10.深夜の採取へ!
「・・・結構登ったわね・・・」
順調に行程を進んできたケイトリンとダニーは、山道を少し登ったところで立ち止まった。遠くに、アリステニアの街の灯りが見える。
肩で息をするケイトリンを尻目に、ダニーは顔色一つ変えずついてきた。
ふと、山麓にそびえる大きな屋敷に目が留まる。
灯りがついているので、誰か暮らしているようだ。
「あれは・・・?」
「あぁ、あれはね、このアリステニアの領主様のお屋敷よ。」
「領主・・・」
「うん。」
月明かりが反射してキラキラと輝くケイトリンの瞳が、ダニーを見上げた。
「ヴィンセント·ランドルフ様といってね、6年前の百日戦争で王国を勝利に導いた若き英雄。表に出るのが好きじゃないらしくて、街の人はほとんどその姿をみたことないんだけど、リリー・・・えっと、わたしの友達の占い師は、時々助言を求めて招かれてるみたい。」
「ほー・・・」
「どんな方なのかはよく知らないけど、みんな豊かに幸せに暮らせているから、良い領主様なんだと思うわ。あなたの暮らす街はどんな方が治めてるの?」
「・・・さぁ、政治のことはよくわかんねー」
「・・・そうでしょうね」
ケイトリンには、この粗野な船乗りが政治に明るいとはとても思えなかったので、それ以上深く聞くのはやめた。
「先を急ぎましょ」
「そうだな」
その時、がさりと近くの茂みが鳴った。
咄嗟にダニーはケイトリンを手で制し、一歩前へ出て庇いながらあたりを伺う。
「へへへ・・・」
低く下卑た笑い声をあげながら、男が4人姿を現した。
「こんな時間にどこへ行く、おふたりさん?」
「金目のモン置いていきゃあ、命までは取らねぇよぉ」
刃物をちらつかせながら二人を取り囲むように迫る男のうち一人が、ケイトリンのフードを後ろに引っ張った。
「あ!」
「へぇ、まぁまぁだな。おい兄ちゃん、女を置いておけばあんただけ見逃してやるぜ?」
ケイトリンはぐっと睨みつけると、ベルトに下げておいた護身用のナイフに手を伸ばした。が、それより少し早く、
「ぐぁっ」
瞬間、ダニーの金の瞳がゆらりと輝くと、夜盗たちは次々に倒れてく。
「うそ、素手で・・・?」
「行こう」
一瞬のことに呆然とするケイトリンの手を引くと、ダニーはその場から離脱した。
「待って・・・も、もう、走れない・・・!」
山道を駆け上るうち、先に音をあげたのはやっぱりケイトリンだった。
ダニーがスピードを落とし立ち止まると、ケイトリンは苦しそうに息をしながら膝に手をつく。
「大丈夫か?」
「・・・全然大丈夫じゃないよ」
息を整えながら、ダニーに尋ねる。
「王国軍にいたっていう話、本当だったの?」
「嘘ついてどうするんだ?」
呆れ顔で答えるダニーを見ると、うぐ、と言葉が詰まってしまう。
「・・・冗談だと思ってました・・・」
「ちょっとくらい俺を信用しろよ」
「あはは・・・強かったね。すごかった」
バツが悪そうに笑って褒められると、急に照れが出てくる。
ダニーはケイトリンのフードを、力任せに被せた。
「なぁに!?」
「・・・まぁまぁって何なんだよなぁ、まぁまぁって!失礼な奴らだ全く!」
ケイトリンがフードを丁度いい位置に整えると、穏やかな金の瞳と目が合った。
「怖かったな」
大きな手で頭を撫でられ、さっきの出来事はただの悪い夢だったんじゃないかと思えてくる。
「・・・怖くないよ、あなたがいてくれる」
ケイトリンは、ダニーにぶっきらぼうに手を伸ばす。
ダニーは小さく笑うと、その手を取り歩き出した。
少し歩くと、遠くでよく響く伸びやかな音が聞こえた。
――狼の遠吠えだ!
思わず顔を見合わせ立ち止まると、ケイトリンは急いでポシェットから小瓶を取り出し蓋を開ける。
また遠吠えが聞こえる。それに応えるように別の遠吠えがふたつ、みっつと響く。
指を鳴らし瓶に光を振りまくと、遠吠えは夜風の香りと一緒に小瓶に吸い込まれていった。蓋をし次の瓶を開ける。そうして次々と、遠吠えを採取していった。
「随分採れたな」
「うん、これだけあれば当分困らないわね」
ケイトリンは満足そうに微笑んだ。
「あなたのおかげよ」
何だかとってもいい雰囲気だ。
ダニーがそっと手の甲でケイトリンの頬に触れると、ケイトリンは少しだけ困ったように目を伏せた。
がさり。
また茂みが鳴る。
「!!」
さっきの連中が気づいて戻ってきたか・・・?いや違う。荒い息と低い唸りが聞こえる。
「・・・逃げるぞ」
ダニーが囁くと同時に、黒い影がこちらに猛スピードで突進してきた。
大きく開けた口からは鋭い歯がのぞく。
「ちぃっ・・・!」
間に合わないと判断すると、ダニーは剣を抜き、影に切りつけようとした。が、硬い体毛に弾かれ剣は茂みに消えてしまった。
月明かりが正体を照らす。
2m以上ありそうな巨大な熊だった。
唸り声をあげ、鋭い爪を持つ手を振り上げる。ケイトリンめがけて。
足がすくんで動けないケイトリンを突き飛ばしたダニーは、逃げろ!と叫んだ。
スローモーションに見える。
振り下ろされた熊の爪が、ダニーの背中を深く抉った。
「ぐぁ・・・!」
ダニーはその場に倒れ込んだ。
「ダニー!!!」
薄れる意識の中、ダニーは、初めて名前を呼んでもらえたな、と思った。
「いや、ダニーしっかりして!!」
熊はケイトリンを見ると、唸りながらゆっくりと近づいてくる。
あまりのことに動けなくなってしまったケイトリンは、もう終わりだと目を閉じた。