数制限を設けて投稿しているのでご容赦を(汗
では、次回のお話でまたお会いしましょう。ではノシ