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プロローグ

「あなたは死にました」


 聞き慣れない言葉にオレは首をかしげる。


 そもそも、ここはどこなのだろう。煌びやかな光が諸所で彩っていて、青や赤など薄いあざやかな光が周囲でキラキラと輝いている。

 だけどただ純白な、空虚な部屋で、どこまで続いているのかも分からない。壁らしきものもなく、ただ際限なく広がっている。

 ここは、どこなのだろう。


「You Is Dead!」


「ちょっとちょっと、日本人ですからさっきの意味で分かりますよ! あとBe的な動詞がおかしいですし、それから」


「……あまり面白くない突っ込みですね」


「ボケにしないで、オレの死をボケにしないで!」


 やはり、そういうことなのだろう……か。

 どうやらここは、死後の世界みたいだ。

 状況を整理するに、いや、状況は全然呑みこめていないんですけどね。

 目の前にいる女神様的な神々しさを放つ女性の方。どこか浮世離れしたように感じる不思議な空間、そして唐突に宣告される実感のない死。

 オレはおそるおそるという手つきで、自分の左胸に触れる。その振動はとても静かで、何の揺れも感じない……マジかぁ。


「天国はとても良い所ですよ」


 不安に駆られていたオレだったが、その優しい声にはっとなって彼女を見つめた。


「充実した娯楽施設に、年齢揺り戻し機能、現実では出来なかったアブノーマルな……せ、せせ、せいへ……を叶える空間、食べ物ドリンク全て選び放題。どんな欲望も満たされますよ」


 一部、顔真っ赤にしてまで言う。その必要はあったのだろうか。死の世界に送られて焦っていたのに、急に頭が冴えてくる。


「死が終わりじゃないんですか?」

「もちろんですよ。天国に行かれたら、転生することだって出来ます。人間の世界で善行を積んだ方には、それなりのポイントを維持して新しい誕生に挑むことも出来ますよ」

「お、おおー!」


 女神様、満面の笑みでニッコリ。

 なんてことだ、素晴らしいじゃないか死後の世界。

 生きている間は悩みとか不安とか、結構あった気がする。オレってこんなんでいいんだっけとか、下らないことを考えては立ち止まっていた気もする。決して幸せな世界ではなかった記憶とかそんな感じのこともあるけど、満喫した日々を送れるなら生にしがみつくことを忘れて、新しい第一歩を踏み出すのも悪くは、うん、むしろそれはとってもハッピーなことで……


「あんなことしたいなぁとか、こんなことしたいって、色々あるのですが」


「大切なことですね」


「現実では叶わなかった願望、たくさんある! 幸せの形、いくら追い求めたい! ああ、なんて素晴らしい! どれから選べばいいんだろう、どれから選べばいいと思いますか!?」


「まぁ、あなたが行くのは地獄なんですけどね」


 ……。

 …………。


「はぁぁぁぁぁぁあ? ちょっとちょっと、説明! どうしてオレが地獄に行くんですか!」


「え、え、わたしまだボケてもないのに突っ込みなんて……」


「お笑いから離れて! しかも夢も救いもないこと言いましたね! さっきから天国で幸せな生活が待ってるとか何だ説明して、オレには地獄行けって……!」


「仕方ないじゃありませんか。この世は光と影、表と裏、野球とクリケット。幸せには犠牲が付き物です。あなたが不幸を享受する代わりに、誰かが幸せになる。そう考えれば、自ずと幸せが見えてくるはずです。前向きが大事、日進月歩、満塁ホームラン!」

 

 幸せだなんだと、急に小難しい話を繰り出してくる女神様。

 そう言われても、中々受け入れがたい。納得しがたい。だって肝心のオレは地獄に落ちるわけだから、ネーミングからしてとても幸せな生活が待っているとは思えない。……こんな考えだから地獄に落ちたのかな。哀しき本性。

 ていうか、野球が好きなのね女神様。さりげなくクリケットを影側に加えているし。


「えと、えっと、それ取り消せないんですか? だってほら、オレ犯罪とかは特に」


「……」


「犯した覚え、ないですし……」


「……」


 ……そんなに微妙そうな顔をされると、とても困ります。

 まさか、そんなはずはないですよね。犯罪者だなんて。

 考えてみると、記憶があやふやだ。オレはなんで死んだんだっけ。


 一番新しい記憶を掘り返してみる。思い出されるのは、学校へ行く前の記憶だ。そう、オレはありふれた高校生だった。


「やめた方がいいですよ、思い出すのは。女神様からのありがたいご忠告です」


 朝、妹に起こされて、薄焼きのトーストにたっぷりバターをつけて食べる。ドタバタと急いで靴を履いて、最寄の駅へダッシュで駆け込み勢いのまま電車へ。乗った先は満員電車、窮屈な車内をぎゅうぎゅうに押されながら、オレは……見たんだ。


「そう、あなた……あなた電車の中にいましたよね」


「たた、他人空似では? うん、そう、他人の空似。世界中に女の子はいっぱいいるから、うん」


 そうだ、オレは見た。

 制服姿で車内にこじんまりと身動きの取れない女の子。満員電車に慣れていないのか、カバンをぎゅっと抱きしめ、車内の揺れに身を任せることしか出来ない。奥ゆかしいその姿は、初見なのに思わず見惚れてしまうほどだった。

 

 だけど、もう一人、サラリーマン風の男。黒縁のメガネを掛けた、およそ25、6の大人。その人も見ていた。彼女を見透かすように、ただ見つめて……行動に出た。

 卑猥な手つきが、少しずつ少しずつ少女の下半身に追っていく。密着状態の混乱した場を良いことに、相手の意に反する最低な行為に出ようとする。


 ――痴漢、はいか……許せない。


 オレは止めようとした。距離が近かったわけでもない、遠かったわけでもない。ただ、見ていた。不幸なことに、見ているのはオレだけだった。だから、善意に操られるように傍に駆け寄って、人と人の間隙を縫って寸前で止めようと試みた。


『きゃぁぁぁあああ痴漢!!!』


『ぐわっ』


 違うのに。違うのに……オレじゃないのに。

 オレはただ未然に防ごうと割って入っただけなのに。

 その女神様みたいな女性を、助けようとしただけなのに!


「あなた、絶対居ましたよね! 痴漢されそうになっていて、そしたら……」


「ええ、あなたは間違えたわたしに突き飛ばされ、そのまま手すりに後頭部をぶつけて即死」


「……」


「ついでに、痴漢の軽犯罪付き。よって地獄判定を受けたのです」


 なんてことだ……。

 ついでという言葉がとても痛々しい。確かにオレは善行を積んだ覚えはないけれど、それほど規範から外れた行為を働いた覚えは……うん、たぶんない。自信を持って言えないことは悲しいけれど。

 けど地獄に行くということは、生きている間に悪いことをしたからであって。


「でもほら、神様は見ていると言いますし、あれ冤罪じゃないですか。何とか取り消してもらったりとか……」


「決めるのわたしではありませんし、無理ですよ。あなたは企業の面接官が、四年間の活動をペライチ以外で見れると思っていますか? 犯罪歴がある=社会の害、これ神様界の常識なんです」


「あ、あなたが口添えしてくれれば、もしかしたら……」


「『満員電車』に憧れて現世に遊びに行ったことがバレてしまいます」


 憧れるような、空間ではないと思う。

 ていうか突っ込み突っ込み騒いでいたけれど、この女神様、色々突っ込みたくなるぐらい変だな。センスが現実離れしているというか、オレは段々そちらの方が気になってくる。


「面倒になって来たので、ちゃっちゃと決めましょう」


「面倒って言った! ちょちょ、人の将来采配する時に投げやりな感じは良くないと思いますよ!」


「あなたは何の力も持たない無垢な赤子同然。一介の高校生で特に目新しい能力も無く、学力も平均以下。むしろ赤子の方が希望を持って生まれますから、今の半ば成熟したあなたは赤子にも劣る……」


「言い方! オブラート忘れてる!」


 怒涛の罵詈雑言に思わず身をすくめる。

 少し涙目で言ったオレだったが、なぜか女神様はしてやったりという表情を浮かべている。むほんという言葉が聞こえてきそうだ。

 なぜだろう、罪悪感とか持ってないのかな、女神様は。人を勘違いで地獄行きという運命に導きながら、どうして平然とこのような仕打ちが出来るのだろうか。


「あなたに勇者の剣を授けてみようと思います」


 ……

 …………


 ほう。

 なんだそれは。ロマンのある語感に、喉を唸らせる。

 今勇者の剣と言いましたか。聞きましたか奥さん、なんか死世界の八百屋の女亭主的な人が、勇者の剣と言っていますよ!

 これは期待できる。いや、期待しか出来ないのではないか。


「世界に一振りしかない刀。これで、ある世界の魔王を倒して頂けませんか?」


 突如、巨大な光が顕現し、視界を眩い輝きが襲ってくる!


「うわっ、眩しい!」


 目を閉じている間に、辺りに再び緩やかさが戻る。

 眼前には、とんでもなく美しい剣が床に突き刺さっていた。


「この剣で、魔王を倒して頂けませんか?」


「やりましょう」


「即答ですか……」


 思えば、オレは長らくこのような顛末を待っていた気がする。


「魔王を倒した暁には、善行ポイントも上がり、天国にも行けるでしょう。行きなさい、仮初の勇者。あなたは魔王を滅ぼし、本物の勇者となるのです!」


 うおおおおおお!

 盛り上がってきた!

 魔王のいる世界、異世界ファンタジー。描かれた魔法陣にオレは、ワクワクする気持ちを抑えられないでいた。

 オレは勇者になる。自分の手で、新しい自分を手に入れるんだ。それが血肉となって本当の自分になっていく!


「……」


 いや、だから女神様。

 どうしてそんなに、そわそわした様子で見ていらっしゃるのでしょうか。

 まるで、他に言いたいことがあるみたいに――。


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