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アリステニアの恋愛調香師。  作者: 小鳥遊ことり
15/26

15.力を合わせて

「と、いうことなのよ。そのシェンっていう子、明日生きられないかもしれないって言ってた。病気なのかしら・・・」


ケイトリンは、元来た遠い道のりを辿って街へ戻り、ダニーを抜糸のために先日世話になった医師の元へ置いてくると、リリーの館へ今日の報告に来ていた。

ツバキと運良く出会えたこと、ツバキの想い人がシェンらしいということ、シェンのもつ不思議な力、手首まで透けた手、ツバキとシェンの悲しさの滲む会話。

リリーはひとつ頷くと、ケイトリンの目を見つめた。


「神秘の森の影使いを知ってる?」


「ううん、なに?それ・・・」


目を瞬かせるケイトリンの前に地図を広げる。


「ここがツバキ様のご自宅。ここから少し行ったところにある、このあたりの森。ここが神秘の森と呼ばれる聖域よ。」


指で地図をなぞりながら話を続けた。


「とてつもなく大きな力を持っている故にその存在は隠されてきたけれど、影使いは生物の命の灯火を、強めたり弱めたり、消す力を持つ。自分の生命エネルギーと引き換えにね。エネルギーが枯渇した時、影使いは跡形もなく消えてしまうの。平均寿命は18歳と言われているわ。その彼女は、間もなく寿命を全うしようとしているのね・・・」


「そんな・・・」


「夜が来て辺りが暗くなると、影の力は少しずつ回復する。それでも昼が来て、また力を使えばエネルギーはそれ以上に減っていく。日々その繰り返し・・・既に体の一部が消えかかっているということは、例え今夜、一晩闇の中で過ごして力が戻ったとしても、もう長くは・・・」


だからツバキは、力を使うことをやめるよう、シェンを説得していたのか。二人の心情を思うと、ケイトリンの胸はきゅっと締め付けられる思いがした。


「どうすることも、できないの・・・?」


リリーはゆっくりと首を振り俯いた。


「・・・残念ながら。私たちが老いによる死を止められないように」


「そう・・・」


ケイトリンは、ため息混じりに相槌を打つしかできなかった。

――二人とお友達になれたらって思ったの。シェンの言葉が頭に響く。

今頃、シェンは神秘の森で休んでいるだろうか。明日もう一度、シェンを訪ねよう。そして、友達になってほしいと伝えよう。夜が明け、朝が来たら一番に・・・


「ケイトリン、リリー!」


館の扉をノックもせず乱暴に開け、慌てた様子でダニーが駆け込んできた。


「ちょっと!静かに入ってきてよね。・・・抜糸終わった?」


「今何時だ!?」


ケイトリンの問いに答えず前のめりで質問してくるダニーに目を丸くしながら、リリーは時計に目をやった。


「・・・夜の8時ですね」


「だよな・・・!空がおかしい!」


「え?」


リリーが立ち上がり分厚いカーテンを開けると、昼間と変わらず明るい広場がそこにあった。


「うそ、明るい!?」


ケイトリンとダニーも窓に駆け寄る。


「昼みてーだろ?どういうことだこれは・・・」


「・・・ツバキ様に何かあったのでは・・・!」


リリーがさっと青ざめる。


「ツバキくんに?」


「ツバキ様は運天士。暦に合わせて天候を操作するだけでなく、時刻に合わせて朝から昼に、昼から夜に、空の色を変えるのが仕事。・・・何か起こったんだわ・・・!」


ふらりとケイトリンの腕に掴まるリリーを支えながら、ケイトリンは勇気づけるように声をかける。


「様子、見に行こう。ツバキくんのところに、行こうリリー!」


「ええ・・・」


「俺も行くぜ。夜道をレディーだけで歩かせるわけに行かないからな、明るいけど!」


ダニーの心強い言葉に、ケイトリンは大きく頷いた。

リリーを伴い、再び丘を目指す。

館を出ると、多くの街の人々がこの時間にしては珍しく表へ出て、不思議そうな顔で空を見上げていた。


---


「ツバキ様!百合です!ツバキ様!」


ツバキのログハウスに着くと、リリーがドアを叩く。が、返事がない。

ドアを押すと、そのままあっさり開いてしまった。

ケイトリンとダニー、リリーの3人は、目を見合わせると、ドアから中へ入った。


「ツバキ様・・・?」


リリーが呼びかけながら奥へと進む。

ツバキは――いた。

部屋の片隅に、様々な計器が組み合わさった机と椅子からなる装置が目に入った。その下にうずくまっている。


「ツバキ様!大丈夫ですか!!」


ツバキは机の下から顔を上げると、憔悴した顔でこちらを見た。


「運天席が・・・動かないんだ・・・」


「故障したの?」


ケイトリンが問うと小さく頷く。


「多分・・・どうしよう、帳を下ろさなきゃ、夜が来ないのに・・・」


「直せないのか?」


「夕方からずっと自分でわかりそうなところを見てるんだけど、上手くいかないんだ・・・」


ツバキの白い手は機械油で真っ黒、多少無茶をしたのか、右手の人差し指には血が滲んでいた。

ツバキの声が悔しそうに震える。


「・・・夜が来なきゃ、シェンが・・・シェンが消えちゃう・・・もしかしたらもう」


3人はハッとした。今日、夜が来るか来ないかは、そのままシェンの命に関わってくるのだ。

ケイトリンは考えた。まずシェンが心配だ。


「リリー、ダニー、お願いがあるの。」


二人はケイトリンの横顔を見た。


「神秘の森へ行って、シェンを探して様子を見てきてほしいの。森までの道はリリーが知ってて、シェンの顔はダニーが知ってる。」


「わかったわ。」


「待ってろ、必ず探し出す。」


ダニーとリリーが力強く答えると、ケイトリンもしっかりと頷いた。


「ツバキくん、わたしは機械に強そうな人を連れてくる。出来るだけ早く戻ってくるから、無茶はしないで、待っててくれる?」


ツバキは顔を上げ、三人の顔を見た。


「・・・どうか、お願いします」


ケイトリン、ダニー、そしてリリーは、それぞれの役割を全うするため、ログハウスを後にした。

残されたツバキは、運天席に力なく寄りかかると、悔しさに任せて床を殴った。

自分は天を司る運天士。誰も手の届かない空を動かす、特別な資格を持っている人間だと、誇りを持っていた。

だが、自分はこんなにも、無力だ・・・。


---


「ロラン!!」


丘を下って間もなくたどり着く、草原の気球乗り場のそばでは、ロランとソフィアが空を見ながら話し込んでいた。


「ケイトリンじゃない!こんな時間にどうしたの?一人?」


ソフィアが驚いて声をかける。


「なぁ、今日空おかしくないか?俺たち仕事終えて一度帰ったんだ。だけどちっとも夜にならないからさ、様子を見にこっちまで戻ってきたんだよ。どうなってるんだろうな?」


ケイトリンは、二人の言葉に頷きながら息を整えた。


「ロラン、あなた機械に詳しいわよね!?」


「まぁ、動力部の設計も組み立ても自分でするからな。詳しい方だと思うけど・・・」


あまりの剣幕に、ロランとソフィアは戸惑いながら顔を見合わせた。


「ツバキくんの、空を動かす装置が壊れちゃったの!見て、もらえない?人の命が関わってるの」


ケイトリンも、ロランがツバキのことを恋敵だと思っていたことは知っている。だが今、身近な人物でツバキの力になれそうな人は、ロランしか思い浮かばなかった。


「ツバキさんの・・・?ロラン、私からもお願い!」


ソフィアがロランの手を取り、一緒に頼んでくれた。


「もちろんいいぜ。アイツにもケイトリンにも、借りがある。工具とってくるからちょっと待っててくれ!」


ロランはすぐに乗り場の小屋へ向かった。

ソフィアはケイトリンを気遣うように声をかける。


「よく知らせてくれたわ。私も助手として手伝えることがあると思うから、ついていくわね。」


「ありがとうソフィア・・・!」


「おーい二人共!」


気球からロランの声がする。


「乗ってくれ!丘の上まで走るより早いから!」


ケイトリンとソフィアがロランの遊覧気球に乗り込むと、ロランは『ギフト』を機体に送り込み、気球を離陸させた。


気球が丘の高さまで届くと、東屋の近くに着陸させる。ツバキのログハウスへ急いだ。


「ツバキ!大丈夫か!?」


ロランを連れて足を踏み入れると、運天席を背に座り込んでいたツバキが顔を上げる。


「ロラン・・・さん?」


「手伝いに来ましたよ、ツバキさん!」


「ソフィアさんも・・・」


ロランは運天席に近づくと、前や後ろに回り込んで眺めた。


「こいつが空を動かしてるのか・・・よし、ちょっと見せてみろ!ソフィア、ドライバー取ってくれ」


「オッケー、ロラン!」


手際よくカバーを外し、修理に取り掛かる。


「二人共・・・よろしくお願いします」


ツバキは思わぬ人物達の手助けに目を潤ませ、様子を見守った。

ロランとソフィアはツバキを振り返り、任せろ、というように親指を立てて見せる。

ケイトリンはツバキに微笑みかけた。


「機械のことは、彼らに任せておけばきっと大丈夫!シェンの無事を祈りましょう」


「うん・・・!」


シェンの可憐な笑顔と、優しい歌声を思い浮かべた。

今日ケンカ別れのようになってしまったが、これきりなんて嫌だ。早く帳を下ろし、彼女の体を楽にしてやりたかった。

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