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アリステニアの恋愛調香師。  作者: 小鳥遊ことり
11/26

11.夢で逢えたら

「伏せて!!」


闇を切り裂くような凛とした声が、ケイトリンの意識を現実に引き戻す。

ヒュッと風を切り、大きく開けた熊の口の奥に矢が刺さる。


「もういっちょ!」


今度は眉間に命中し、熊は悶絶しながら逃走していった。


「大丈夫!?」


深緑の長い髪をポニーテールに結った女性が駆け寄り、手を差し伸べて立たせてくれた。


「彼氏、運ぶよ!手貸して!!」


既にダニーの右腕を支えて立とうとしている女性に促されて、ケイトリンも慌てて左側を支え、ダニーを立たせた。


女性は、自分が倉庫として使っているという山小屋へ連れていってくれた。

手際よくダニーの装備を外しシャツをはだけ、消毒と止血を始める。


「あの・・・助けてくれて、ありがとうございました」


手当てを手伝いながら、ケイトリンは頭を下げた。

女性はさっきまでの気迫溢れる様子とは打って変わって、のんびりした口調で答えた。


「たまたま気になって、仕掛けといた罠の様子を見に来たら、悲鳴が聞こえたからさ。・・・来てみてよかったよホント。あなたは、怪我してない?えっと・・・」


「ケイトリン·ベネットです。」


「ミシェル·リドゲートだよ。狩人をしてるの。よろしく!」


ミシェルは親しみやすい笑顔をケイトリンに向けた。


「でも大したもんだよー、致命傷を避けてる。咄嗟に体を捻ってよけたんだね。あなたが標的にならないよう、自分が囮になりながら。あなたのカレ、何者・・・?」


「か、彼氏じゃないです。何者・・・か。元剣士の、船乗りって聞いてます、けど・・・」


「ふーん、なるほどねぇ。元剣士か・・・道理で鍛えられてる。・・・一応応急処置はしたけど、医者に見せた方がいいよ。ここにはベッドもないし、街へ運ぼう。」


ミシェルはケイトリンを促し、一緒になってダニーを担ぐと、アリステニアの街まで下山し、自身が懇意にしている医師のもとへ運んでくれた。

深夜にも関わらず、起きて話を聞いてくれた医師は、ダニーの傷を診察し、大きな傷には縫合を施した。

治療が終わり、ケイトリンの工房に運び込んだ頃には、空の端が明るくなり始めていた。

ここまで付き合ってくれたミシェルは、気をしっかり持ってね、と元気づけると、帰っていった。


――ミシェルがいてくれなかったら、どうなっていたか。

最悪の想像をすると、手が震えた。

命の恩人のおかげで、ダニーは今、ケイトリンのベッドの中で寝息を立てている。


(・・・ミシェルには、また会ってちゃんとお礼をしなくちゃね)


ふと、ポシェットを肩から下げたままだったことに気づき、棚の上に置くと小瓶を取り出して眺める。命懸けで集めた狼の遠吠え。

蓋を開けると、ダニーと一緒に過ごした、夜の山の空気が微かに香る。一緒に聴いた、狼たちの呼ぶ声が香る。

頬をそっと撫でられた感触が蘇った気がした。

ケイトリンは、決心したように作業台へ移動すると、調合を始めた。


「・・・白樺・・・ブラックカラント・・・一輪のたんぽぽ・・・木漏れ日の香りに、夜中に響く狼の遠吠えの香り・・・」


一つ一つ、愛しい人の名前を呼ぶように唱えながら丁寧にバランス良く混ぜ合わせる。最後に指を鳴らし光を溶かす。

思った通り、ケイトリン好みの素敵な香りが出来上がった。

燃えるような赤いガラスのアトマイザーに移すと、ダニーの眠る寝室に戻り、力の入っていない大きな手に、そっとアトマイザーを握らせる。


「お願い、目を覚まして・・・」


---


ダニーは、昔の夢を見ていた。

まだ新米だった頃の若いダニーが、兵士たちの宿舎で夜間の偵察任務に出る支度をしていると、ダニーとバディを組んでいる男が部屋に戻ってきた。

ダニーよりほんの少し歳上で、面倒見が良いので兄のように思っていた男だ。


『これ、被って行けよ』


手渡されたのは、フードのついた外套だった。


『いやだ。赤ずきんちゃんみたいでダセェ』


『格好を気にしてる場合か?お前の赤髪は、夜闇の中でも目立ちすぎるんだよ。天然赤ずきんちゃんめ。』


男は、自らも外套を羽織り、フードをすっぽりと被り笑った。

フードの下から、桜色の柔らかそうな前髪と、いたずらっぽい紅い目がのぞく。


『ほら、俺も着るから。一人だけ着るんじゃなきゃ、恥ずかしくないだろ?』


――ああ、そうだな。


---


「目を覚まして、ダニー・・・」


ケイトリンの呼びかけに応えるかのように、ダニーはついに、うっすら目を開けた。


「ダニー・・・!気がついた?」


ベッドサイドで心配そうにのぞき込み話しかけてくる人物が、いる。

その髪色、その瞳・・・


「・・・ライアン・・・か・・・?」


「・・・えっ・・・?」


――ちがう、女の子だ。

安堵の色が滲んだ大きな瞳には、こぼれ落ちそうなほど涙が溜まっている。

やがて目の焦点が合うと、はっきりと意識を取り戻した。


「ケイトリン・・・!ここは、いってぇ!!!」


急激に背中の激痛が認識される。

ケイトリンは、勢いよく体を起こそうとしたダニーを、再びベッドに寝かしつけた。


「あなた大怪我をしてるの、まだあんまり動かない方がいいわ。私たち、ちゃんとうちに帰ってきたのよ。」


「無事なのか・・・!?ケイトリン、ケガは・・・」


「私は平気。・・・守ってくれて、本当にありがとう」


「・・・よかっ、た・・・」


手の中のアトマイザーを握ると、ダニーは穏やかな表情で再び眠りについた。

意識を取り戻してくれてほっとしたのと同時に、新たに降って湧いた疑問が胸の中に渦を作る。

ケイトリンは、ダニーの寝顔を複雑な思いで見つめた。


(・・・なぜ、お兄ちゃんの名前を?ダニー・・・あなたもしかして、お兄ちゃんの行方を、知ってるの・・・?)


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