第五十九話 工務店への訪問
工務店の中に入ると、ラグフェットが奥の椅子に座っていた。
ラグフェットは誰かが建物に入ってきた気配を感じ、その方向へ視線を向ける。
入ってきた人物がカイル達だと気付くと、眉を少し動かしながら目を細め、すぐに視線を背けた。
「ラグフェットさん」
カイルは彼を真っ直ぐ見据えて呼びかける。
呼びかけられたラグフェットは無視するわけにもいかず反応する。
「カイルさんですか。先日は立ち合いができず申し訳ございませんでした。どうぞ、こちらへ」
カイルに応対するラグフェットは丁寧ではあるものの、その表情は最初に会った時とは異なり氷のように冷たく、まるで瓜二つの別人であるかのようだった。
二人はラグフェットに案内され、以前打ち合わせした応接室へと向かう。
カイル達が応接室の椅子に座るとラグフェットは対面して座る。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
ラグフェットが話を切り出す。
「発注した建物の件で聞きたいことがあって伺いました」
それからカイルは事前の打ち合わせ内容と実際の施工内容が異なることを説明した。
「でしたら補強工事をされてはいかがでしょうか? 費用は金貨700枚になりますね」
ラグフェットはさも当然かのような口ぶりで話す。
「明らかに打ち合わせ時の話と異なっています。それでは当初費用の倍になってしまいます」
カイルは打ち合わせ時に使用した資料をラグフェットに提示する。
ラグフェットはそれら資料に軽く目を通す。
「……でしたら資料の方が間違ってるかもしれませんね。簡易的な工事でよいのでしたら、半額の金貨350枚でも承れます」
「すでに今の建物が簡易的なものになってしまっています。それにそういう問題ではありません」
カイルは口調を荒げず冷静に話す。
「あの、カイルさん。では、なぜ建築途中で状況を確認されなかったのですか? いくらでも確認できる機会はあったでしょう」
「…………」
カイルはあなた方を信用していたからだと発言しようとしたが、言葉には出さずなんとかこらえる。
「それに完成後の受け渡しの時もそうです。まー、仮にその時点で言われたとしても対応は出来かねますがね。……それで補強工事の方はされるんですか?」
「話の内容についてはわかりました、一度帰って検討してみます」
カイルとアイリスはラグフェット工務店を後にした。
「ごめんね、カイル。……私ももっとちゃんと確認しておけばよかった」
「いや、悪いのは俺だ。アイリスが気にすることは全くない」
二人は意気消沈しながら店に戻る道中を歩く。
カイルは建設費用に商品買付費用を除いた所持金ほぼ全てを投入しており、数年で使い物にならないのであれば投資としては失敗となる。
何かしら対応策を考えなければ再び廃業危機の窮地に立たされるのだ。
次の一手を思案しながら店の近くまで戻ってくると、何やら不審な男がカイルの店を外から観察しているのが見えた。
男はカイル達に気付く様子もなく、入念に外壁を確認している。
(泥棒の下見か? 壁が薄いから侵入しやすいだろう)
カイルは、たった今自身の頭をよぎった考えに乾いた笑いが出そうになった。
「アイリスは、ここにいてくれ」
カイルはアイリスに小声で合図した後、男に気配を気付かれないよう徐々に近づく。
男の背後から忍び寄り、間合いに入ったところで羽交い締めにする。
「おい、ここで何をしている?」
カイルが後から男の耳元へささやいた。
男は泥棒でも怪しいものでもなく誤解だと必死に主張したため、カイルは拘束を解く。
「誤解させてすまんかった。……もしかしてあんた、ここの店の所有者か?」
「俺はまだあんたの名前も聞いてないし、それに拘束を解いただけで信用したわけじゃない」
「俺はベリトース。俺もラグフェット工務店に自分の店の建築を発注したんだ。この雑な施工はラグフェット工務店に違いない。この店の所有者と一度話がしたいんだ」
(だから店の外壁を確認していたのか。ベリトースの発言が真実であればだが……)
「……詳しい話は店の中で聞こう」
カイルは少し離れて様子を見ているアイリスを呼び、先にベリトースと一緒に中へ入ると後から彼女も入ってきた。
店の奥の椅子にカイルとアイリスが並んで座りテーブルを挟んでベリトースが対面するように座る。
カイルはアイリスへさっきベリトースと話した内容を軽く説明した後、彼へ店の所有者と話がしたい目的を確認した。
彼の話を聞くと、カイル達の経緯と概ね一緒だった。
「あいつらは施工しているところは依頼者に見せないからな。仮に見られたとしても、こっちに専門知識がないのをいいことに虚偽の説明をするんだ!」
そう説明をするベリトースの語気が強くなり始める。
「そうやって意図的に杜撰な施工をしておいて、後で補強工事と称した修繕工事で儲ける算段なんだ!」
「割引とはいえ高額だ。すでに建ててしまっている以上、修繕費用が払えなければ泣き寝入りさせるということか」
「そうだ!」
(それでラグフェットは俺のような予算に余裕がなく、若くて経験の浅そうな商人に声をかけていたわけだな)
ベリトースはだんだん興奮してきている様子で、さっきよりもさらに語気が強くなる。
「俺はラグフェットが憎い! あいつが憎い!! 復讐してやる!! 絶対復讐してやる!!」
まるで目の前にいるカイル達をラグフェットと見間違えているかのごとく鬼気迫る形相だった。
「気持ちは分からんでもないが落ち着いてくれ」
カイルは興奮して話すベリトースをなだめる。
「なー、あんたも憎いだろ? 俺と協力してあいつに一泡吹かせてやろうぜ!」
「……俺は協力できない」
「なんでだよ? あんた悔しくないのか?」
「俺は復讐には興味ない。それよりも店を当初の予定通りに建ててもらう方が大事だ」
「そんなことできやしない。ラグフェットは絶対に認めないし、何度も掛け合ってみたから分かるんだ。このままじゃ、いつまで経っても埒が明かない」
「復讐っていったい何をするつもりなんだ?」
「決まってるだろ……事と次第ではラグフェットにこの世から消えてもらうのさ。カイルさん、あんたが協力しないってんなら俺一人でもやってやる」
(こちらが十分に証拠を掴めば、まだラグフェットと交渉の余地は残されている。強硬策に出られるとまずいな)
「それは一泡吹かせるどころじゃないぞ」
「まー、吹くのは血の泡ってところだな、いい気味だ」
「……それでいつ、どこで決行するんだ?」
「明日の日が落ちてから資材置場へ向かう。協力してくれる気になったのか?」
「……気が向いたらな」
ベリトースの情報によるとラグフェットは工務店から離れたところに資材置場を所有しているとのことだった。
そこへ毎晩向かい、何やら作業をしていると話す。
ベリトースはカイルに資材置き場の場所を伝える。
場所を確認したカイルから協力する意思があることを感じ取った彼は、満足げに帰っていった。
帰り際に、あまり手荒な真似はするなと再度カイルは彼に念を押す。
「どうするの、カイル?」
隣に座るアイリスがカイルへ尋ねる。
「聞いてしまった以上、止めるしかないな。ラグフェットを助けるのは釈然としないが……」




