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前半

イギリスに古くからある民謡、【スカボロー・フェア】をモチーフにしています。

意味等につきましては、私の妄想です←




平和だねえ。

こうして天気のいい日に昼寝をすることほど、幸せなことはないよ。



……彼らも、今こうしているのかねえ。



え、彼らって?

もう、何年も前に旅先で会った男と女の子さ。


どんなふたりかって……別に面白い話でもない。

俺が気の向くままに旅をしていたころの話だよ。

どの街だったかは、忘れた。

でも、話の内容にはそこまで関わんないから許して?

ある街で最初にあったのは、男の方だよ。あっちから話しかけてきたんだ。




やあ、あなたはどこへ?

……もしや、【  】の市にいくのですか。

そうですか。そこは私の故郷なんです。田舎ですが、良いところですよ。

……すみません、初対面の方に図々しいとは分かっています。

ですが、どうか頼みを聞いてくれませんか?


……ありがとうございます。とても、とても助かります。

頼みというのは、言伝をお願いしたいんです。

手紙をしたためますから、【  】の市の近くに住む《    》という女性に、

どうか届けてください。

亜麻色の長い髪の可愛らしい女性です、きっとすぐに分ります。

え、彼女との関係? 



……かつて、愛した、女性ですよ。




男は手紙を俺に渡すとまた最後に、お願いします、と呟いてそれっきりさ。




そして俺は手紙をもって別の街に向かったよ。

乗合馬車とか歩いたりして、3日くらいで着いたかな?

それで市もぐるーりと見て回ってから、そこの店のおっちゃんに女の子のことを聞いたよ。

えらくおっちゃん驚いてたけど、手紙を預かってるって言って実際見せたらすぐに教えてくれた。

確かに市の近くにあったよ。辿り着いた家は小さくてきれいだけど、なんか寂れてたな。

そんな印象だった。



ドアのノッカーをガタンガタンと鳴らして、少ししてから「どなたですか?」と鈴を鳴らしたような声が聞こえた。俺は自分の名前を名乗ってさ、手紙の裏に書かれていた男の名前をちらと見て、⦅    ⦆さんから手紙を預かってきたんだ、と言ったら次の瞬間ドアがすごい勢いで開いたよ。



出てきたのは確かに男が言った通り、長い亜麻色の髪の女の子だった。

ただ、ちょっとやつれてた。



手紙は、どこですか?



食いつくように俺に聞いてきた女の子に、手紙を渡したよ。

するとその子さ、手紙をじいっと見てきてさ、ゆっくりと震えるように手紙を受け取った。

そして裏にある男の名前をそっと指でなぞって、

「⦅    ⦆さん……。」

って、小さく小さく呟いたよ。手紙をぎゅっと抱き寄せてね。



それから? 家に上がらせてもらって、お茶をいただいたよ。

……え、何その目は。別に変なことにはなってないよ!? 犯罪者にもなってない‼

俺の名誉のためにも、それは信じて!?

……それにさ、あんな状態の子をどうこうしようなんて、思えないよ。



手紙を読んで、あんなにも泣きはらした女の子にさ。




家に入れてもらって、あったかい紅茶を入れ終えてから、彼女は申し訳なさそうに聞いてきたよ。



失礼ですが、今手紙を読んでも……?



もちろん答えはイエスを返したさ。

ずっと待っていたんだろうね、彼からの手紙を。

俺の返事を聞くと同時に彼女はかささ、と手紙を開いて一文字一文字を真剣に読んでいた。

でも、だんだんとその顔が歪んでいくんだ。そして、目には涙をたたえていたよ。

最後まで読んだ時には涙が止まらなくなっていた。


俺には慰めることもできなかった。……動けなかった、というのが正しいかもしれないね。

どれくらいの時間がたったのかは分からない。

結構長かったように思う。彼女は手紙を机に置いて、俺に謝ってきた。




……ごめんなさい。お茶の席で、お客様がいるのに手紙を読んで、泣くなんて。

マナーが、なっていませんでした。

でも、我慢できなかったんです。

あの人、ひどいですよ。


初めて送ってくれた、手紙が、こんなのなんて……!




意味が分からなかった。


男は「かつて愛した女性」と言ってはいたけれど、その台詞を紡ぐ表情はあまりにも苦しそうで。

女の子だって、未だに彼を想っているとしか思えないんだ。

どんな手紙か知りたくて、見せてもらったよ。恋人同士の手紙を、他人が見るなんて無粋だと思ったけどね。

でも、内容はさっぱりだった。女の子に説明してもらわなきゃ、俺は手紙を放り捨ててしまったかもしれない。

でも、意味が分かると、男をひどいという女の子の気持ちがすごくよく分かった。……同時に、男の気持ちも何となく分かってしまったよ。

手紙にはさ、こう書いてあったんだ。




 カンブリックの生地で、

 服を作ってください。

 針と糸を使わずに。

 僕を愛してくれるなら。


 服が出来上がったら

 それを洗ってください。

 水の枯れ果てた井戸で

 僕を愛してくれるなら

 

 服を洗い終えたなら

 それを干してください。

 花咲くことない茨の上で

 僕を愛してくれるなら


 どうか願いを聞いて

 そして、僕にも

 同じように願ってほしい

 僕を愛してくれるなら。




綺麗な詩だろう?

男からの手紙はこれだけさ。だからこそ、意味を知ると残酷だったよ。

結論から言うと、男が死を覚悟した手紙だったんだ。



針と糸を使わない服は、遺骸を包む一枚の布。



水の枯れ果てた井戸で洗うのは、砂に埋めるということ。



花咲かぬ茨は、祝福されない茨。

神の御子が磔刑に処された時、被らされたのは茨の冠だったろ?



そして詩の最後はいつもこう締めくくられた。

「僕を愛してくれるなら。」



ここまで来たら、俺にはこう聞こえたよ。





自分は死んでしまうから、自分のことをまだ愛してくれているなら忘れてくれと。

君の傍にいることができないから、ってさ。






なあ、ひどい詩だろう?





でも、ひどいからこそ分かってしまうんだよな。


その手紙を読ませてもらって、初めて分かったんだよ。


どうして男があんなに手紙を渡せるという事実に安堵したようだったのか。


全てをあきらめたような、悲壮な顔だったのか。





なんで似合いもしない兵士の恰好なんてしていたのか、その理由を。




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