第九十三話 経験値
――王都での新店開店から半年後。
カイルは四号店の開店準備のため、ルマリア大陸のオンソローに来ていた。
この店は今までの雑貨を中心とした店ではなく、武具専門店である。
取り扱うのはファーガスト武具店、ファーガスト製のものだ。
武具は雑貨に比べて高額だが、その分利益額も大きい。
それが使用言語の異なる別大陸での販売ともなると、物珍しさや希少価値も高まり、さらなる高利益を見込めるとカイルは考えていた。
さらに既製品以外の商品は、受注生産方式を取り入れている。
これはオーダーを受けて、商品代金を先に受け取ってから商品の生産を開始する方式だ。
こうすることで極力在庫を持たず、未払いをなくして商売ができる。
ファーガストにとってもカイル商会から代金を受け取って製作に取りかかれるので、未払いがなく良い条件だった。
「始めてくれ」
夜の帳が下り、特定の人間しか入れない店内地下室でカイルは少年に魔法詠唱を指示した。
そこまで厳重にしているのは、ここで行われることが外部や競合に決して漏れてはいけないからである。
「わかりました……コール」
カイルは、その様子を真剣な表情でじっと見守った。
シフがグランフェリオを呼び出した時と同じ光景が目の前に広がる。
ただ、今回は呼び出した武具が少年の手ではなく、正面の机の上に現れた。
「よし、成功だ。ミオレラ」
ミオレラの背後に立っていたカイルは、彼の肩をぽんぽんと軽く叩き労った。
「ふー、少し緊張しました。成功してよかったです」
コールでの呼び出し実験が成功し、嬉しそうな顔をしている彼の表情を見てカイルも安堵の表情を浮かべる。
呼び出し対象物を格納する箱は、シフと交渉して手数料を支払うことで借りることができた。
箱はファーガストの工房に設置しており、彼には完成した武具を箱へ納品してもらうよう頼んでいたのだ。
カイルの懸念は大きく二つあった。
まず、コールの魔法の効果範囲が分からない。
カイルもアイリスの魔法をいくつも見てきたが、それでも海を隔てた大陸にまで物を呼び寄せられるとは、にわかに信じがたかった。
次に効果範囲が判明したとして、実際にコールで呼び出せる実力がミオレラにあるのかということだ。
カイルの懸念が今回の実験で全て解消された。
また、実験成功で有利になる点が大きく二つある。
一点目は納品時に船舶で輸送する必要がなくなるので、紛失や盗難の可能性を下げることができる。
二点目は店への納品が瞬時に行えるようになった。
他店よりも納期が短くなり、競合に対して圧倒的な差別化を図れるのだ。
これは同時に商品が港を通過しないため、関税の徴収から逃れられることも意味する。
しかし、カイルは甘い誘惑には負けず必ず支払う意向で、事前に後日まとめて納付する許可を申請していた。
許可が下りなければコールを商売の仕組みに取り入れることを断念せざるを得なかったが、幸い無事に許可は下りる。
ミオレラはシフの孤児院で育てられた子供の中で唯一魔法の素養がある人材だ。
シフとの傭兵契約が終了後、すぐ彼を紹介してもらう。
彼は外の世界のことをあまり知らず、また同時に知りたいと思っていた。
そんな彼にとってカイルの店で働けることは願ってもないことだったのだ。
「それじゃロゼキット、後は頼む」
「はいよ」
新店の責任者はロゼキットが担当している。
彼に店舗の責任者をしてもらいないかと頼んだところ、あっさり快諾してもらえた。
ルマリア大陸で商売していくには通訳もできる彼が適任だと判断したからだ。
今まで通りクルムのサポートも兼任してもらうよう頼んでいる。
カイルはルマリア大陸での仕事を終えると、船に乗ってロムリア王国の王都ロムヘイムスへと戻った。
――昼の王都。
長旅を終えて店へ戻ってきた。
王都の店舗はクルムとエリス、それにソフィナを加えた三人体勢で運営している。
クルムが買い付けで店から離れる際にはレイジーンが彼の護衛に就く。
「おかえりなさい、カイルさん」
三人がカイルの帰りに気付き、各々が挨拶する。
「ただいま。ソフィナ、仕事はだいぶ慣れたか?」
カイルはソフィナが店で働き始めてから彼女とあまり話す機会がなかった。
アイリスと二人で王都の店から離れ各店舗を回り、人員の調整や仕事の指導などを行っていたからだ。
「はい、だいぶ慣れてきました」
初めて出会った時のような弱弱しさは、ソフィナの表情から微塵も感じさせなかった。
「そうか、よかった。クルム、エリス、引き続きソフィナをよろしくな!」
クルムとエリスは笑顔で返事する。
カイルは店の奥へ移動し、二階に上がる。
二階には部屋が三つあり、正面右手の扉のノブに手をかけた。
扉を開けて部屋に入ると、中で事務作業をしているレーティナがカイルに気付く。
「オーナーおかえりなさい」
彼女は、この新店ができてから新しく雇った事務スタッフである。
「その呼び方は堅苦しいから名前にさん付けでいいよ」
「ごめんなさい。つい癖で……。おかえりなさい、カイルさん」
「ただいま。これ近くの店で買ってきたお菓子だから、みんなで食べてくれ」
カイルは菓子箱を彼女の机の上に置く。
「ありがとうございます」
カイルは自分の机の上に荷物を置いた後、部屋の外へ出る。
「長旅お疲れさま、オーナーさん」
カイルの背後からアイリスの声が聞こえた。
彼女はオーナーの部分を強調して話す。
「さっきの会話聞こえてたのか」
「ふふふ、おかえり。カイル」
「ただいま」
アイリスと挨拶を交わした後、三階へと移動する。
この店は三階建てで三階はスタッフの住居としていた。
基本はクルム、エリス、ソフィナが使用し、カイルとアイリスもたまに店舗に寄った時には使用する。
カイルは現在誰も使っていない一室に入り、窓際へと移動した。
窓を開けると気持ちいい爽やかな風が吹き込んでくる。
窓枠に肘をかけて、ぼーっと外の景色を眺めた。
空を見上げると、大小様々な形の雲が青空をゆったりと流れている。
視線を眼下に落とすと道には石畳が規則正しく敷かれ、通行人が行き交う。
石畳の道に沿ってまだ完成して一年もたっていない綺麗な建物たちが軒を連ねている。
その光景を見ていると、時の流れがだんだん緩やかになってくるかのような気分になってきた。
(コーヒー飲みたくなってきたな。一仕事終えたら作るか)
カイルは窓際からテーブルへと移動する。
椅子に座り、カバンから紙とペンを取り出すと今後の行動について考え始めた。
仕事上で重要な決断をする時は、自身の考えを紙に書き出して試行錯誤したりまとめることが、いつの間にか習慣になっている。
カイルは王都で三店舗目を出す準備をしていた頃から統括管理できる体制を整えたいと考えていた。
その為、王都の店の二階を事務所にしており、事務処理はレーティナにお願いしている。
また、自身の仕事においても新規開拓や新店関連の仕事に注力したかった。
現状は、定期的に各店舗を巡回し、運営や指導に仕事の大部分を割いているからである。
その為、自分の代わりに運営と管理をしてくれる幹部候補のような人材が欲しいとも考え始めていた。
(クルムに任せるには、まだ荷が重いよな)
将来はクルムを候補に挙げるが、今は圧倒的に経験値が足りないと判断している。
(肝心の俺自身の経験値がまだまだ足りてないけどな……)
ロムリア王国内の有力な商会はミンレ商会、ランドリフ商会、イラベスク商会とされ、三大商会と呼ばれている。
自身もカイル商会を立ち上げたが、末席にかろうじて足の親指を引っかけた程度の立ち位置だ。
三大商会はおろか、中堅商会すら遥か彼方で背中すら見えない。
(誰かいい人応募してこないかな?)
冗談と本気、半々の淡い期待を寄せているが現実は甘くない。
カイルが初出店時のスタッフ募集結果と同じで、知名度も実績もない商会に応募してくる物好きはいなかった。
(もっと実績積み上げて知名度を上げないとな)




