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第六十六話 試飲会と旅立ち

 ――翌日の朝。


 カイルは早起きしてコーヒーを淹れる準備をしていた。


 準備が完了してからしばらくすると、まずアイリスが起きてくる。


「コーヒーのいい香りがする」


「今日はみんなでコーヒーの試飲をしようと思ってな」


「楽しみー! コーヒーってどうやって作るの?」


 焙煎のやり方からアイリスに説明していると、クルムとエリスが起きてきた。


 クルムとエリスもすぐ香りに気付き、カイルに理由を聞いてくる。


 香りの正体がわかると、クルム達は納得して椅子に座った。


 テーブルにはコーヒーの調理器具が置かれており、豆の焙煎も完了して粉状にしている。


「よし、これで準備完了だな! それじゃー、今から淹れていくからな」


 三人は椅子に座りながらカイルがコーヒーを淹れる過程を見ている。


 その過程で放たれる香りは、アイリス達のコーヒーへの期待を膨らませた。


 コーヒーが注がれたカップを各々の前に置くと、四人は手に持つ。


「では、これより第一回コーヒー大試飲会を開催する!」


「わー!」


 クルムとエリスが拍手する。


「参加者三人だけどね! 主催者も入れると四人だけなの!」


 一方、アイリスは拍手をしながら、すかさずカイルへツッコミを入れた。


「参加者が少なすぎて早くも第二回開催の雲行きが怪しくなってきたな。まー、とりあえず飲んでみてくれ」


 各々がカップに口をつけてコーヒーを一口飲む。


「苦い!」


 アイリス達は口々にそう言って眉間にしわを寄せていた。 


 (分かる! 最初はそうなるよなー)


 カイルは砂糖と牛乳を持ってきてテーブルの上に置いた。


「これを入れると飲みやすくなるらしい」


 (俺も今回牛乳は初めて試すんだけどな)


 四人はカップの中へ砂糖と牛乳を入れてスプーンでかき混ぜた。


「さっきよりまろやかになったー! ミルクティーとはまた違った味わいだね」


「これなら僕でも飲めます」


「苦いのもいいけど、こっちの方が私は飲みやすいです」


 三人はそれぞれ感想を言いながらコーヒーを堪能した。


 (美味い。これからコーヒーには砂糖と牛乳を入れて飲もう)


 カイルもひそかに満足していた。


「カイル、これお店で出してみたらどうかしら?」


 アイリスがカイルへ提案する。


 (調理器具は一台しかないが、豆はかなりある。物珍しさで店の宣伝になるかもな)


「それはいいな、やってみよう!」


 飲み終わった後、朝食を食べて調理器具を全て片付ける。


 開店準備が整ったら、その後の接客と会計はクルムとエリスに任せた。


 カイルは店の奥で依頼受付所に出す積荷護衛依頼の募集内容を紙にまとめている。


 アイリスはかまどの火を使ってコーヒー豆を焙煎する練習をしていた。


 募集内容のまとめには午後までかかり、完成した原稿を最寄りの依頼受付所へ行って一週間掲載してもらうよう頼んだ。


 その後、再度依頼受付所を訪問して、応募があった人達と後日面談する予定である。


 ――翌日。


 カイル達はさっそく店でコーヒーの試飲を開始してみる。


 カイルの狙い通り、顧客の反応は概ね好評で、翌日以降は噂を聞いて来店する人もちらほら見えた。


 ――店でコーヒーの試飲を開始してから五日後。


「ここが例の店か!」


 二人組の男が店の中へ入ってきた。


「いらっしゃいませ!」


「いらっしゃいませ!……じゃねーよ!」


「いかがされましたか?」


「この店は客に茶色い泥水を飲ませているらしいな。それが近所で評判になってんだよ!」


「これはコーヒーというもので決して泥水ではございません」


 カイルは説明しながら、カップにコーヒーを入れて二人の男へ手渡した。


 男達はカップに鼻を近づけて匂いをかぐ。


「へっ! 香りはなかなか結構いいじゃねーか。……だがな、こんなものでは騙されないぞ!」


 男達は恐る恐る口をカップへ近づけて舐めるようにして一口味わった。


「苦い!」


「こんなもの飲めるわけないだろ、ふざけるな!」


 二人の男は口々に不満を漏らす。


 (俺も一緒に飲んで泥水ではないことを説明するか)


 カイルが自分用のコーヒーを準備しようとした時、二人組の片方の男が話始めた。


「……いや、ちょっと待て。……これ結構いけるぞ!」


「おー、確かに。最初は苦いと思ったが、それが逆に良い」


 (どうやら誤解は解けたようだな)


 カイルは男達に砂糖と牛乳を入れて飲むのも美味しいと伝える。


 それも試飲してもらい好評だった。


 コーヒーの試飲を始めてから、顧客から何度か豆を販売してほしいという要望があり、この男達も同じく購入を希望する。


 調理器具がないと作れないので、入荷するまで待ってほしいと伝えた。


 (コーヒーはそこそこ需要があるようだな)


「俺達勘違いしてたみてーだ。すまねーな」


「いえいえ、気になさらずに」


 その後、男達は店の商品をいくつか購入して満足そうに帰っていった。


 ――積荷護衛依頼の募集を出して一週間後。


 カイルは依頼受付所へ応募者のリストをもらいに行く。


 建物の中の椅子へ座り、リストを眺め応募者を確認する。


 いくつか候補を絞り、係りの人へ伝えた。


 候補者は今日から一週間以内、いずれかの日の午後に店まで面談へ来ることになっている。


 用件が済んだカイルは店に戻り、クルム達の仕事を手伝う。


 後日、候補者たちが店へ面談に訪れたが、いずれも採用には至らなかった。


 詳しく話を聞いてみると応募者は全員、傭兵の経験がなかったからである。


 ここについてはカイル自身ある程度予想していた。


 カイルの店はできたばかりで知名度が皆無なのと、支払う報酬面でも競合に比べて不利だったからだ。


 報酬は相場に合わせてはいるものの、もっと大きく有名で魅力的な報酬を支払うところはいくらでもある。


 わざわざカイルの店を選ぶ必要性はないのだ。


 (護衛の件は一旦保留にしよう)


 最後の応募者との面談が終わったカイルは、店内で接客をしているクルムに二階へ上がると伝えた。


 カイルは二階の部屋で今後の活動について考える。


 窓の外は昼間で明るく、人通りと時々聞こえてくる会話で賑わっていた。


 それは程よい環境音となり、落ち着いて物事に取り組める。


 紙とペンを持って机に備え付けている椅子へ座ると、紙に自分の考えを書いて整理してみた。


 カイルが一人で行商人をしていた時とは違い、今はクルム達がいる。


 店の経営にも一層真摯に取り組み、彼らが路頭に迷わないようにしなければならない。


 フロミア、アマルフィー商会からの商品買付、ファーガストの武具という三本柱が確立できたとはいえ安泰ではなく、いつ競合が現れるか分からない。


 それにこんなに早く店を持てたのも実際は、カイルの実力というより運によるところが大きいと彼自身は考えている。


 ロゼキットの情報で偶然放置された船が手に入り、フロミアの助力で売却先が見つかった。


 加えて、マグロックからガストルの返済金を一部渡してもらうという予想外の出来事があったからだ。


 現状維持は衰退の始まりだとカイルは考えていた。


 (今の俺にできるのは……新規取引先の開拓……それと二号店の出店……だな)


 カイルはまず、新規取引先の開拓を優先することに決めた。


 開拓を成功させ、売上と利益を増加させて二号店の出店へと取り掛かる算段である。


 (積荷の運搬量も増やしたいし、海上運搬の効率化も図りたい。……まだまだ考えることが山積みだが、それらは一旦後回しだ)


 今後の活動方針が決まると自分の部屋を出て、アイリスの部屋の扉をノックした。


 部屋の中にいるアイリスが扉を開けて、カイルを迎え入れる。


 カイルは机の上に栞を挟んだ魔導書が置かれているのに気付いた。


「魔導書読んでたのか?」


「うん、そうだよ。ここで読んでると、静かすぎず騒がしすぎないから、なんだかとても落ち着くの」


「分かる」


 アイリスの部屋には椅子が一つしかないので、カイルは自分の部屋から椅子を持ってきて座り、アイリスへ今後の活動方針を伝え始める。


 相談した結果、次の目的地はカイルとアイリスが共に訪れたことのないアルバネリス王国に決まった。


 カイルにとっては新規取引先の開拓ができ、アイリスにとっても図書館などで空島や魔導書の新たな情報入手を期待できるからだ。


 二人は三日後に出発することに決めた。


 その日の夜、カイルはクルムとエリスの部屋を訪れる。


 部屋の中には、棚の上など所々に二人が店の給金で買ったであろう雑貨が置いていた。


「すっかり自分の家みたいになったな」


「どんどん部屋が快適になってきてるよねー、姉ちゃん」


「うん」


 二人は嬉しそうに話す。


 カイルはベッドの上に腰かけると、正面で椅子に座っている二人に部屋を訪れた理由を説明した。


「俺とアイリスは三日後にアルバネリス王国へ行くことになった」


「それじゃー、しばらく店には戻らないんですね」


「そうだな。また二人に店を任せることになる」


「分かりました! その間は僕たちに任せてください!」


 クルムは自信たっぷりな表情で返事する。


「おー! だいぶ頼もしくなってきたな!」


 カイルは二人の顔を交互に見ながら、感嘆の声を上げた。


「ついこの前までカイルさん達、早く帰ってこないかなー? って言ってたのにね」


「姉ちゃん! それは秘密にしといてよー!」


「うふふ」


 エリスはいたずらっぽく笑う。


「そうだったのかー。それにしても、二人は本当に仲がいいな」


「カイルさんだって、アイリスさんととても仲良さそうですよー」


「うん」


 クルムもエリスの意見に同調する。


「ところでカイルさん……」


 エリスが突然神妙な表情になる。


「ん? どうしたんだエリス? 急に改まって」


「…………カイルさんとアイリスさんって……恋人同士なんですか?」


 カイルは唐突に思いもよらぬことを聞かれたので、一瞬返答の言葉が詰まった。


「き、急にどうしたんだ」


「私、前から気になってたんです!」


 普段は大人しいエリスが、目を輝かせて前のめりになる勢いでカイルへ尋ねる。


 (エリスもこういう表情するんだな)


「恋人とか、そういうのじゃない」


 カイルはエリスから少し視線を逸らしながら答えた。


「お二人見てると、てっきり付き合ってるのかと思ってました」


 エリスはどことなく安心した表情になり、ニコニコしながら話す。


 その後、しばらく三人で談笑し、カイルは部屋から出て行った。


 ――三日後の朝。


 カイルとアイリスは出発の準備を済ませ、馬車に乗り込もうとしていた。


「カイルさん」


 クルムとエリスに後ろから呼び止められる。


「ん?」


 カイルが二人の方へ振り返ると、クルムが綺麗に包装された小箱を持っているのが目に入った。


「カイルさん、受け取ってください」


 クルムは手に持っている小箱をカイルへ渡す。


「これは?」


 受け取ったカイルは不思議そうな顔をして二人へ尋ねる。


「カイルさんからもらった給金を貯めて、僕と姉ちゃん二人で選びました。開けてみてください」


 カイルは小箱の包装を丁寧に外して開封すると、箱の中にはペンが入っていた。


 そのペンを手に取ってじっくりと眺めると、カイルの名前が彫られている。


「ありがとう!」


「よかったね、カイル!」


 いつの間にかアイリスも隣に立っており、カイルが手に持つペンを見て、ニコっと微笑み話しかける。


「じっくり買付してきてくださいね!」


「早く帰ってきてくださいね!」


「二人の言葉が、それぞれ矛盾してるんだよなー」


 クルムとエリスにツッコミを入れるとアイリスも微笑んだ。


「よし! そろそろ出発だな!」


カイルとアイリスを乗せた馬車はアルバネリス王国へと向かう。

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