空飛ぶ機巧兵
朝食を作るのも面倒なので、アレンはゲッセルの食堂に行こうと提案した。頭がまだ寝ているような状態のアゼナを除いて全員が賛成し、ラデルが会話の術式でユアンにそのことを伝えた。
ゲッセルの食堂は時間が時間なだけに空いており、七人はカウンター席に陣取った。しかしやがて、勇者一行の行方が出回ったのか、食堂は有り得ないほどの集客力を見せた。ゲッセルはかなりご満悦である。
朝食は軽いものなので、一刻ほどで食べ終わった。
そのとき、レフがぴくりとした。アレンは妙に思って彼女を見たが、彼女は何か考えているようでそれに気付かなかった。
「次はどこだっけ?」
ユアンが言って、ラデルが答える。
「この次のヨードの町――機巧兵の被害は多いよ」
それを聞いて、ゲッセルは意外そうにした。
「もう行くのか?」
アレンは肩を竦める。
「そりゃあな。どの町でも、二日留まることはねえし」
ゲッセルは食い下がった。
「故郷だろう?」
眉を寄せ、アレンはゲッセルの目を見て言った。
「だから? つい先日に責められたばっかりなんだよ。俺たちが長く留まっていると効率が悪い」
それから、物言いが冷たかったかと思い、言い足した。
「そりゃ、ここで大変なことが起こってたらいるけどさ」
ゲッセルがしゅんとして、「そうか……」と呟く。
食堂の入り口の扉が開いて、幼く明るい声が挨拶した。
「やあ、おっさん」
真っ先にレフが振り返った。
ゲッセルもそちらを見て、朗らかな声を上げた。
「おお、イアドか。今日も早いな!」
「まあねー」
言った少年――イアドは、十二、三歳で、アレンは昨日ゲッセルが言っていたなと思ってそちらを見た。金髪に青い目の、利発そうな子供である。ゲッセルも可愛く思っているのだろう、目を細めている。
しかし、ひどく冷静にレフが言った。
「機巧兵です」
アレンは瞠目した。レフは醒めた目でイアドを見ている。
疑うことは欠片もせずに、アレンたちは素早く立ち上がって身構えた。各々、雰囲気ががらりと変わる。ただ、アレンは呟いた。
「――人間にしか見えない――」
レフはイアドを馬鹿にした目で見た。
「そうでしょうね」
感知は少し前からしていた。ただ、ルイではないかと思ったからこそ放置していただけである。
「ガ――機巧兵?」
ゲッセルは愕然とした声を出した。周囲の人々も困惑している。冗談だと笑い飛ばさないのは、偏にアレンたちの醸す殺気のせい。
「そんなわけがあるか。その子――頭おかしいんじゃないのか」
ゲッセルは笑おうとして、笑えていなかった。
アレンは射るような目で彼を見た。それだけでゲッセルは何も言えなくなったが、アレンの声は絶対零度の冷ややかさで響いた。
「黙れ。おまえはどうせ何も分かってない」
アレンがイアドに目を戻すと、イアドは満面の笑みを浮かべた。
「……うわあ、驚いた、アイゼルトですね。ここにいるとは知らなかったな――知ってたら避けたんですけど」
それから自身を見下ろして。
「上手く出来てると思うんですけど、すぐ分かりました? やっぱりアイゼルトは違うなあ」
それから、殺気を剥き出しにするアレンたちを見てから、レフに視線を戻してやんわりと笑って言った。
「彼らを止めてくださいね。僕、命令に従ってここにいるんですよ。そのときのためです」
「大掃除」のときのことだとレフだけに分かった。レフは素っ気なく言った。
「黙りなさい。耳が汚れる」
イアドは面食らった顔をした。
「え? でも――」
「斬ってください、アレン」
レフが言うと同時、イアドは呟いた。
「貴女は僕たち側のはずだ」
アレンは抜刀しながら目を見開いた。それを見て、レフが少し辛そうに目を細めた――それで十分だった。
レフがアレンに疑われたことを辛く思うなら、レフはアレンの味方だ。
「黙れクソ餓鬼」
アレンは低く言い、鋭利を起動した。
「+【鋭利】+!」
この少年も機巧兵である以上、固いことは間違いないだろう。イアドは剣を避けて跳び退って、レフの方を目を見開いて見た。
「この――このこと所有者に報告する!」
イアドが叫んだ。瞬間、レフが無詠唱で彼の脚を拘束した。イアドもまた全力でそれに抵抗し、戒めを砕いて走り出そうとする。刻印は衣服に隠れる位置にあるのか見えず、それがまた彼を人間のように見せていた。
アレンが追い縋るが、イアドは掌に撃孔を開いてそこから圧縮した空気を押し出し、逃れた。ユアンとラシュカの立て続けの攻撃を捌く。アゼナは狭い屋内なので、得意の俊敏性が活かせず、動くに動けない。
「所有者が誰か知ってるんですかっ!?」
イアドは怒鳴り、レフはそれを睨んだ。
「――知っている。もう全部聞いた。だからここでわたしの意思を知ったおまえを生かしておく訳がない!」
レフが機巧兵を相手に焦ったのを見たのは、これが初めてだった。
(レフ――命令系統ってやつを知ってるのか?)
アレンは眉を寄せる。
(何で俺に言ってない?)
イアドは身を翻した。
「じゃあ捕まえてみて、末の北のお姫様。僕にはそのときのために召喚の権限だって与えられているんだけど」
あらゆる妨害を掻い潜って外へと走り出したイアドは叫んだ。
レフが機巧兵を呼ぶときを彷彿とさせる悲鳴だった。レフが低く彼女たちの母語で悪態を吐き、外へと続いて出た。
町を覆うように影が差した。巨大な何かがイアドの声に応え、町の上空に姿を現わしたのだ。
アゼナがぽかんとして呟く。
「あれ――機巧兵?」
レフが苦々しげに肯定した。
「そう」
イアドは空を見てから、レフを見た。
「やってみて、お姫様。貴女なら簡単かな?」
レフは感情の窺えない目で彼を見た。
アレンは空をもう一度見て、自分を納得させるために言った。
「機巧兵って――空を飛ぶのもあったのかよ……!」




