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アリステニアの恋愛調香師。  作者: 小鳥遊ことり
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7.風読み ソフィア·フィンチ

ソフィアは次の日、暮らしている郊外の小さな町から、アリステニアの市街地へ足を伸ばした。

昨日拾ったカードに書かれている住所を確かめる。


「ここね・・・恋愛調香師」


『ケイトリンの香水工房』。早く着きすぎたようで、ドアにはcloseの札がかかっている。

それに、いざやって来ると、自分の状況をどう説明すればいいのかわからず、なんだか勇気が出ない。

そのまま回れ右をして、今来たばかりの通りを戻ることにした。

モヤモヤしたソフィアの気持ちと同じように、空はどんよりと曇っている。

せっかく街へ出てきたし、少し見てまわろうかな。

辺りを見渡すソフィアの目に、一軒の建物が留まる。


「貸本屋さんだわ・・・!」


ソフィアは読書が大好きだ。

思わず立ち寄りたくなってしまい、うずうずしながら重い扉を開く。


「すごい・・・」


自宅近くの書店より何倍も多くの本が並んでいる。

ソフィアは夢中で本を手に取りめくっては戻しまた別の本を手に取り、借りたい本を選んだ。

歴史小説や珍しい植物の図鑑。神話をまとめた本や異国のファッションについて解説した本。選んでは、腕の中で一つ一つ積み上げてく。

ふと本棚の恋愛心理学書のコーナーに目が止まった。


(読んで、みようかな・・・)


昨日なぜロランが怒って帰ってしまったのかわからない。

私何かしたかしら。気に触ることを言った?謝って済むならすぐにでも仲直りしたいけど、何について謝ればいいかわからない。

もう来なくていい、と言われた。私は真に受けて、今日ロランの元へ行かなかった。これっきりになっちゃうのかな・・・。ずっと、ずっと大好きなのに。


「・・・サボったことは、謝らなきゃね」


恋愛心理学書を棚から一冊手に取り、選んだ本を借りる手続きをしようと、ぼんやりしたままのソフィアはふらりと歩き出した。

どんっ、とソフィアのお尻が固い箱に当たる。

踏み台に登り、高い位置の本に手を伸ばしていた女性が、後ろ向きに、そのままの体勢でソフィアに向かって倒れてくる。


「ごめんなさ・・・!」


「わ、わ、わ!!」


ソフィアは咄嗟に持っていた本を放り出し、女性を受け止めた。


「大丈夫?ほんとにごめんなさい、私ったら、ぼーっとしてて・・・」


「大丈夫・・・!気にしないで。」


桜色の髪をしたその子は、驚きで見開いたウサギのように紅い目をぱちぱちと瞬きさせた後、人懐っこい笑みを浮かべ本を拾うのを手伝ってくれた。


「たくさん読むのね」


「ええ、街にはたまにしか来ないから、珍しい本がたくさんで。」


拾い終わると互いに会釈をし、ソフィアはカウンターで貸出の手続きを済ませる。


外に出たら、ひどい雨だった。

さっきまで曇っていた空からは、滝のように雨が降っており、遠くで雷が鳴る音も聞こえる。


「うわー・・・どうしよう」


これはしばらくここで雨宿りかな。

借りた本が濡れるのも申し訳ない。

貸本屋の軒先でソフィアは立ち尽くした。


間もなくして、さっきぶつかった女性が店内から出てくる。


「あ・・・」


「さっきの・・・!」


ソフィアは改めて頭を下げた。


「さっきはゴメンなさい。怪我はない?」


「ええ、あなたのおかげで。ほんとに、もう気にしないでね!・・・それにしても、ひどい雨ね」


「そうね・・・」


2人は並んで軒先に立つ。


「さっき、たまにしか来ないって言ってたけど、お家遠いの?」


「ええ。私が住んでる町は、森を抜けた先にあるわ。」


「そうなんだ」


桜色の女性は、んー、と少し考えたあと、ぱっと何かひらめいたらしい。


「よかったら、家で雨宿りしてく?すぐ近くなの。お茶くらい出すし、今借りた本を読みながら、雨が止むのを待ったら?」


「そんな、悪いわ」


「悪くない悪くない!・・・あなたがイヤじゃなかったらだけど」


これも何かの縁かもしれない。ソフィアはありがたく申し出を受けることにした。


「じゃあ、そうさせていただこうかな?」


連れ立って小走りで向かった先は、さっき回れ右した工房だった。


「ここって・・・!」


「私の工房よ。さ、入って」


「じゃあ・・・あなたがケイトリンさん?」


「はい!私を知ってるの?」


ソフィアは慌ててポケットから、ストアカードを取り出し見せる。


「ソフィアっていいます。私今日、ホントはここへ来るつもりだったの。でも・・・」


「あー、私が留守にしてたせいで」


済まなそうにするケイトリンに、ソフィアは一生懸命首を横に振った。


「違うの!あの・・・私が、勇気が出なくてその・・・」


モゴモゴと口ごもる様子を見て、ケイトリンは優しく微笑んだ。


「話、聞きましょうか?」


ソフィアも、つられて微笑み返し、大きく頷く。


---


ソフィアは来なかった。

俺が昨日、もう来なくていいなんて言ったから。

ロランは土砂降りの雨を窓からぼんやり眺めながら、遊覧気球乗り場の小屋で深く深くため息をついた。

こんな天気じゃ客なんて来ない。もう家に帰るか。と腰を上げかける。


今までは、悪天候で気球を飛ばせない時も、ソフィアと2人、この小屋で楽しく過ごしていた。他愛もないお喋りをしたり、ソフィアの好きな本を借りて読んだり、理想の気球のデザインを描いて見せ合ったり、何をしていても二人なら楽しかった。小さな頃からそうやって二人は一緒に育ってきた。


――アイツが現れなければ。


ソフィアが留守がちになったのはつい最近のことだった。運天士の少年ツバキと知り合ったらしい。

若くして国家資格の運天士免許を持つ、自分よりずっと年下のツバキを、同じく天候を生業にしている風読みのソフィアは心底尊敬しているようで、ロランと会話していても、ツバキさんはね、ツバキさんってね、とその名前が何度も出てくるようになった。

正直、おもしろくない。

幼い頃からゆっくりと時間をかけて、大切に大切に温めてきたソフィアへの恋心を、それを実らせる前に、突然部外者によって傷物にされた気分だった。


――アイツが現れなければ。


刹那、近くで鳴った雷の音に、ハッと冷静になる。


(とにかく、二人一緒にいれば、またいつも通りに戻れる。力づくでもソフィアをあの男から取り戻さなければ。)


ふと、昨日出会ったケイトリンのことを思い出した。

恋愛調香師。

もしかしたら、拗れてしまった二人の糸を解くきっかけをくれるかもしれない。ロランは一度、工房を訪れてみることにした。

ポケットを探り、もらったストアカードを探す。ない。落とした?・・・いつ?

いつも細かなことによく気がつくソフィアが、拾って持っているような気がした。


(アイツとの恋を願いに出かけているとしたら・・・!)


ロランは大きな音を立ててドアを開けると、勢いよく小屋を飛び出した。


---


「ふむふむ。要するに、毎日他の男の人とお喋りしてたら、昨日それを見てしまった片想いの相手に、お前なんかどこかへ行ってしまえ!顔も見たくない!と怒られたと・・・」


「それはちょっと言い過ぎ・・・“もう来なくていい”とだけ。・・・でも心は、それくらいの事を言われたように、ショックだったかな」


苦笑しながら訂正すると、ソフィアは苦しそうにため息をついた。


「ロラン・・・どうしてなの・・・」


思わず零れ出た名前に、聞き覚えがある。


「ん?ロラン?・・・ロランって、遊覧気球の?」


「えっ・・・ケイトリン、ロランを知ってるの?」


「知ってるも何も、昨日そのテスト飛行に、一緒に乗せてもらってたのよ、わたし。空からソフィアと、多分その男の人のことも見えたわ。」


「まぁそうなの?」


ソフィアの胸がチクリと傷んだ。


「そう・・・ロランが、私以外の女の子と気球に・・・」


ケイトリンは、さてはこの二人、実は似たもの同士だな、と思って小さく笑った。


「ソフィア、それって、ヤキモチよ?」


「ヤキモチ・・・?」


「きっとロランも昨日、仲の良さそうな二人を見て、今のソフィアと同じように心が痛かったんじゃないかな?」


ソフィアは初めて、ロランがなぜ怒ったのか、わかったような気がした。


「ごめんなさい、ケイトリンは何も悪くないのに、私今ほんの少しだけ、何であなたなのって思っちゃった。」


「うんうん。」


「私はこんなに好きなのに、何で私じゃないのって・・・」


「ヤキモチってさ、好きな相手にじゃなきゃ、妬かないよね」


「え・・・あっ・・・!」


ソフィアは、ロランも自分と同じ気持ちでいてくれていることに気づいて、目を潤ませた。


「私、ロランに謝らなくちゃ。今日サボったことだけじゃなくて、ロランの気持ちを考えなかったこと・・・」


ケイトリンは、笑顔で頷くと、ソフィアに傘を貸してあげて見送った。

ソフィアが忘れていった本に気づいたのは、しばらく後だった。

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