第五十五話 鉱石の採掘
――翌日の早朝。
馬車は盗まれる危険があったため、宿に置いてきている。
その為、カイルはピッケルと鉱石運搬用の台車を鉱山まで持っていくことにした。
しばらく歩くと三人の視界に鉱山の入り口が入ってくる。
「入り口はここですね」
ハルドがカイルに伝える。
(俺達が事前調査した時に入った入り口と同じだな)
「では中を探索しましょう」
「アイリス頼む」
アイリスはうなづくと魔導書を取り出し、魔法を詠唱する。
「エンチャントアイス」
カイルのショートソードに氷属性が付与された。
ハルドは目の前で魔法を使ったアイリスに生まれて初めて見たと驚愕する。
カイルにとってハルドの反応は想定済みだったが、直後に彼本人から他言しないと話してくれたので安心した。
「事前の打ち合わせ通り、俺が先頭を進む。その後ろにアイリス、ハルドさんの順で付いてきてくれ」
アイリスとハルドは返事し、カイルの後ろに付いてきた。
カイルは右手にショートソード、左手にランタンを持って坑道内へと入る。
アイリスは魔導書とランタン、ハルドは片手で台車を押しながら、もう片方の手にランタンを持ってカイルの後ろへ続いた。
坑道内の様子は外に比べて空気がひんやりと冷たく、ランタンがなければ真っ暗で何も見えない。
カイルはショートソードを前に突き出して、体がスライムゼラチナスに触れないようランタンで正面を照らしながら慎重に奥へと進む。
ハルドは後方からスライム以外のモンスターによる奇襲を警戒している。
「スライムゼラチナスは坑道内に透明な膜を張って対象が通り抜けるのを待ち構えます。逆に自身が動いて攻撃してくることはありません」
ハルドが先頭にいるカイルの背中に向けて語りかける。
(正面にスライムがいれば、ショートソードが先に触れる。そうなればエンチャントの効果が発動するはずだ)
カイルの狙い通りだった。
カイル達が進む先にいるスライムゼラチナスにショートソードが触れると凍結し始める。
事前調査の時と同じように、凍結した部分を蹴り飛ばす。
スライムは氷の破片となり、ぼろぼろと音を立てて崩れ落ちる。
「先に進もう」
途中で側道に枝分かれしていたが、ハルドの案内で迷うことはなかった。
さらに奥へ進み入みカイルが歩きながら後方のハルドに尋ねる。
「ハルドさん、俺達は坑道のどのあたりまで来ましたか?」
「だいたい半分ぐらいといったところでしょう」
(まだ半分なのにもうスライムは十数体ぐらい倒したな。この先にもまだまだいるのか)
エンチャントの魔法が付与されると、刀身がそれぞれに対応した色で淡くきらきらと輝いて光を帯びる。
エンチャントアイスなら青色にサンダーなら黄色といった具合だ。
光る刀身自体をランタンの代わりにできるほどの強い光源ではない。
カイルはエンチャントアイスの効果が切れているのに気付き、アイリスに伝えて再び付与してもらう。
ショートソードの刀身が再び光を帯びた。
「ランタンの代わりになる魔法もあるよ」
「まだこの先に何があるか分からない。できるだけ魔力は温存しておきたい」
アイリスがカイルの返事に納得する。
そのまましばらく進むとハルドがカイルに声をかける。
「この先が採掘場になっています」
その言葉を聞いてから少し歩くと、広い空間に出た。
どれぐらい広いのかはランタンの明かりでは分からない。
(このままでは採掘がやりにくいな)
「アイリス、さっき言ってたランタンの代わりになる魔法を使ってほしい」
アイリスは手に持っているランタンをカイルに渡すと魔導書を取り出し左手に持つ。
それから右腕を正面にまっすぐ伸ばし、手のひらを天井側に向けて魔法詠唱を始める。
「ライト」
彼女の手のひらから光玉が浮かび上がり、そのまま上空に昇っていく。
昇っていくと同時に、空間の全体像が徐々に照らされる。
空間の全体像が把握できるまで光玉は上昇すると、そこで停止した。
「これでどうかな?」
「十分だ」
周囲を見渡すと採掘道具などが無造作に放置されているのが見て取れた。
(途中で放置して逃げ出したみたいだな)
「かなり広い空間だな」
空間の壁にはカイル達が入ってきた入り口以外に、もう一カ所穴が開いていた。
(ここからさらにいくつかの坑道に分かれているのか)
「以前、私たちはここまで到達できなかったので初めて来ました」
「なんとか無事に来れましたね。……さっそく採掘を始めよう!」
空間の奥へ進み採掘途中らしきところを見つける。
「ここを掘っていこう」
カイルとハルドは台車に積んでいたピッケルを取り出して採掘を開始する。
その間アイリスが周囲の様子を伺う。
カイルは採掘を経験するのは、これが初めてだった。
「カイルさん、こんな感じでやるといいですよ」
ハルドは採掘の経験者だと話し、ピッケルの使い方や要領をカイルへ教える。
それをカイルは見よう見まねでやってみる。
ハルドが経験者だったこともあり、想定よりも円滑に鉱石を掘ることができた。
一定のリズムでピッケルを打ち付ける音が空間に鳴り響く。
台車に鉱石がどんどん積み込まれる。
ふとアイリスの方を見ると、携帯食料の干し肉を食べていた。
「ちゃんと警戒してるかー?」
「ちゃんと見てるよー」
「俺にも干し肉一つくれよ」
「わかったよ、ちょっと待ってね」
アイリスは携帯食料の入った袋から干し肉を一切れ取り出す。
近づいて渡そうとするが、カイルの手が汚れていることに気付く。
「手汚れてるね。カイル、口開けて」
カイルはアイリスの言葉に従って口を開けた。
アイリスは干し肉をカイルの口へあてがう。
カイルはそれを上下の歯で挟んで受け取る。
干し肉を口の中に含み嚙みしめ、じわりと溢れ出す塩味とうま味を堪能した。
「うまい!」
「続き頑張ってね!」
カイルは再びピッケルで採掘を始めた。
「これぐらいあれば十分だろう」
台車には掘った鉱石が満載されている。
夢中で掘っていたので、どれぐらい時間が経過したかはわからない。
(外の状況は分からないが、もしかしたら夜になってるかもしれないな)
「では町に戻りましょうか」
ハルドがカイルに話しかける。
カイルは台車へ近づく際にアイリスの表情をさりげなく見ると、ライトの魔法を連続使用してだいぶ疲労しているように感じた。
カイルとハルドの二人で台車を押して、アイリスが後で周囲を警戒する。
「……カイルあれ何?」
アイリスはカイル達がこの広い空間へと入ってきた入り口の穴の方向を指さす。
「なんだ?」
よく見ると怪しく光る複数の眼らしきものがカイル達を捉えている。
もう一方の穴にも視線を向けると同じ状況だった。
その眼の正体は穴の中から姿を表す。
穴から出てきたモンスター達は皆、全身にびっしり毛が生えて獣のようであった。
二足で直立歩行し、顔は犬のようにも見え、大きさは人間の三分の二ほどである。
「コボルトだ!」
ハルドが声を張り上げた。
(コボルト? 初めて戦うモンスターだな。ここを住処にしていたか)
「どうやらこいつらを退けないと帰れなさそうだな」
「そのようですね」
「アイリス、魔法の連続使用で消耗してるだろ? あまり無理はするなよ」
「うん」
「俺は正面のコボルト達を相手にします。ハルドさんは、もう片方を頼みます!」
ハルドは了解の返事をすると台車に乗せて運んでいた自身の武器メイスを持ち、右手奥の穴から出てくるコボルト達の方へ向けて走り出す。
カイルはそのまま正面の穴から出てくるコボルト達の方へ走り出した。
(確認できる範囲で五体か)
間合いに入ると左の腰に備え付けた鞘からショートソードを抜き、すかさず左から右へと薙ぎ払う。
コボルトは人間よりも背が低く、首辺りに命中すると血がほとばしり、抵抗する間もなく倒れた。
(剣が軽い! これならいける!)
コボルト達は小型の剣と盾、革の鎧らしきもので武装している。
二体目、三体目のコボルトがカイルの左右に回り込んで同時に斬りかかって来た。
カイルはバックステップでかわし、右側のコボルトを蹴り飛ばす。
蹴られた衝撃でコボルトはカイルから遠ざかるように地面を転がった。
その隙をついてさっきカイルの左に回り込んだコボルトが剣を振り上げて斬りかかって来る。
そう来ると読んでいたカイルは斬撃をショートソードで受け止めて右横へいなす。
いなした後に、反撃の一撃を加える。
コボルトは悲鳴を上げて倒れ、動かなくなった。
(残り三体か)
三体のコボルト達はまだカイルの間合いに入るまで距離がある。
カイルはハルドの方を見て戦況を確認した。
(さすが傭兵。善戦している)
すでに数体のコボルトがハルドのメイスに叩き伏せられていた。
次はアイリスの方に視線を向ける。
彼女はカイルとハルドの状況を真剣な表情で見守っていた。
ふとカイルはアイリスの背後の壁に穴が空いているのを見つけ、同時に異様な気配を感じ取った。
人間が通るには小さすぎる穴だが、そこにも怪しい眼の光が二つあったのだ。
次の瞬間、その穴からコボルトが這い出てくる。
出てきたコボルトはアイリス目掛けて走り出す。
(ここからじゃアイリスへの援護が間に合わない!)
「アイリス! 後ろだ!」
カイルの言葉を聞いてアイリスはすぐに後ろを振り返る。
(コボルトが来てる! けど、この距離じゃ魔法詠唱が間に合わない)
アイリスは近くにあった台車のピッケルが視界に入った。
台車に近づきピッケルを両手で持ち上げる。
(重たい!)
振り上げたピッケルを迫って来るコボルト目掛けて力いっぱい振り下ろす。
「えい!」
振り下ろされたピッケルは、コボルトの肩に命中し悲鳴を上げる。
コボルトはアイリスへの攻撃を中断し、その場で跪き負傷した肩を手でおさえている。
そこへ追撃を加えようと両手で持ったピッケルを右から左へぶんっと振る――が空振りだった。
アイリスはそのままバランスを崩して地面にぺたんと座り込む。
その直後にカイルが彼女の傍へ到着し、負傷したコボルトを横から蹴り飛ばして彼女から遠ざける。
蹴り飛ばされたコボルトはそのまま地面にうずくまった。
「大丈夫か、アイリス!」
カイルが座っているアイリスへ手を差し出し、彼女はその手を取り立ち上がる。
「うん、ありがとう!」
アイリスは礼を言った直後、カイルの背後から襲い掛かる先程とは別のコボルトが視界に入った。
「カイル、後ろ!!」
カイルはすぐさま後ろを向いて斬撃を受け止める。
隙ができたコボルトへショートソードを振り下ろして仕留めた。
仕留めた束の間、もう一体のコボルトがカイルの横腹を目掛けて突きを繰り出してくる。
(しまった、もう一体いたか!)
カイルは体をひねって突きを回避しようとするが間に合わない。
避けきれないと思った時、突きを繰り出そうとするコボルトの頭上にメイスが振り下ろされる。
コボルトは地面に叩き伏せられ動かなくなった。
「カイルさん! 怪我はないですか?」
「ハルドさん、助かりました! そちらの戦況は?」
「あちらは片付きました」
カイルはハルドが向けた視線の方向を見ると、すでにコボルトは全て倒されていた。
二人は残りのコボルト達を蹴散らす。
「なんとか全部片付きましたね」
周囲を警戒するが、カイル達に襲い掛かって来るモンスターの気配はなかった。
カイル達は鉱石の入った台車を押して、入ってきた坑道を戻り鉱山の外へ出る。
鉱山から出ると外はすっかり夜になっていた。
「少し危険だが、このまま町まで戻ろう」
三人で周囲を警戒しながら、無事ガルミンドまで戻ることができた。
カイルは宿でハルドの分の部屋も確保する。
その後、鉱石を台車から馬車に積み替えると、それぞれの部屋に戻って就寝した。




