第二話「深い狂気」
アメン・ヘイルダム・エレボス五世 魔国エレボスの現国王であり、魔国エレボスを理想の科学国家に築き上げようと努めた。だが、ある事をきっかけにエレボス城の学者達は狂気に憑りつかれたかのように己の科題に没頭するマッドサイエンティストの国家となってしまい、己の理想に失望している。
ヤマル・ヘイルダム・エレボス アメンの息子。アメンが求めた科学国家に憧れがあったが、傾いた理想国家に対して、どうしていいか模索し続ける。結果、この国に蔓延る狂気について気付くことが出来た。自らが父親の贖罪を拭う為にヤマルは奔走し始める。
ローゼン 魔導機械科に所属する長。高身長で常に作業着を着ている。紳士的な彼の行動に密かに狂気が垣間見えるが、本来の彼は機械いじりが好きな人物である。
アリス・ヘイルダム・エレボス アメンの娘であり、ヤマルの妹。
アザミ モデル、薊。暖色系(赤、橙、黄といった色)の大量の棘を背負っており、ふくよかな女性を象っている。寡黙であまり顔に表情を出さないが、重要なことには少しばかり感情が顔に出る。伸縮自在な棘は鋼の鎧さえ貫き、地面を抉る程に強靭である。
リリウム モデル、百合。中性的な人間を象っており、能天気で明るい性格をしている。蔦を自在に操り、獲物を巧みに捕縛することができる。唾液に催淫性の毒があり、中毒性を持つ。
スナドラ モデル、キンギョソウ。豪奢な花びらがスカートのようにひらひらと舞い、カズラの帽子を被っている。細身の女性を象っている。花びらの隙間から鋭利な歯を見せる食人植物を飼っており、スカートの中へと獲物を手繰り寄せ、食人植物に食わせ、植物が蓄えた栄養を糧としている。帽子として被っているカズラは食人植物であるウツボカズラであり、人の頭をすっぽりと覆える程に大きく広がる柔軟性を持つ。
シワの森に幾多の悲鳴が木霊しているが、シワの森では日常茶飯事のことであり住んでいる植物達にとってあまり気にも留めない些事であった。
「お、アザミ~なんだそのちっこいのは~?獲物か~?」
だが、植物達の中でも人語を介して、徒党を組んで獲物を捕獲する上位の植物がおり、独りよがりな植物は上位の植物に淘汰されていく運命にある。
アザミと呼ばれた植物。背中から暖色系の鮮やかな鋭い棘を背負ったふくよかな女性の型を取っており、顔から感情は読み取りづらく見える。アザミを呼んだ能天気っぽくも明るみが籠もった声音をした中性的な人型の植物。
「リリウム。」
「うん?」
「獲物違う。」
「そうか。」
リリウムと呼ばれた人型の植物は、一度アザミの言葉を反芻する仕草をしたが、考えても仕方がないと思ったか、納得して両手を広げた。
「珍しいこともあるねぇ。アザミが拾い物をするなんて。」
「特別。」
「ふぅん……どこが特別なのかを教えてくれませんこと?」
お嬢様口調の者が口を挟んできた。幾重にも重ねられた花びらのスカートをフワフワと浮かせ、カズラの帽子を被った細身の女性を型取った植物がしずしずと歩いてアザミの横にいる少女を見つめる。
「マンサクの落とし子。」
「まぁ!彼のグランドの産み落とした子なんですの?でしたらそれはそれは濃厚な魔力を取り込むことが出来ませんこと!」
「おっ、魔力たっぷりなのかスナドラ~!」
スナドラと呼ばれたお嬢様植物は相槌を打つと、リリウムの目つきが変わり、少女に向けて高速で蔦を伸ばす。が、アザミがリリウムの速さを上回る棘にて蔦を切断する。
「いてー!なんでさー!」
「二度言わせるな。」
「獲物じゃないって~?」
切り離された蔦が地面でわなわなしているが、リリウムは大して痛がるような感じはなさそうだ。リリウムの蔦を少女は掴むと、そのまま口の中へと放り込む。
「あっ!」
「取り込むのが癖。」
「取り込む……食べるのが癖?おなじだなー!」
「魔力を取り込み森の栄養分とするのはマンサクの能力ではありますが、この子がその力を行使することは難しいと思うのですが……むしろ、ここで私達が食時にすることでグランドの座を継ぐに相応しくなりませんこと?」
「ダメ。」
「ではどうされるのですか?」
「これから考える。」
スナドラが溜め息を吐いた傍で少女は依然として蔦を口の中でもごもごとさせたままで、これから自身の行方を勝手に決められているというのに気にもしていないようだった。
蔦を飲み下すと、少女の口元は含み笑いをするように口角が吊上がっていたのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
魔国エレボスの象徴たるエレボス城は城下町の中心に君臨するような形で建てられていた。上空から見たエレボス城はエレボス自体が緻密な魔法陣を形成しているかのような構造をしている。城下町の建造物は数多の術式を、城壁は星を描く。制作者はどのような意図を以て建築したかを知っているのは国王だけである。その国王、アメン・ヘイルダム・エレボス5世が臣下を謁見の間に召集した。鬱蒼とした雰囲気に臣下達も静かにし、王の口が動く瞬間を待つ。アメン王が肘掛けに綺麗な爪を食い込ませる。
「ローゼン。前に出て説明せよ。」
「はっ」
ローゼンと呼ばれた人物は臣下達が佇む中から前に出て膝を崩して忠誠を示す。この場に似つかわしくない工場の作業着とガスマスクを付けた細身で高身長な人間。
「先立って申し上げますと……皆さんの信頼というものが民に欠如していることです。これは重大な事だということをご理解してもらいたいのです。私もしがない機械科の長ではありますが、事の重大さは我等が開発する魔導兵士達にも関わってまいります。アレソン君。」
「はい。」
アレソンと呼ばれたエルフは王と臣下の間に巨大なゴムの塊を投げ捨てた。ゴムの塊はある程度動きを見せてはいるものの、粘着し且つ膨大なゴム弾を引き剥がすことは困難を極めた。
「この者。酒場にて我々の同胞と騙り、従業員の女性を脅して酒を飲ませようとした、とのことです。さて、この者が所属しているであろう科は挙手していただきたく存じます。」
臣下達の中にある程度のざわめきがあったが、やがて静寂が訪れる。
「どの科にも所属していないということでよろしいですね?ということは我等が守護するに値する民である可能性が出た訳です。王よ。この者は、我等が守護するに値しますでしょうか。」
ローゼンがゴム弾の一部をベリッと剥がした。現れたのはゴム弾で潰れた男の顔であった。鼻水や涙の跡がゴム弾を通じてくっ付いている。アメン王は男を凝視し、こう言い果たした。
「……非ず。」
「……では、処遇はこちらで。」
「許可する!」
うおおおおおおおお!!
謁見の間に響き渡る怒号。王が民を見放したことで、この国では民として、守護する者としての価値が無くなったことになる。故に、男はこの国の道具としての価値でしか見られなくなった。
「魔導植物科で貰い受ける!いい苗床となり、我等の研究が進んでいくだろう!」
「魔鋼製造科だ!生涯一生労働者として魔鋼堀りに使わせてもらうわ!」
「いや、機械科だ!こいつには魔導兵士として民を守護することに尽力させる!」
最早男は競りに出された物であり、品を求める科によって運命が委ねられた。男は酔いが完全に冷めて、やってしまったことの後悔を今更するのであった。傍にいたローゼンが男に近寄り、囁く。
「大変ですねぇ。皆々、貴方が欲しくて欲しくてたまらないご様子。これで被害にあられた女性の気持ちがよーくご理解出来たのではないでしょうか。」
ローゼンの口角が吊上がり、舌なめずりを始める。
「私魔導機械科の長をしている者で、貴方が犯してしまった行いを償うことが出来ると思うのですが、どうですか?是非、機械科の方でお世話になるというのは……。」
「ローゼンずるいぞー!」
「ここはちゃんとプレゼンを用意してだな……。」
「あぁうるさいですね。わかりましたよ。ここでは何です、会議室でこの物の競りを再開しましょう。アレソン?」
「はい。」
ゴムの塊になっている男を軽々と持ち上げ、謁見の間を後にする。そして、ローゼンも王に向かって会釈を返すとアレソンに続いた。王はローゼン達が消えるのを見届け、臣下達に改めて言う。
「よいか。民の信頼を欠如することはあの顛末を迎えることと同義だ。民は勿論、国外の者との相席では決して己の正体を秘匿するように……。」
臣下達が謁見の間から去ると、王は玉座に着いたままヒドイ溜め息を吐いた。
「っはぁ~……。面倒な国になったものだ。」
「面倒な国、と父上自ら言ってしまえば滅んだも同じですよ。」
玉座の後ろからひょこっと顔を出したのは、アメンの第一子息である王子、ヤマルであった。
「ヤマル……いつから後ろにいた。」
「父上が玉座に座った時からですよ。」
「相変わらずの忍び足だ。して、私に何用だ?」
「私用ではあるのですが、此度の冥神との会合についての詳細を戴きたく……。」
冥神との会合。ヘイルダム・エレボス王家に伝わっている王位継承の儀式である。既にヤマルは王位継承の歳になっており、何より儀式の詳細はアメン直々に教えられるようになっている。だが、その事を敢えてアメンはヤマルにまだ伝えていなかった。アメンの目つきが変わる。
「どこで聞いた?」
「何をおっしゃりますか。父上自らが申し上げたことではないですか。」
「……失言したな。」
「何を怖れておいでですか?私、ヤマルは無事に冥神と無事に会合を果たせる自信があります。なのに、父上がそれを否定するというのですか?」
アメンは虚空を見つめる。虚空を見つめたところでヤマルに対する回答に口が線になってしまう。
「父上が求めた国の在り方というのは、科学者が冒涜されずに好きなようにいられる理想的な科学国家を築くことでした。ですが、父上が求めた理想とは逆の狂った科学者達の国家に成り果ててしまったのです。」
「否定はしない。」
「だから人を人として見ない臣下達を制御しきれなくなり、国の終わりを見たのですね。」
「……そうかもしれない。」
「では、私がこの国を作り直せるとしたら、私に賭けてくれますか?」
アメンの視線がヤマルに留まる。玉座の前で片膝を崩すヤマル。
「父上、私が貴方の贖罪を受け継ぎ、エレボスの新たなる繁栄を約束することを誓います。」
「……贖罪と言ってくれるな。これは、私が自ら行った結果がずれてしまったのだ。ヤマルよ、お前は決して間違わないようにして欲しい。それはアリスにも引き継がせるのだ。」
「御意。」
謁見の間を後にしたヤマルは長い廊下を歩いている。そこに先程前で申していたローゼンが現れた。ヤマルに気付くと、親しみを込めて手を上げている。
「やぁ、王子。謁見の間からのご登場ということは王と何かを?」
「何、単なる親子の会話に過ぎないさ。それで、あの男の処遇はどうなった?」
「内臓の一部は魔導植物科に、肉体は魔鋼製造科に、その他諸々は他の科に分けられました。」
「そうか。」
「そして脳は我等魔導機械科の方に……ふふっ。如何ですか、これから魔導兵士の新タイプに組み込む予定をしているのですがご見学に。」
「遠慮しておくよ。これから僕も大事な要件が控えているからね。」
「それは残念です。ではまたの機会に……。」
「後でいいのだけど、科の長達を召集しておいてくれないか。大事な話があるからさ。」
「……わかりました。皆の都合が合えばよろしいのですが。」
ローゼンが立ち去り、ヤマルは廊下の窓から空を見上げる。
「さて……この国の狂気を取り除くにはどうすればいいかな?」
第二話を読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
さて、今回のお話は所々にうん?となる部分がそこかしこにあったと思いますが如何でしたか?私がまともな思考であるばかりにちょっと歪んだ思考をした人物などの表現に至難した結果と言えると思います。次回のお話ではもう少し工夫できればよいなと思います。
では、次のお話のあとがきでお会いしましょう。ではでは……。