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アリステニアの恋愛調香師。  作者: 小鳥遊ことり
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9.ダニー船長 再び

「ケイトリン先生、こっちの瓶でいいの?」


ナユユが工房の棚から緑色の瓶を取り出す。


「そうそう。それと、そこのポプリもこっちに持ってきてくれる?」


「はい!」


今日はナユユがケイトリンの工房で勉強する日だ。とはいえ恋愛について座学をするわけではないので、助手として実務に携わってもらうことにしている。

小瓶の香りをストーンに染み込ませ、ポプリと一緒にオーガンジーの小袋に詰める。小さなリボンでキュッと閉じて・・・


「・・・よーし、完成!ナユくん、悪いんだけどこれ、パン屋のミリアさんに届けてくれない?ぐっすり眠れる香りですって言えばわかるから。」


「はい、すぐに!」


「そしたらお代を渡してくれることになってるから、それで好きなマフィンを買って、リリーに差し入れしてあげて。」


ケイトリンがウィンクしてみせると、ナユユはぱっと表情を輝かせた。


「はい!行ってきます!!うわわっ!!」


元気よく飛び出そうとしたナユユは、驚いて立ち止まった。

扉の外に背の高い派手な男が立っていたからだ。


「ナユくん、大丈夫?」


ケイトリンはナユユの方に視線をやると、あっと声を上げた。


「なんとか船長・・・!」


「・・・ダニーだ。」


ダニーはぶすっと口を尖らせる。


「そうだった、ごめんなさい。久しぶりね!」


「ケイトリン先生、この人は・・・?」


「うん、お客さん・・・かな?一応。」


ナユユが不安げに男を見上げると、ギロリと睨まれた気がした。

蛇に睨まれた蛙よろしく一瞬固まると、ナユユは慌ててケイトリンに耳打ちする。


「大丈夫なの?すごく怖そうな人だけど・・・僕、ここに残りましょうか?」


「うーん、大丈夫よ。多分・・・納品、お願いね。」


ナユユは名残惜しげにケイトリンを振り返ると、ダニーに一礼しドアの外へ駆け出した。


「なんだぁ?あの少年」


「私の生徒・・・というか助手ね、ほとんど。」


「そうか」


ダニーはナユユが駆けて行った方を一瞥すると、ケイトリンに袋を渡した。


「これ、ありがとな。」


恐る恐る受け取ったケイトリンが中を確かめると、懐かしい兄の服が清潔に畳まれて入っていた。

そういえば今日はダニーから悪臭がしない。やればできるんじゃない、と言いたげにケイトリンは笑顔を向けた。


「どういたしまして。・・・今日はあなた清潔なのね。」


「そうだ俺は清潔に目覚めた。」


「・・・なによそれ。」


偉そうに髭をなぞるダニーの様子にぷっと吹き出しながら、ケイトリンはダニーの香りをそっと吸い込んだ。

微かに感じる、朝の森の中を思わせるような、心地よく澄んだ香り・・・あの日去り際に感じた香り。いかつく着飾っていても、刃物のような目付きをしていても、それがこの人の本質なんだわ。

なぜか少し嬉しくなる。


「上がって。この間の依頼の続きを聞くから。預かってた服も持ってくるわね。」


---


「それで、香りを作ってほしいって言ってたっけ?」


机を挟んで向かい合わせに座ると、ケイトリンはメモを取りながら話を聞く姿勢をとった。


「ああ。・・・本当に香りで人を引き寄せるなんてあるのか?疑わしいぜ」


「・・・それは、その人があると信じればそうだし、香りの力だけじゃない、自分の努力だと思えばそうでもあるわ。使う人次第よ。」


ちょっとだけムッとしながら答えると、男は挑発的な笑みを浮かべ見返してきた。


「へぇ、是非その力、この目で確かめてみたいもんだね」


「わかったわよ。・・・そうね・・・あなたはもともとスッキリとした香りを持ってるから、それを生かしてサイプレスにクラリセージと朝霧の香りを足せば万人受けが良く」


「万人受けじゃなくて」


メモをとるケイトリンの手を、骨ばった大きな手がペンごと握り、止める。


「俺の香りに何を足せばあんたを夢中にできる、ケイトリン·ベネット?」


「わたし・・・?」


金色の瞳で正面から見据えられると、あの日抱き寄せられたことを思い出して耳が熱くなる。

握られた手をほどきペンを置いて、膝の上で自分の右手と左手を重ねた。


「・・・自分のことはよくわからないの」


ダニーも、ふぅーと息を吐くと手を引っ込め、椅子に深く座り直した。


・・・でも例えば、純粋に私の好きな香りに仕立てるなら。

ケイトリンはなるべくダニーの顔を見ないように集中して目を閉じ考える。

鼻に神経を集中させて、深呼吸した。


「・・・白樺、ブラックカラント、一輪のたんぽぽ、木漏れ日の香りに、夜中に響く狼の遠吠えの香り・・・」


うん、きっとすてきな香りになる。

目を開き、柔らかな表情でダニーに答える。

「・・・かな?」


「・・・作れるのか?それ」


「そーねぇ、白樺はたくさん在庫ある。ブラックカラントは食べようと思ってたのが一応ある、たんぽぽも木漏れ日もある、けど狼の遠吠えは・・・」


残念そうに首を振る。


「危険すぎて採取に行けないわ。いつもなら護衛を傭兵ギルドに頼むところなんだけど、最近は遠洋の不審船討伐に借り出されて人手が足りないってマスターに聞いてる・・・」


「俺が護衛についてやる」


「なんですって?」


ダニーは自信たっぷりの表情を見せた。


「腕っぷしには自信がある。まかせとけ」


「ちょっと乱暴なだけでしょ?無茶よ。夜中に、狼や熊の出る山へ入らなきゃいけないのよ?相手は人間じゃない、猛獣なの」


「まぁ待て。俺は元·王国軍の剣士だ。」


どうせでまかせでしょ・・・と思いながらケイトリンはため息をついた。


「都合よく剣士様が現れたものね」


「そうだろ?お前はついてるぞケイトリン」


まぁ、必要なのは遠吠えであって、狼の毛とかじゃない。別に接近するわけじゃないし、乱暴さだけが取り柄の船乗りが護衛でもいいかということになり、2人は、その日の夜出発する約束をした。


---


着古した、汚れても構わないワンピースに袖を通し、履きなれたブーツの紐を締める。

外出用のフード付きケープを頭からかぶると、愛用のポシェットに多めに小瓶を詰めた。腰に護身用のナイフを下げれば完成だ。


「・・・よし!」


待ち合わせの広場にケイトリンが着くと、ダニーはもう待っていた。

いつもの派手な出で立ちとは違い、シンプルな服装と装備品を身につけ、闇に溶け込むようにして佇む姿は、本物の傭兵のようだった。


「お待たせ!」


「おう」


ダニーは、いつも工房で見る服装と少し違った雰囲気のケイトリンの旅姿を、頭からつま先まで眺めると真面目な顔で呟いた。


「お前、その格好・・・」


「なに?完璧なコーディネートに恐れ入った?」


得意げなケイトリンを置いて、ダニーは勝手に歩き出す。


「赤ずきんちゃんみたいだな。さっさと行くぞ」


「あっ、待ちなさいよ!」


ケイトリンは慌てて追いつくと、横に並んで歩き出した。

夜空には大きな月が浮かび、街全体と、これから二人が進む、獣がはびこる山へと続く道を照らしている。

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