1-1 「白昼の怪奇現象」
20190111公開
『・・・昨日からこのニュースで世界中が沸騰していますが、自衛官消失事件の新たな映像が手に入りました! 対向車線を走っていたトラックのドライブレコーダーに記録されていたものですが、事件の全容が鮮明に映っていました。それでは、早速、入手した映像を見て頂きましょう。この青い円で囲われた男性が陸上自衛隊所属の田中大輔一曹です。昨日は休暇でホームセンターで買い物をした帰りに事件に巻き込まれました。この映像から分かる通り、確かに進行方向の信号は赤になっています。と言う事は消えた田中一曹側の信号は当然、青です。あ、ここ! 一旦、渡りかけたのですが、視線を右に向けて歩道に戻っています。この段階で暴走車に気付いたと思われます。ですが、昨日から散々流れている監視カメラの映像でははっきりと分かりませんでしたが、2㍍ほど前を歩いていた母娘は気付いていなかった事が分かります。さあ、ここからはスローで見て下さい。田中一曹が、暴走車に気付かずに横断歩道を歩いている母娘に向かって走り出しました。2人に手が届いた瞬間に、身体を捻りながら歩道に向けて投げ飛ばしています。こうやって見ると、高い身体能力を発揮している事が分かりますが、自分の身体は反動で半分宙に浮いている状況だった事も分かります。直後に暴走したワゴン車に轢かれますが、この映像では事故を起こしたワゴン車に直前まで凹みが無い事が分かります。そして、ここです! 一瞬で消えています。田中一曹が衝突したであろう形に合わせて凹みが発生し、フロントガラスも同時に割れた事も良く分かります。ここまで怪奇現象がはっきりと映像に残される事は初めてでは無いでしょうか? それでは、この事件に関する各国の報道です・・・・・』
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≪・・・・・れ ・・・・・・は・れ だれ・す・ へん・・てく・さ・ ・・・・≫
誰かが俺を呼んでいる気がする・・・
それも気になるが、ここはどこだ? 見渡す限り、前後左右上下が昔のテレビの砂嵐みたいな風景だが?
病院か? もしかして集中治療室に担ぎ込まれたのか? だが少なくとも頭は守れた筈だ。脳さえ守れたら、あれくらいの事故ならすぐに治る。伊達に3階から飛び降りても平気な様に鍛えている訳では無い。
事故?
何故、事故に遭った?
前を歩いていた親子を助ける為だ。多分、無事だと思うが、目の前で人が撥ねられる事故を見てトラウマにならなければ良いんだが・・・
それで、最初の質問だ。
ここはどこだ?
『個体名称田中大輔の意識の覚醒を確認。意識への介入を開始します』
いきなり年齢がはっきりとしない女性の声が頭の中で響いた。
『平成××年〇〇月△日生まれ。転移時肉体年齢28歳。死因は内燃機関搭載動力車との衝突。死亡時の職業は日本国陸上自衛隊陸上総隊特殊作戦群第三中隊第一小隊所属の自衛官』
おい、S所属は最高レベルの情報管理下の情報だぞ?
何故、知っている?
『質問。何故、過去の地球に居た個体名称田中大輔がこの星に存在するのか? 本人の意識下無意識下の反応でも原因不明と確定』
それきり、声は響く事がなかった。
代わりに、声変わりする前の少年の声が頭の中で響き始めた。
先に響いていた声だと分かった。
≪だれ? 僕の頭の中で話しているのはだれ? 僕はおかしくなったの?≫
頭の中? 意味不明だ。
ここは病院では無いのか?
もしかして死後の世界か? 三途の川はどこにも無く、ノイズだらけの風景が広がるここが?
そう言えば、さっきの女性の声は、俺が死んだかの様に話していたが・・・
≪きっと、疲れているんだ。寝たら治らないかな?≫
その言葉を最後に、少年の声は聞こえなくなった。
状況が全く把握出来ん。
もしかすれば、これは部隊の新しい訓練なのか?
閉鎖環境下での新しい訓練か? ウチの部隊ならやりかねんからな。
頭の隅に入れておこう。
体感で3時間後に変化が訪れた。
ノイズが収まり、濃淡の有る深緑の光景に変った。
同時に聴覚が復活した。
聞こえて来たのは男の子の寝息だ。
それ以外の音は不自然なほど聞こえなかった。
7時間後に視覚に変化が訪れた。徐々に明るくなり、半時間ほどで全体が明るくなった。
8時間、今度は初めて見る天井を見上げる事になった。
あくびをかみ殺す声と同時に視界が暗転する。
そして数秒後に再び視界が復活すると、上半身を起こしたかの様に視界が変化する。
病室では無く、洋室の様だ。8畳くらいの広さで、勉強机と箪笥が壁際に置かれていた。
畳はどこにも敷かれていない。
装飾は質素と言っていいだろう。
目立つのは壁に掛けられた複数の動物を描いた大きな絵だ。
2本足や4本足の差は有るが、恐竜みたいな動物が多い。
見慣れた動物はニワトリと豚と牛くらいか?
視覚と聴覚を得た事で、訓練の一環と言う考えはさすがに却下するしかない。
ここまでリアルな状況を再現するには莫大な費用と画期的な新技術が必要だ。
自衛隊にそんな金も最先端の技術も無い。
むしろ夢と言う方が説得力が有る。
絵に意識を向けていると、ノックの音が聴こえた。
視線がドアに向くと同時に、ドアが開いて小さな女の子が部屋に入って来た。
幼稚園児よりも小さいくらいの可愛いらしい少女だった。
「しんじおにいたま、あさのおしょくじにいきまちぇんか?」
舌足らずながらも言葉使いが上流階級ぽいが、着ている服はどちらかと言えば上等のものでは無い。
綿が入っていそうなモコモコした薄い灰色の上着に、ゆったりとした濃い灰色のモンペぽいズボンを穿いている。
うーん、何と言うか、良く言えば素朴、辛口で言えば野暮と言える。きっと素材だけでなく色もデザインも野暮ったいからそう感じるのか?
少女自身は可愛いのに、服装が野暮った過ぎてむしろ違和感しか感じない。
俺自身は子供どころか結婚もしていないから自信は無いが、このくらいの子供って親が着飾らせるのではないか?
「ユカ、今着替えるから、ちょっと待ってて」
「あい」
視界が着替えるのに合わせて動く。
最後に机の上に置かれていた小さな鏡を使って寝癖を整えた時に顔が映ったが、そこに在ったのは俺の小さかった頃の顔だった。
多分小学校に入ったくらいに見えた。
だが、俺に妹が居た事は無い・・・・・
俺の小さな頃の顔をした男の子は、女の子の手を繋いで部屋を出た。
視界の右下の方に女の子の頭が映っている。ヒョコヒョコと動いている。
それが妙にリアルで、夢という線も考え難くなった。
少女がこっちを見上げた。
「しんじおにいたま、きょうでちゅね?」
「ああ、そうだよ。でも、ちょっと怖いかな?」
「こわい? でちゅか?」
「ああ、怖いね。もし、期待に応えられなかったら、と考えるとね」
「うーーーん、だいぞうぶでちゅ。しんじおにいたまでちゅから」
「ユカにそう言ってもらえたから、大丈夫な気がして来た。ありがとう」
「えへへ、だいぞうぶでちゅよ」
幼い兄妹のほのぼのとした会話を聞きながら、俺の感情は微かに揺れた。
俺には家族は居ない。
この幸せそうな男の子と大して違わない頃に両親が事故で亡くなった。
預けられた親戚の家での扱いは決して家族と呼べるものでは無かった。
ほとんど貰えないお小遣いを得る為に中学に上がると同時に新聞の夕刊配達をしたくらいだ。
半ば後見人としての見栄だけで高校までは行かせて貰えたが、代償は両親が残してくれた保険金だった。
全く新しい人生を始めたかった俺は、高校卒業後の進路に寮に入れる自衛隊を選んだ。
まあ、水が合ったのだろう。小学低学年の頃から他人より成長していたから体格も良かったしな。
水が合い過ぎて、気が付けば連隊長の推薦でSの選考試験を受けていた。
兄妹が仲良く顔を洗って、食堂らしき所に向かう間、俺は気付いた事を考える事に集中していた。
ここまで、1つも家電製品を見ていない・・・
男の子の部屋もそうだったが、廊下の天井にも電気の照明が1つも見当たらない。
壁に等間隔で台座が在ったが、多分松明か何かを差し込む用途だ。
顔を洗った時も蛇口では無く、井戸からポンプで汲み上げていた。
日本で電気の無い暮らしをしている場所が有り得るのか?
「お父様、お母様、おはようございます」
「おはようごじゃいます」
この女の子の舌足らずは安定しているな。感心するくらいだ。
それよりも、この兄妹の家族の登場だ。
父親の服装を見た瞬間に分かった。
やはり、日本では無い。
どんな場所であれ、日本国内であればあの様な服装をして朝食を摂る筈が無い。
「ああ、おはよう。それにしてもシンジとユカは今日も仲良しだな」
結構大きなテーブルの奥側から、こちらに挨拶を返して来た30歳台前半の父親らしき男性は、首元が丸首の鎖帷子を着こんでいた。
「さあ、早く座って、2人とも」
そう言葉を掛けて来たのはパッと見た感じ20歳台後半の女性だ。
髪の毛は肩甲骨あたりまでストレートに降ろしている。
そう言えば、面影が何となくユカと呼ばれている女の子に似ている。
「シンジ、ユカ、おはよう」
「おはよー」
多分、兄と姉と思われる男女2人の子供からも挨拶をされた。
男の子の方は小学生の5年か6年生と言ったところか?
女の子は3年生かそこらだろう。
2人とも、昭和の時代ぽい服装をしている。
いや、俺自身は平成生まれなので実際に見た事は無いが、両親の若い頃の写真に写っていた服に近いから、そう感じただけだ。
「シンイチ兄さん、タマコ姉さん、おはようございます」
「おおきいおにいたま、たまおねえたま、おはようごじゃいます」
余りにも次から次へと新しい情報が飛び込んで来て頭の整理が追い付いていないので絶賛混乱中だが、ユカと呼ばれる女の子の舌足らずな口調が癒しになって来た。
食卓に並んでいたのは、小麦の味が前面に出ているパンとベーコンエッグと洋風のスープだった。
ただ、ベーコンは塩辛い様に感じた。旨み自体が濃くて美味しかったから不満と言う程では無いんだが。
味が分かると言う事は味覚も戻ったと言う事だ。
食事の途中から嗅覚も働き出した。
だから気付いたのだが、空気に違和感を感じた。
強いて言えば、訓練やPKOで海外に派遣された時に感じる『日本じゃ無い』という空気感に近い。
「貴方、そろそろ支度した方が?」
「そうだな」
朝食の後にハーブティの様な飲み物を飲んでいると、母親が父親に何やら促す様な発言をした。
1度部屋に戻って着替えたが、なんとなく学ランに似た服装だった。
着替え終わった後で玄関に向かったが、この家はかなり大きい。
どれほど大きいかと言えば、家政婦さんが2人も働いている位大きい。
服装が如何にも家政婦さんという感じだからきっとそうだ。
そう言えば、家政婦さんを人生で初めて見たな。ごく普通のおばちゃんだ。
玄関を出て、いきなり目に飛び込んで来た光景を見た瞬間、ここが日本どころか、地球ではない事を実感した。
目の前に在るのは馬車なんだが・・・
それを曳くのは馬では無い。見上げる程大きな4本足の動物だ。
こんな動物は見た事が無い。いや、違う。そう言えば、個人部屋の壁に貼ってあった絵に描かれていた。
地球上で似ている動物と言えばサイが近いか?
だが、見た瞬間に連想したのは恐竜のトリケラトプスだ。
後頭部にトリケラトプスほど大きくは無いが、フリルみたいなエラが生えているのが特徴的だ。
未知の動物も気になるが、もっと気になる存在が馬車の馭者席に座っていた。
人間ならざる者がそこに居た。
一言で言えば、トカゲと河童を足して2で割った印象だ。
目は4つ有る。こちらをチラッと見た時に見えた瞳孔は縦に長かった。
髪の毛は、茶髪でちょっと長めの坊主頭だ。
鼻と思われる穴が口の上に2つ開いているが、鼻と断言する自信は無い。
口は人間と違って5㌢程飛び出ている。
歯は見えないが、もしかしなくても牙が生えていてもおかしくない印象だ。
昨夜から続いている異常事態だが、ここまで来ると夢でも無いと断定出来る。
俺の想像力というか空想能力を軽く超えている。
ここは、人が宇宙人? 河童人間? それとも恐竜人間と一緒に暮らしている世界だ・・・
お読み頂き、誠にに有り難うございますm(_ _)m