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アリステニアの恋愛調香師。  作者: 小鳥遊ことり
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24.領主 ヴィンセント·ダニエル·ランドルフ

窓際に立ちこちらを真っ直ぐに見据える男性から、ケイトリンは目をそらすことが出来なくなっていた。ケイトリンと同じ、桜色の柔らかそうな髪。光を放つような紅い瞳。その姿は紛れもなく。


「・・・お兄ちゃん・・・だよね・・・?」


やっと紡ぎ出した言葉に、男性は目を伏せると静かに首を振った。


「・・・ごめん、俺は君のことを知らない。」


ケイトリンは後頭部を思いっきり殴られた思いがした。優しそうな顔つきも、逞しい背格好も、声も、記憶にある兄そのものなのに。


「どうして・・・」


同じ色の紅い瞳を潤ませるケイトリンに、男性は儚く微笑んだ。


「ある時点より前のことが、記憶から抜け落ちているんだ。俺の覚えていないことを君が知っているのなら、教えてくれないかな。・・・君は、俺を“お兄ちゃん”と呼んでいたんだね?」


ケイトリンが何度も頷くと玉のように涙が散った。


「俺は、君を何と呼んでいた?」


「ケイト、と・・・」


震える声で答えると、男性は少し緊張したように咳払いをし、改めて口を開いた。


「では、ケイト。」


「おにいちゃん・・・!」


ケイトリンの目からは涙が何筋も溢れていた。もう一度そう呼んでほしいと、何度願ったことか。

兄は少し頬を赤らめ、困ったように笑った。


「なんだか、慣れないな。頼むから泣かないでよ、女の子の涙は苦手だ。」


また幼かった頃、友達と大喧嘩をして泣きながら帰ってきたケイトリンに、兄は同じように言ったっけ。思い出してケイトリンは、ふふ、と笑ってしまった。


「ケイトは、お、お兄ちゃんと、仲良かったのかな?」


ケイトリンは涙を指の背で拭うと笑顔で頷いた。


「はい!」


「じゃあ、そ、その」


兄は大真面目な顔でケイトリンを見る。ケイトリンも、どんな質問が来ても誠心誠意答えようと、言葉を待った。


「お兄ちゃんのこと、す、す、好き・・・?」


「もちろん大好きだよ、お兄ちゃん・・・!ずっと、ずっと会いたかった!!」


「・・・う・・・」


兄の頬がみるみる赤くなる。


「・・・うわぁぁぁ無理!もう無理無理無理無理ヴィンセント!!ヴィンセント早く出てきて!!」


兄はバタバタと取り乱した様子で、横の壁に備え付けられた隣の部屋へ続くドアを勢いよく開け、そこへいるらしい人物へ呼びかけた。中から野太い声が苛立ったように言葉を返してくる。


「なんだコラ呼ぶなって言っただろ!とっととてめぇで経緯明かして帰りやがれ。俺は忙しい!」


「そんなこというなよぉぉぉヒマなくせに!俺聞いてない!妹がこんなかわいい子だなんて聞いてない!!一緒に住むとか無理!!俺どうにかなっちゃう!!!」


「ふざけんな貴様それだけは絶対に許さん!!」


ぽかんと呆けるケイトリンの前に、兄が室内から大男を引きずり出してきた。黒い礼装を身につけ、赤い髪を丁寧に束ねたその男は、おとぎ話の王子様のように麗しいが、口調が信じられないくらい荒っぽい。眼光は鋭く歴戦の英雄と言われれば納得できた。ヴィンセントと呼ばれていた、彼こそ――


(ランドルフ卿・・・!)


ケイトリンは一瞬、姿勢を正したが、ふとあることに気づいた。


(この香り・・・)


廊下に面した扉が開きアルドリッジが紅茶の入ったポットとカップを載せたワゴンを押して入ってきた。


「騒々しいですよ、客人の前で。弁えてください。」


大男は掴まれていた腕をぶんっと振りほどくと、乱れた髪を撫でつけてケイトリンに向き直った。


「よく来てくれたね、ベネット嬢。」


「・・・お招きいただきありがとうございます。」


ケイトリンがドレスのスカートを持ち上げ丁寧にお辞儀をすると、男も恭しく頭を下げた。


「ヴィンセント·ダニエル·ランドルフと申します。この男は・・・君の方がよく知ってるかな」


ランドルフとケイトリンは白い礼装の方の男を見やる。


「ライアン·ベネット・・・わたしの兄です。」


ケイトリンと目が合うと、ライアンは頬を染めランドルフの後ろに隠れた。


「お前は乙女か!・・・まぁ、身元が判明したのはつい先日のことで、俺たちの間ではこの男もまた“ヴィンセント·ダニエル·ランドルフ”。さしずめ俺の影武者と言ったところか。」


ランドルフはライアンを引き剥がすと、ケイトリンにソファを勧め、自分も向かいに腰掛けた。


「あぁ忘れてた。」


ちらりとアルドリッジに目をやるとケイトリンに向き直る。


「うちの召使いは君に失礼なことはしなかっただろうか。」


アルドリッジの眉がぴくりと動き、半笑いで口答えをする。


「・・・貴方にだけは言われたくありませんね。」


「いえいえ!親切にしていただきました!馬車の中でも、手品を見せてくださったり・・・」


不穏な空気に、ケイトリンは慌てて手を振ってアルドリッジを擁護した。


「ふーん」


ランドルフの瞳が一瞬光った気がする。その眼で睨まれアルドリッジはさっと青ざめた。


「手品ねぇ。あとで覚えとけよ。」


アルドリッジはランドルフに頭が上がらないらしい。素晴らしく早い手つきでお茶の用意を整えると、ワゴンを押しそそくさと退室していった。

ライアンがケイトリンの隣へ座り、こそっと耳打ちする。


「彼はヴィンセントの弟なんだ。気に入った女の子ができると、大体特技の手品で気を引こうとするよ。」


なるほど、怖いお兄さんなのね。と納得すると同時に、どうやら気に入られているらしいと気づき顔が熱くなる。ケイトリンの様子を見て不機嫌そうに咳払いをすると、ランドルフは話を切り出した。


「それで、まぁ、ある事情から存在を公にすることが出来ないライアンをここで預かり、ごく最近になって、独自の調査によって君の家族であると判明したわけだ。話せば長くなる。俺としては、割愛してこのまま連れ帰ってもらっても構わないのだが。」


余裕と威厳のある態度でケイトリンに対峙するランドルフを、ケイトリンは芯の強い目で見つめ返した。


「ぜひ、お聞かせくださいませ。今日はその為に参りました。」


ランドルフは口元を笑みの形にすると、長く息を吐き足を組んだ。


「楽にして聴いてくれよ。ただの昔話だ。」

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