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第一話 廃業の危機

 男は馬車の手綱を両手で握りながら後を振り返り、積荷の処分方法に頭を悩ませていた。



 (いよいよ廃業かもしれないな、一念発起して始めてみたが、あっという間だったな)



 彼の名前はカイル・アーバイン、歳は二十三。


 行商人を始めてまだ半年ほどになる。


 始めた最も大きなきっかけは、中古の馬車を格安で手に入れたことだ。


 彼の主な仕事はある村で特産品や交易品を仕入れて別の村で売り、その差益で生活している。


 得られる稼ぎは微々たるもので常にギリギリの生活なのだ。


 少しのトラブルでも発生しようものなら一気に生活が困難になる。



 ――そして今、廃業の危機を迎えている。



 荷台には仕入れた小麦粉の詰まった袋がぎっしりと積まれていた。


 それらは太陽の光に照らされて、堂々と存在感を主張している。


 カイルが主に行商人として活動しているここ、スタンレード地方は穀倉地帯が広がり、小麦は特産品の一つである。


 特産品は通常、仕入れた地域と別の地域で売ることで利益を出す。


 小麦粉など一部の特産品については、同じ地方の山岳にある村や他に需要のある村で売れば、額は少ないが利益は出せる。


 小麦粉を仕入れるのは今回で二度目である。


 前回仕入れた時は立ち寄ったラムレー村で小麦が不作だったため、価格が高騰していた。


 その為、すぐ売却できた上に予想以上の利益が出せたのだ。


 これを何度も繰り返すことで徐々に資金を増やし生活を安定させようと考えていた。


 今回もうまくいくだろうと再び小麦粉を仕入れたのだ。


 しかし、今年は予想と反して豊作だった。


 といっても一部地域のみの豊作はよくあることだ。


 などと当初は楽観視していたが、運が悪いことに立ち寄る町、村全てで小麦の需要はすでに満たされていた。


 いちおう買取はしてもらえるものの、利益が出ないどころか大赤字である。


 再起するまでに少なくとも数年はかかる。


 もちろん再起できればの話だ。


 実際は非常に困難であり、途中で諦めるか力尽きることがほとんどである。


 馬の餌代もじりじりと手持ち資金を圧迫していく。


 カイルは読みが甘すぎたと自責の念にかられていた。


 (なんとかして全部売りさばきたい!)


 そう思考すればするほど、焦燥感が募る。

 

 特にここ数日は同じ思考が頭の中を駆け巡り、負の連鎖に陥っていた。

 

 馬車の手綱を握る手にじわっと汗がにじむ。


 今向かっているロムレックは、スタンレード地方で最大規模の町、そしてカイルにとって最後の望み。


 (ここなら需要も大きそうだ。最悪赤字になってもその額は大幅に減らせるかもしれない)


 根拠はない。だが、今はそれに賭けるしかなかった。



 太陽が燦々と輝いていた空は、いつの間にか曇天へと表情を変えていた。


 町に着いた頃、日はすっかり落ちていた。


 このまま宿を探して明日の朝一番から行動開始になる。


 宿はすぐに見つかり、料金は想定内で荷馬車も預かってくれるので安心できた。


 (ここに決めよう)


 部屋に着き扉を閉めると、ふっと緊張がほぐれ、そのままベッドへ流れるように腰かけた。


 明日はうまくいくだろうか? またそんな思考が頭をよぎったが、ふと窓の外を見ると飲食店の看板が視界に入る。


 (まずは明日に備えて腹ごしらえだな)


 気持ちを切り替えて支度を終えると夜の町に繰り出した。


 大きな町だけあって夜になっても営業している飲食店はいくつもある。


 何軒か見て回り安価で美味そうだと思ったところに決めた。


 仕事柄各地の飲食店で食事することが多い。


 そこで感じるのは、大きな町になる程、値段の割に美味であることだ。


 ライバルが多くしのぎを削って洗練されるのだろう。


 自分も切磋琢磨しなければと思考にふけりながら早々と食事を済ませ宿に戻った。


 (寝る前に明日の段取りを確認しておこう)


 あらかた整理ができたところでベッドへ移動する。


 ベッドの中に入り、目を閉じると最初ひんやりと冷たかったが、徐々に自身の体温で温められていくのを肌で感じた。


 やがて、ふーっと意識が飛んでいくような感覚に見舞われる。


 小鳥のさえずりが心地よい。朝の目覚めは思いのほかよかった。


 ベッドから起きると窓の方へ歩きだし、外を見て雨が降っていないことを確認する。


 出発の支度と朝食を済ませると宿を出て、そばに係留してある馬車へと向かう。


 馬に跨り手綱を持ち一呼吸し、心の中で気合を入れた。


 カイルが向かう目的地は取引所である。


 商人や行商人たちが取引商品を持ち込み仕入や売却の交渉を行う場所で、大きな町には大抵設置されている。


 また取引だけでなく情報交換も盛んに行われているので、行商人なら活用したい場所のひとつだ。


 宿を出発してしばらくすると大きなレンガ造りの建築物が見えてきた。


 建物の中へ視線を移すとまだ早朝にも拘らず、すでに人々の活気で賑わっている。


 カイルは指定の場所へ馬車を係留して馬から降りると、そのまま建物の中へ入っていく。


「小麦かー。価格が暴落しているからな。頑張れよ! 兄ちゃん! ハハハ!」


「あー、それと最近、グリスゴー地方で大きな戦闘があったらしいぞ。今も継続中かどうかはわからねぇけどな。近くに寄るなら用心しとけよ」


 (ダメだ!)


 他の商人や行商人達にも交渉してみたが全く話にならない。


 幸先の良くないスタートではあるが、まだここにいる全員と交渉したわけではない。


 (一度昼食を食べて気分転換し改めて交渉再開としよう)


 カイルは一旦建物の外へ出て昼食の買出しに向かった。


 シャクッ


 先程露店で買ったリンゴを右手で掴み一口頬張る。


 そして馬車の荷台に積まれた小麦粉の袋が積まれた山を眺めながら、午後の行動を思案していた。


 ヒューッ!


 突然一陣の強風が吹き抜け、カイルは体のバランスを少し崩してしまった。


 手に持っていたリンゴがまるで自我を持ったように離れ落ちる。


 自由になったリンゴはするすると転がっていき、カイルはそれを目で追っていた。


 そして誰かの足にぶつかり、勢いを無くしてようやく止まる。


 目線をゆっくり上げると、そこには一人の美しい少女が立っていた。

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