後半
ようやく書けました。
詩の解釈は私の妄想です←
女の子は手紙の意味を俺に伝えてから……感情が込み上げてきたんだろうね、また顔が涙でぐしゃぐしゃになった。
声を出さず、ただただ我慢するように静かに泣きじゃくってた。
俺はなにもせず、ただ冷めた紅茶を時折すすってたよ。
できることなんかなかった。
彼女もそんなこと、望んでいなかっただろうしね。
彼女が泣き止んだのは、3杯目の紅茶を飲み干した後だったかな。
ひっく、ひっくと泣いた後のしゃっくりが止まったのはそのもっと後だよ。
そして、濡れた顔を大きなハンカチーフで拭いながら、彼女はこう言ったんだ。
……すみませんでした、本当に、お客様の前で、こんな醜態を。
時間は、大丈夫ですか?
そう、大丈夫なら、よかった。
【 】の市には、行ってきましたか?
この街にはそれくらいしか見るものがなくて……。でも、良い風景だったでしょう?
……あの、ごめんなさい。話に付き合ってもらって、さらに、図々しいお願いをしようとしています。でも、できるなら聞いていただけませんか?
……! ありがとうございますっ!!
私のお願いも、あの人と一緒です。
言伝を、頼みたいんです。手紙を急いで綴ります、どうかそれを⦅ ⦆さんへ。
私の愛した、あの人に。
それから彼女は、ペンと紙を用意して僕の目の前で手紙を書きあげたよ。
俺はそれを受け取り、元来た道を戻っていった。
ただ、彼女には届けられるかは分からないといった。俺が前の街へ戻るには時間がかかるから、もしかしたら彼はいないかもしれないって。そして手紙を彼に渡せたとしても、君に返事が来ることはないよ、きっと、ってさ。
言い方がひどいって?
でも、仕方ないじゃないか。あの当時、俺だってとっつかまって兵士として戦場に送られる可能性があったんだ。……いや、また聞きだけど俺が街を離れてから再度徴兵して、若しくは口減らしの子どもをさらって兵士にするってことがあったらしい。
ちょっと街を出るのが遅かったら……今頃、生きてないだろうな。うん。
だから希望を最初から断ったのは、俺なりの優しさだよ。
たった1回だけでも、言伝を伝えるために努力するといったんだ、称賛されてもいいと思うんだけど……。
まあ、ともかく身もふたもなくそう伝えたら、彼女はまた顔をゆがませながら答えたよ。
……かまいません、可能性があるのなら。
恋する乙女は強いな、と。つくづく思ったよ。
その答えを聞いてから、俺は男のいる街へと出発した。
でも、急いで行きたくてもこればっかりはどうしようもなかった。
魔法が使えるわけでもなし、乗合馬車と歩きを駆使して、男のいた街に着くのに、やっぱり3日かかった。
移動の間、天気が悪くなかったことだけが救いだったね。
街に着いたとき、そこは男から手紙を預かった時と何一つ変わってなかったように思う。ただ、兵士のいる場所なんて分からなかったから、その辺にあった店のおばちゃんに聞いたよ。
数日前にいた兵士たちがいるとこを知らないかって。
そしたらおばちゃんはこういうんだ。
……なんだい、兵隊さんの見送りかい? 明日には船がでちまうから、今日は港近くの宿所か船の中じゃないかねえ? ……大きな声じゃ言えないけどさ、兵隊さんも可哀そうなもんだよ。人が足りないからっていろんなとこから徴集されて、死にに行くために船に乗るようなもんさ。あんたも早いとこ、この街を出て別んとこに行きな。兵隊にされちまう前に。
とりあえずぎりぎり間に合った、ってとこかな。おばちゃんから聞いたことを頼りに、港の方へ行った。
港近くには魚屋だったり食べ物屋だったりがずらっと並んでたけど、軍のところへはとても行けそうになかった。なんせ入り口でいかつい顔した見張りが銃をもってまっすぐ立ってんだ。そこに行こうとする人間は誰一人いなかった。近くにいた爺さんに兵隊の方を小さく指さして、明日出発する兵隊はあそこにいるのかって聞いたらビンゴだった。
ただ、行くのはやめとけとも言われた。一般人はあの中に入れないし、行けば確実に兵士として明日船に乗せられるってさ。
そうだろうな、とは思ったよ。爺さんに明日船に乗せられる兵士宛に手紙を預かってるんだ、といったら、手紙を渡すのも無理だろう、って言われた。兵士たちの未練になっちまうから手紙とかの類は検閲されて、捨てられちまうって。
つまり、女の子の手紙を男に渡すのはほぼ絶望的だったんだよ。
……爺さんにその話を聞いた後さ、一瞬、もういいかな、と思った。
男から女の子への手紙は届けることができたけど、女の子の手紙を男へ届けるのは容易じゃない。
自分が兵士になっちまうかもしれないのに、そんな危険を冒してまでこの手紙を届けることはないだろうって。
そもそも男にも女の子にも、これから先会うことはまずないから、手紙を渡さなくても咎められるはずもない。手紙を海にでも捨てっちまえば、万事解決じゃないか? って。
でもそれをするのは、憚られた。女の子の気持ちや男の手紙を届けた身としては、何とかこれを届けてやりたいとも思ったんだよ。
結局どっちつかずな俺は手紙を捨てることもできず、兵士の詰め所にこっそり忍び込む勇気もなく、手紙をもってただその辺をぶらぶらした。近くの店に入って飯を食ったりはしたけど、それだけさ。ダラダラと時間だけが過ぎて行って、気づけば夜も更けてた。
店の明かりもまばらになって、辺りは真っ暗。道には人っ子一人いなかった。路地裏に行けば浮浪者のおっさんとかがいたかもしれないけど、そんなとこに行かないしね。
で、ふと思い当たった。
この時間だったら、兵士の詰め所はどうなってる? って。
持っていた小さな明かりを頼りに行ってみた。入り口にはやっぱり見張りがいた。ただ昼間と違ってたのは、見張りがぐうすか寝てたことさ。普通ならこんな状態にならないように見張りは二人一組でやるはずだけど、今思えば、もう本当に、人員の余裕がなかったんだろうな。
さらにこの見張りは不真面目だったみたいで、近くまで行くと酒の臭いがプンプンした。
これなら詰め所の中に忍び込めるんじゃないか? と一瞬思ったがやめた。
閉められた大きな檻みたいな扉は、頑丈な鉄製だった。これじゃあよじ登れば音が出て気づかれる。
やっぱり無理か、とため息をついたとき。
音がしたんだ。
とっ、とっ……ってゆっくりした足音が。
奥に起きた兵隊がいて気づかれたか!? と、思った。
こんな状態だと逃げなきゃまずいのに足が動かないんだ。
人間とっさの時には動けないんだな。
足音がだんだん近づくにつれて、人の姿もはっきりしてくる。恐怖も最高潮、思わず目をつぶったね。でも、足音がやんでから、小さくかけられた声に、こう思った。
よかった、って。
……明かりがあったので何だろうと思ったら。
声を聞いてハッと目を開けると、格子の扉越しにいたのは間違いなく俺が手紙を預かった男だった。兵士の恰好をしていた時とは違って、その時は囚人が着るような白い服を着てたと思う。
夜で暗かったうえに小さな明かりしかなかったから、はっきりとは覚えてないし知らない。多分、寝間着だったのかね?
その言葉と、会えた安堵と、その他いろんなことがぐちゃぐちゃになって俺は呆けた。そして思わずぽろっと口から、なんで出歩いているんだよ、って聞いてた。
すると男は困ったように笑って、敷地の中であれば比較的自由に動けるんですよ、と小さな声で教えてくれた。
……ところで、あなた何故ここに? 早くここから、いや街から離れて遠くに行った方がいい。僕はもうどうしようもないけれど、まだ兵士になって死にたくないでしょう?
その言葉に、俺は頼まれたことを思い出した。すぐ懐を探って、女の子から預かった手紙を取り出し、《 》さんから手紙を預かったから持ってきた、って言ったら男は一瞬目を見開いて固まった。そして呆然と、本当に……? って呟いた。
呟きに本当だ、と返して格子の間から手紙を差し入れた。男はゆっくりと手を動かして、手紙を受け取った。そして裏に書いてある差出人の名前をじっと見つめてたよ。そんな動作が、あの女の子と重なってさ、なんだか可笑しかった。
そして男は俺に一言断りを入れて、音を出さないように手紙の封を解いた。俺が持ってるわずかな明かりを頼りに手紙を広げ、書いてある文を目で追っていく。やっぱり、女の子と同じように顔が歪んでいってさ、でも男は泣かないんだ。
すべてを読み終えた後、彼は手紙を自分の額にもっていってふう、と深く息をついた。まるで手紙を読んでいる間は呼吸をしていなかったみたいに。そしてそれは、なぜか祈りのようにも見えた。男は一連の動作を終えると、俺の方を見て静かに、静かに微笑んだ。
……ありがとうございました、言伝を届けてくれて。
あなたは、彼女への手紙の内容は……ああ、やはり知っていらっしゃる。では話がしやすい。
僕はね、彼女にひどい手紙を贈ったと自分でも分かっているんですよ。
でも、それが彼女のためだとも思った。彼女は美しく、賢く、そして若い。
僕ではなくても、誰かが彼女を幸せにしてくれるだろう、そして彼女の幸せだけを今際まで願うつもりだったんです。
でも、彼女はそんな思いを軽々と飛び越えるんですね……。そして彼女にこんなひどいことを言われるのは、きっと、僕への罰なんでしょうね。
俺は女の子と同じように、男にも手紙を見せてもらった。さぞ、いっぱいいっぱい男への愛を綴っているんだろう、と思ったら違ってた。
なんと女の子は男と同じように、詩を書いていたんだ。それも中身も簡単には分からない、俺にはちんぷんかんぷんな詩をね。
手紙には、こう書いてあったよ。
こんな土地を探してください
1エーカーの広さで
海と波との間にある所
私を愛すというのなら
土地を見つけることができたなら
羊の角で耕し
胡椒をそこに植えましょう
私を愛すというのなら
その地に胡椒が実ったら
革の草刈り鎌で刈り取り
ヒースでまとめましょう
私を愛すというのなら
その願いを成せたなら
カンブリックの服を
受け取りに来てほしい
そしてあなたを愛しましょう
願いを成せぬといわないで
成そうともしないうちに
一度でも手を伸ばしてほしい
私を愛してくれるなら
女の子の詩は、強い祈りのように思った。詩自体は美しいというより、素朴だったと思う。書く人間の思いの強さが、その詩を美しく思わせるのかもしれないな。
でも、女の子の詩も意味を知ると残酷だった。こっちの方がひどいかもしれない。
でも同時に思ったよ、彼女はそこまで覚悟してたのか、って。
海と波との間にある土地は、海辺の洞穴。かつてある英雄が死した場所。
羊の角は、ある神話の冥界の神が持つ角。
胡椒は価値あるもの、転じて人の命を差す。
革の草刈り鎌は絞首台の革の紐。転じて人の命を奪う武器のこと。
ヒースは荒れ野に咲く花。孤独や生命力を意味する。
つまり彼女は、男に他の命を奪ってでも生き延びてほしい、って願ったんだ。
そして最後の二つの詩は、あの女の子の覚悟と、男への怒りだったんだな。
男がどんな姿であれ、生きて帰ってきてくれたら愛し抜くって覚悟と。
自分の気持ちを見くびるな、自分の生を簡単に諦めるな、って怒りと。
なんて、残酷な詩なんだろうな。
でも、男はまた一つ息を吐いてこう言った。
この手紙を読んでしまったから、何が何でも生き延びなくてはいけなくなったじゃないですか。
彼女がここまで覚悟してくれたなら、僕だって生きるための覚悟をしなくては。
そういった男は静かに笑いながらも、諦めのようなものが目から消えてた。代わりに決意が浮かんでいたよ。
そして男は手紙をもって、詰め所の奥へと帰っていったんだ。
話はこれでおしまい。
この後、俺も詰め所から離れて夜明けを待ってから別の街へ行ったから、彼らがどうなったのかは知らないんだ。連絡しようにも連絡先も住所も知らないし覚えてない。
男が生きて女の子の元へ帰ったのかも分からない。
あの戦争はひどかったと聞いてるから、男は約束を果たせなかったのかもしれない。
女の子が男を迎えることができたのか、迎えられなかったのかも分からない。
ただね、こうは思うんだよ。
出来れば最後は、ハッピーエンドがいいよねってさ。