piano
訥々と降り注ぐピアノの音。
雨のように、濃霧のように、砂のように。
うつらうつらとする僕の背中を撫でるような旋律は、2人きりの部屋を隙間なく埋めていく。
はらはらと流れ落ちるあの日の涙を思い出し、来なかった日を願いながら微睡む心臓に河のようなたおやかさでもってひとすじの覚醒を留め続けるその音はまるで、僕を慰めているようにも聴こえた。
あの人のドラムが重なって、奏でられるなら。
それが叶うならどんなにいいだろう。
だけどそんなことはなかった。
恥ずかしいくらいに。
筋の通らないジプシーのような僕を、冷たく突き放したナイフのような眼差しは、もう二度と僕を恋人としては見ない。
だけど、友人になれるなら。
I don't blame you.
彼にそれだけ言えたなら。
ただ一本の糸を頼りに生きる彼の足元を濁流がさらって来てくれたとしたら?
僕なら、どう足掻いてでも助けに行くだろう。
我ながら下衆な願いなのかもしれない。
ピアノの音に重なるシンセサイザーは星のように瞬いて僕を正気に戻してそっと微笑む。
微睡みに帰れとそれだけ言い残して、軽い足取りで何処かへ行ってしまう。
今も言えない。
きっとこれからも、言えないままで。
行かないで。