第一話「魔国エレボス」
シワの森 エレボス地方の南西に広がる樹海。エレボス地方の魔力を供給する重要な役割がある。魔力に惹かれて寄ってくる生物を森に潜む植物達が食し、魔力の循環が形成されている。
貿易港グレフィーク エレボス地方の北西にある海に面した巨大な港。
煉獄バスティーユ エレボス地方の北端にある地下に広がる巨大な監獄。
魔国エレボス エレボス地方の中央にある巨大な帝国。魔導技術、魔術が高度に発達しており、エレボスの外観がそれを物語っている。
アレソン 銀髪碧眼のエルフ。魔導機械科に所属しており、エレボスの重鎮の一人。
ローゼン エレボスの重鎮の一人。
草木生い茂る森の最奥。空からの陽射しは深緑に覆われて地面に照り返すことはなかった。故に、地面に生える植物には一切の光が届くことがなく、飢えに苛まれている。
ーーギャアギャア!!
止まり木にいた小動物達が喚き、植物から離れようとするが、時すでに遅し。マーキングは施されている。しなる鞭のような枝が瞬く間に一匹を捕らえ、小動物ごと地中へと素早く潜り込む。枝の太さに収まらない小動物の身体は急な圧力に耐えきれずに血飛沫を周囲に飛び散らせ、飛散した血にも小さな植物が群がる。次いで、木の影に潜んだ巨大な口が複数の小動物が前を過ぎ去った瞬間に条件反射で食らい付く。ギザギザな歯の隙間から泣き叫ぶ小動物達。口角が歪むと同時に口をすぼませて、生きたまま植物は口の奥へと呑み込んでいった。
「……。」
生き残った小動物達は漸く日の目を見れると目を見開かせて空へ飛び立とうとする。が、背中に突如として突き刺さった棘が全ての小動物を貫いていた。棘は収縮を行い、一つの所に集約していく。そこに居たのは灰色の髪で背中から無数の歪な棘を背負っているふくよかな女性であった。
「……。」
刺さった棘の先端より、小動物の亡骸を取り、口元に運んでいく。骨が擦れる音、肉に歯を突き立てる音、血が滴る音が辺りに響き、女性の周りにはおこぼれを貰おうと他の植物達がわななき始める。
「……キッ」
女性が一睨み利かせると、植物達は一斉に退散し辺りは静寂に包まれた。静かになったことを確認して、女性は再び貪り食らう。と、喰らっていた途中に視界に誰かが入った。睨みでは怯えるような輩ではないことを判断した女性は背中の棘を動かし始める。口元の血を拭い、食い残しを地面に投げ捨てる。と、女性の視界を霞みが遮り、目の前を激しく棘を旋回させて霞みを取り払う。どこにいるか辺りを見回す女性。すると、女性の直ぐ近くでピチャピチャと音がした。そこは女性が食い残しを捨てた場所であり、直ぐに棘を向ける。だが、棘をピタリと止め、目の前の存在を注視する。ボロボロの植物のコートにボサボサになったロングの黒髪。頬を膨らませながら女性が捨てた食い残しを食べている幼い少女が居た。女性は驚きを隠せないようで目を見開いていた。
「…ングング。」
視線に気付いたのか食い残しを噛みながら女性へと振り向く。この森に入って日が浅いのか、少女の目はキラキラと輝いている。女性は怪訝に思ったが、棘を背中へと収めた。
「……お前は。」
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アーク大陸の西側を占めるエレボス地方。エイレーネ地方にあるへパイトスの鍛冶場のような活火山の山脈はなく、緑豊かな山々が連なり南西には広大な樹海、シワの森が占めていた。北西の方には海を挟んで貿易が盛んな港、グレフィークがあり、北端には囚人を投獄している煉獄バスティーユがある。端に点在している名所から大陸の中央に線を引いていくと、中央に巨大な国が現れる。そこが、魔国エレボスである。
魔導技術(以下魔術)が高度に発達しており、煉瓦等の粘土での城壁ではなく魔術で錬金を施した魔鋼を城壁の建材に利用している。城壁を抜けた先には魔鋼畳みの地面が広がり、建物全てに魔鋼が施された街が目の前に広がる。魔術が発達したからといって、住民の衣装がそれに連なることはなく、至って普通の生地であしらわれた服を着ている。だが、時偶に列をなして街路の中央を行進する者達には目を引く。彼等は魔導兵士で、服装は住民達とは違う艶のある鎧を装備している。この国を端から端まで警備する彼等がいる限り、エレボスに於いて犯罪が行われることはないだろう。
「きゃあああ!!」
「俺の酒が飲めねぇってのはどういうことだぁ!?城に代々仕えてきた偉い偉い学者様だぞ!てめぇみたいな出来の悪い女とはちげぇんだよぉ!!」
真昼間であるにも関わらず、飲食店の外の席で酔った男が女性店員を脅しているようだ。騒ぎを聞きつけた野次馬達に囲われ、女性店員は震えながら抵抗する。
「お、お客様……ここは公共の場所ですから暴力はお控えに……。」
「うるせぇ!!いう事聞かない奴はこうしてやる!」
酒を入れているジョッキをテーブルで壊し、酒を零す。そこに魔法による発火で酒を燃やし、ジョッキに付着した炎を女性店員に振りかざす。野次馬達も悲鳴をもらすが、野次馬達の隙間より一閃。
「うっ……。」
男の胸に何かが当たり、振りかざす動作を封じた。野次馬が道を開けると、先程まで列を成していた魔導兵士達が現れた。
「攻撃要因の魔力を検知。身柄を拘束せよ。」
「へっ、しょせんはただの機械!俺の魔法に掛かれば……うぐっ!?」
先程男の胸に当たった部分が大きく膨らみ始める。魔導兵士が打ち出したのは相手の魔力に反応すると膨らみ始める特殊なゴム質弾であり、他の兵士達も構えて男に照準を向ける。
「ひっ、やめ……。」
ドドドドドと勢いよく放たれたゴム弾は男に当たる度にどんどんと膨らみ始め、遂には大きなゴムの塊が完成した。先程まで震えていた女性店員は形勢逆転を果たすと、性格が変わったようにゴムの塊に足を乗せる。
「お客様、だから言ったでしょう?ここは公共の場ですので暴力は控えてください、と。」
「もごごご……。」
「お怪我はありませんか?」
魔導兵士の一人が頭の鎧を外す。野次馬達からもおお、とどよめきが出る。銀髪の少し長い髪を後ろで結わえ、碧眼の美男子が姿を現す。
「はい、ありがとうございます。アレソン様!」
女性店員は感謝の意を述べて、ゴムの塊を一瞥して、お店へと消えていった。それをはじめに野次馬達もチリヂリになり、残ったのはアレソンと呼ばれた人物と魔導兵士達、そして目の前にあるゴムの塊だけであった。
「で……あんた何勝手に城の学者名乗っちゃってるの?酔っ払いの世迷言とかで片付けられないことなんだよね。」
「むぐぅ!!」
「あ、何も言わなくていいわ。こいつをローゼンの元に運べ。」
命令された兵士達はゴムの塊を運んでいき、アレソンも鎧を整えて付いて行く。
第一話を読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。
更新頻度を増やすには少し短めに区切りを付けた方がいいと判断したので、短めの構成となっております。以前のお話等で12話構成にすると決めつけてましたが、固定観念に囚われずに臨もうと思います。ですので、一話一話の長さが短かったり長かったりしますが、よろしくお願いします。では、次のお話でお会いしましょう。ではでは……。