16.ツバキとシェン
「驚きました・・・貴方、素性を隠したままであの子の前に現れたのですね。」
リリーとダニーは、神秘の森へ続く道無き道を急いでいた。
「どういうつもりですか?前に少しだけケイトリンの未来を見た時に、貴方とあの子の間には縁があると出たから、応援するつもりだったのですよ。貴方に放浪癖があるのは勝手ですが・・・もし貴方があの子を騙したり、弄ぶつもりなら、」
小声で抗議していたリリーの動きが止まった。
「あれは・・・」
茂みに身を隠すように、黒い影が横たわっている。
「シェンだ・・・!おい、しっかりしろ!」
ダニーが慌てて抱き起こすと、それは全身が淡く透き通ったシェンだった。苦しそうに息をしながらぼんやりとダニーを見た。
「・・・あなた、は・・・」
ダニーは、喋らないくていいというように何度か頷くと、日除け代わりに自分の上着を被せ、嘘のように軽いシェンの体を背負った。
「リリー、森まであとどのくらいだ。」
「ここからならツバキ様のご自宅の方が近いです。急いで戻りましょう・・・!」
間もなく日付が変わろうかという深夜、昼間のように明るい空の下、二人はシェンを連れ、来た道を引き返していった。
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「そんな・・・シェンが・・・」
ツバキの家に着き、修理に専念しているロラン以外の一同が心配そうに見守る中、シェンを横たえると、ツバキがその今にも消えそうな手を握った。
「・・・森へ向かう途中で倒れていました。」
「おそらく、俺たちと別れてから、森へ帰ろうとしてそのままだろうな・・・」
リリーとダニーが悔しそうに報告すると、ツバキはぽろぽろと涙をこぼした。
「俺があんなことを言わなければ・・・」
「ツバキのせいじゃ、ないわ・・・」
シェンが、もう片方の手をツバキの手に重ねる。
「本当はあまり時間がないこと、黙ってたのは私だもの。ツバキが心配してくれてたの、ちゃんとわかってる。・・・ね、これで、仲直り」
「シェン・・・」
優しく微笑むシェンの目にも、涙がみるみる溢れてくる。
「楽しかったなぁ、ツバキといられて。本当はもっと、一緒にお出かけしたかったのよ・・・街の女の子みたいに、きれいな服を着て、デートして。ツバキのお嫁さんにも、なりたかったなぁ」
「・・・しようよ。全部叶えよう」
ツバキの言葉に、シェンは力なく首を振った。
「・・・生まれ変わったら、また出会ってくれますか?」
「当たり前じゃないか!」
ツバキは涙でぐしゃぐしゃの顔を、袖でごしごしと拭った。
「おーい。諦めるのはまだ早いぜ?」
運天席の方からロランの能天気な声がする。
ツバキが振り返ると、ロランは満足そうな笑みを浮かべた。
「ツバキ、ちょっと動かしてみ。」
「直ったのね、ロラン!!」
ソフィアが嬉しそうにロランに抱きつき飛び跳ねる。
ツバキは恐る恐る運天席に座ると、一番太いレバーをぐっと握り、太陽の高度を下げた。
部屋の中が、夕暮れ色に染まる。
「おお・・・!」
皆の感嘆の声があがった。
そのままゆっくりと高度のレバーを下げきり、帳を下ろすスイッチを押す。
部屋の中は夜闇に包まれ、外の夜空には星が瞬き始めた。
「夜だわ・・・!」
ケイトリンとリリーは手を取り合い喜んだ。
「今後また同じエラーが起きないように、タイマーで太陽の位置を自動切り替えできる仕組もつけておいた。試しにこのあとの夜明け、設定してみな。」
ツバキは暦で日の出時刻を確認すると、教えてもらいながら夜明けの時刻を入力する。
「こうしておけば、お前がわざわざ手動で太陽を出さなくても、自動的に夜が明ける。仮に寝坊しても大丈夫ってわけだ。」
「すごいや・・・ロランさん、本当にありがとう」
「お安い御用さ!」
ロランとツバキは、しっかりと握手をした。
シェンを見るとさっきよりもほんの少し、姿が濃く見えるようになってきている。顔色も良くなって見えた。
シェンはゆっくりと体を起こし、ロランへ頭を下げた。
「・・・どうする?少し体調が戻ったら、森へ帰る?」
ツバキが心配そうに尋ねると、シェンは首を振った。
「ここまで消えかかってしまったら、もう長くはないわ。きっと次の朝には私は・・・。それなら、今はツバキのそばにいたい・・・」
「ねぇシェンさん。」
ロランの隣にいたソフィアが、突然声をかける。全員の視線がソフィアに集まった。
「結婚式、挙げない?」
「結婚式・・・!?」
ソフィアの言葉にシェンはハッと顔を上げる。
「そう。ツバキさんとの結婚式!うちにね、母が若い時のウェディングドレスがあるの。よかったら、着てみない?その、シェンさんとツバキさんがよければだけど・・・」
「いいんですか・・・!?」
シェンが浅葱色の目を丸くする。
ソフィアは、明るい笑顔を浮かべた。
「もちろんよ。私もね、ロランとの結婚を考えてるから、なんだか他人事に思えなくて。ツバキさんは?いい?」
尋ねられて、ツバキは我に返る。まさかシェンと結婚式が挙げられるなんて、考えてもみなかった。ふわふわと夢心地で何度も頷く。
「あ、あぁ・・・是非・・・」
「じゃあ決まりね!ロラン、家に取りに戻るから、ついてきてくれない?」
ソフィアは花のように笑うと、ロランの手を取り外へ駆け出した。
「結婚式かぁ・・・!ソフィア冴えてるなぁ」
ケイトリンは感心し、背伸びをするとくるりと背中を向け、自分もドアへ向かった。
「どこ行くんだ?」
ダニーの問いに振り返ると、えへへと笑う。
「花嫁さんへの贈り物を用意しなくちゃ!香りの素材を取ってくるわ。リリー、ダニー。暗いから心配なの、ついてきて!」
二人を連れて外へ出る。
「少しの間、二人きりにしてあげましょ」
三人は目を合わせ頷き合うと、星の瞬く夜空の下、必要な材料を探しに出た。
二人取り残された部屋で、シェンはぽつりと呟いた。
「夢みたい・・・。私、ツバキのお嫁さんになれるのね・・・」
「・・・」
ツバキは、シェンのはにかんだような横顔を見つめると、決心したように口を開いた。
「急だったから言えなかったけど・・・」
シェンの手を取る。細い指先は、さっきよりも更にはっきりと見えるようになってきていた。
「シェン、俺と、結婚して下さい」
シェンの目にうっすらと涙が浮かぶ。
「はい・・・!」
抱き合う二人の影が、月明かりに照らされて部屋の中に伸びていた。
「そうだわ・・・!」
シェンはそっとツバキから体を離すと、キラキラとした目でツバキを見上げる。
「結婚指輪を準備しなくちゃ。」
「指輪・・・?そんなの、俺持ってない・・・」
気まずそうに目をそらすツバキに、いたずらっぽく笑いかけると、手を取り立ち上がる。二人は柔らかな夜闇の広がる丘へ出た。
「そうね・・・この子がいいかしら」
シェンは座り込み、白詰草を一輪摘むと、くるりと輪を作り、茎に爪で開けた小さな穴に、ボタンを留めるように花を通した。小さな花の指輪ができあがる。
「ほらね。ツバキ、手を貸して」
ツバキの左手薬指に、指輪が壊れないよう、そっとそっと通した。ツバキは、まるで子どもに戻ったみたいだなと思い、くすっと笑った。
「じゃあ俺も作ってみようかな。やり方を教えてよ」
「いいわ」
二人は童心にかえり、束の間、月明かりが降り注ぐ丘の上で過ごした。
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「シェンさん、苦しくない?」
「大丈夫・・・!」
やがてめいめいがログハウスに戻ってくると、ソフィアは一室を借り、シェンにドレスの着付けを始めた。
キッチンではケイトリンが、集めてきた素材で調香をしている。
「ローズの香り・・・カスミソウの香り・・・アイビーの葉をひとかけら・・・と、月光の香り・・・」
自宅の工房とは勝手が違うが、あるもので精一杯心を込めてボウルの中でブレンドする。
「うん・・・!いい香り!」
最後に指をぱちんと鳴らす。出来上がった液体に、桜色の『ギフト』の光が、さらりと溶けた。
「みんな、お待たせ。花嫁さんの入場でーす!」
着付けをしていた部屋から、恐る恐るシェンが顔を出す。
いつも黒い服をまとっていたシェンが白いドレスを着ると、光を放っているかのように美しかった。
「シェン、きれいだ・・・」
ツバキはシェンの頭に、一緒に作った白詰草の花冠を載せた。シェンは幸せそうに微笑むと、全員を見渡した。
「皆さん、今日は私たちのために一生懸命になってくれて、結婚式を挙げさせてくれて、本当にありがとう・・・。私から皆さんに、贈り物があります。もうこの力を使えるのも最後になるから、何も言わずに受け取ってね。」
シェンは一呼吸おくと、歌い始めた。
力強くも優しい命の調べが、皆の心に染み渡っていく。
歌声は、ケイトリンが混ぜていた手元のボウルにも降り注ぎ、中に溶け込んでいたギフトの光が一瞬ふわりと輝きを増して、人知れず消えていった。
「素敵な歌ですね・・・」
歌声の美しさに感動したのか、リリーがそっと涙を拭った。
「不思議だ・・・力が湧いてくるようだな」
ロランは手のひらを見つめぐっと握ってみた。
シェンは歌い終わると祈るように囁いた。
「皆さんの命の火が、これからも強く灯り続けますように・・・」
自然と拍手が起こる。シェンは少し照れると、拍手に答えてお辞儀をした。
なんて幸せなひと時なの。
ケイトリンは心が温かくなるのを感じながら、ツバキの家にあった小瓶にボウルの中身を移した。
「さぁ、結婚式を始めましょう!」