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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
1 記録の中の姫君
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伯爵子息の受難

 アレンは数秒間絶句し、ユアンと目を見合わせ、それから言った。


「えー、使者の任を賜ると、そういうことですか?」


 国王は頷き、慎重な声で言った。

「北へ向かい、そこから〈記録〉へ入ってほしい。本来ならば余が自ら向かうべき処であるが、それも出来ぬ状況になってしまった」



 なんだこの展開? と思ったアレンは正直に言った。

「畏れながら、陛下――近衛兵に務まる任務では?」


 国王は眉間に皺を刻んだ。それでいてアレンの、自分たちは近衛兵にも出来ないことが出来るという、言外の主張に満足したようでもあった。



「それが出来るならばさせておるわ。そもそもこの火急の事態、余も既に何組か北へ向かわせた。しかし一人として辿り着けぬ。機巧兵は大陸四方、及び中央に中心的に現れている――道中に命を落としたようだ。魔術師たちに転移の術を使わせようにも、空間が繋がらないとか。――まあ、彼我の力の差、と言っていたが」


「……そこに何があるか、お伺いしても?」


 アレンの言葉に国王は顔を顰めたが、気を悪くした訳ではないらしい。ユアンは転移をも妨げるものの存在に、かなり好奇心をそそられているようだった。


「――心当たり……伝え聞いたことはあるが、具体的には分からぬ。ただ、そこにあるモノにはこの災厄を鎮められると」



 詐欺じゃないのかと思ったアレンとユアンは、相手が国王でなければこの話を一笑に付していた。


 そんな都合のいい話は御伽噺にのみ存在するものであって、実際にあれば苦労はしない。大体、伝え聞いたということがそもそも怪しい。話が古ければ古い程、信憑性は落ちる。




「はあ……。例えばどのように」


 アレンは無鉄砲にも訊いてしまい、ユアンが眉を寄せて注意を促した。しかし国王はさして気にもならなかったらしく、ぐるりを手で示した。



「この石柱、これは本来ならば魔法陣だ。起動させることさえ出来ればその結界で首都くらいは守れる――しかしこの国の最高の魔術師でさえ、反応すらさせることが出来ぬ。例えばこれを起動させる力――同じようなものが他にもあれば、機巧兵をやり過ごせる」


 なかなか理論的だ、とアレンは石柱を見るが、ユアンの方は目の色を変えていた。アレンは嫌な予感にひやりとした。



(あ……、ユアンの魔具熱が)




 悪い予感はぴたりと当たった。



「すると、この石柱は術者を使わずにそれのみで結界を立ち上げるということですか。とすれば魔力をどこかに貯めているはずですが、それはどこに? 規模も相当に大きいようですが、本来の規定術幅(スケール)を大幅に超えていますよね? どのような仕組みで拡大を? 規定内での術を、更に拡大させる呪文が含まれているか、規定を変えてしまっているかですよね。しかし規定を変えるのはかなり難しいはずで、もしも万術の法(アーデルトゥア)を抜けるやり方だとすれば―――」


「ユアン黙れ!」

 アレンが怒鳴りつけ、玉座を見上げた。


「失礼しました! こいつは魔具に取り憑かれていて――いえ勿論比喩的な意味で、ですが……」



 が、アレンが驚いたことに、国王は笑みを浮かべていた。

「いや、良い。――ユアン、答えてやりたいとは思うが、余にもよくは分からぬ」



 ユアンはがっかりしたようだったが、尚も浮き浮きした様子で石柱を眺めている。アレンは不敬罪を免れたことにほっとしつつ、言った。


「その〈記録〉って何ですか?――えー、どうやって行けば?」



 国王はアレンに視線を移した。

「〈記録〉は、その名の通りのものであるはずだ。ただし空間としては万術の柱(アーデルセア)に支えられているらしい。行き方については――北方エーデラ領に入口があると」


 万術の柱とは何だろうとアレンは思ったが、ちらりと見たユアンがものすごく興奮した表情だったので、後で訊こうと棚上げにした。それからアレンは一瞬考えたが、ものすごく疑わしそうに言った。



「陛下。その入口、複数あったりするのでしょうか……その入口が大陸の東西南北中央にあったり?」


「そのように聞いているが?」


「機巧兵もそこに出てるんですよね? それって思いっ切り、その〈記録〉と機巧兵が関わりあるってことですよね?」


 国王はまた、軽く笑った。


「左様。余は、機巧兵が、己を壊すモノを警戒するためそこに現れたと思っている」

 なるほど――と、アレンは頭の中で情報を整理する。



 機巧兵に対処しなければ国が危うい――大陸が危ういだろう。そのために自分たちは呼ばれ、任務としてはエーデラ領に行けばいいらしい。そこに入口の一つを持つ〈記録〉には、機巧兵をも圧倒する何かがあるということらしい。また、その何かを警戒するかの如く、入口付近には機巧兵が多数――。




 行くことは最早命令だろう。あとはこちらの要求を通せるか、である。


「――行くとすればですが、陛下……旅費が」

 アレンは言ってみた。多少意地汚くとも、所詮は一庶民である。国王はまるでつまらないことを聞いたかのように手を振った。


「そのようなもの。手形の発行を命じてある」


「道中、さすがに二人では厳しいかと」


 国王は眉を顰めた。

「近衛からなり、騎士団からなり――連れて行くとよい。余の勅令であると言えば断る者はおるまい」



 アレンは居住まいを正した。これが彼の最大の要求だったからだ。



「陛下。俺――いや私たちが帰って来られたとします。その時、機巧兵が完全に征討されるまでに間があるとしたら――、私たちが他の国でも必要とされるようであれば、派遣してくださいますか」



 我ながら少し口調が硬くなったと思う。


 国王はしばらく、じっとアレンを見た。


 


 アレンは気圧されそうになった。それは一国を背負う者の眼差しであり、険しい展望を見据える年長者の目であったからだ。しかし自分の大義を信じて目を逸らさずにいると、国王はやがて言った。



「良かろう……約束しよう。ただし余が命じた任を終えるまでは情に流されることなく遂行せよ。それがより多くを救う方法と心得るよう」


 アレンはもう一度頭を下げた。



「はい!――謹んで拝命仕ります」



 ユアンが続き、国王がやや疲れた声音で告げた。


「退出を許す」



 礼をすべきか迷い、しておいて悪いことはないだろうと思って頭を下げ、立ち上がって踵を返す。謁見の間の巨大な扉は一人の力で簡単に開き、二人の退出を見た兵たちが中に戻り始めた。一糸乱れぬ動きである。






 廊下に出たアレンは最初に訊いた。


「万術の柱って?」


 ユアンはぱっと顔を輝かせた。

「一番古い術式だ。けど再現不可能で、残っているとは知らなかった。アレン、感謝する、まさかこんな貴重な体験が出来るとは思わなかった」


「いや、で、何なんだよ?」


「広範囲の魔法陣だよ。魔法陣の術幅は術の種類で規定されているけれども、万術の法は最もその範囲が広く、視認の範囲を超えているから法である訳で。二番目が万術の柱だな。万術の法と違って書き換え可能、解除可能、――まあこれは万術の法が例外であるだけなんだが。まあ、術としてはここ以外の空間を設定、運営する方法で、維持するのには莫大な魔力が必要なはずだ。この目で見られるとか夢みたいだなっ、なっ?」


「あー……」


「けどこの術、弱点があって、規定される入口が塞がれたり壊されたりすると内側が腐っちまうの。それをどう回避するかも腕の見せ所なんだろうけど、今の人間とか機巧人だと魔力が足りないんだよなー。ついでに魔法陣だって一国くらいの面積は余裕で取るんだろうし、不可能なんだよなぁ……。そんな古代の遺跡みたいなの、いやむしろ伝説みたいなの、自分で見られるって凄いよなっ。いやー楽しみ。断らなくて良かったー」


 でもどうせなら入口を全部見たい! などと浮き浮きと語るユアンから、アレンは微妙に引いた。


「はあ。で、同行者集めの方なんだけど……」


 アレンが現実的な問題を呈示すると、ユアンはむっとしたように余所を向いた。


「勝手にしてろよ。俺、書庫かどこか貸してもらって詠唱とか見てる」


「いやいやいや。おまえとの相性もあるだろ」


 もっともな意見にユアンは顔を顰め、面倒だと言い放つ。しかしアレンは断固譲らず、ユアンを引き摺って行った。




 結果、どこに行っても思い切り避けられた。



 よく考えると当然と言えば当然、アレンたちは死地に赴くわけである。進んで名乗り出るような者たちはとっくに派遣され、そして道中で尽きたのだろう。


 ただ、魔術師たちの中には、田舎までわざわざ魔術師が出向いてまで指導を施したことがあるということを知っていた者もおり、「きみがユアンくん!?」「あ、師匠のお知り合いで?」という遣り取りが何度かあった。しかしユアンは書庫に行きたそうにしているし、視線は冷たいしでアレンは怒り心頭に発していたが、とうとうユアンを解放してやった。嬉しそうに走って行くユアンを見て、内心でいいなぁと零す。



 しかしとにかく生きて入口に辿り着けるだけの戦力は要るのだ。正直なところ、首都までの道中で遭遇した二機を――同時にでもなかったが――捌くのに、アレンもユアンも余裕は全くなく、むしろ接近戦を担当するアレンに至っては、火事場の馬鹿力を発揮したことを否定しがたい。つまり今のままでは機巧兵一機に対し二人で互角、いやそれ以下ということである。


 それでも、通常十人がかりで一日以上を掛けて機巧兵一機に対処することを考えれば、多少の援護を受けたとはいえ二人で機巧兵に対抗するのは異例中の異例だった。







「あー……やべえ」

 

 

 言って、アレンが座り込んだのは数多ある中庭の一つの四阿である。


 中庭には黄に紅に木の葉を染める木が、高さを抑えられつつ一列に並び、その根元を、木々を慕うようにせせらぎが流れていた。四阿の周囲は粒の揃った砂利で、木々の周りの柔らかな苔とは一線を画している。


「くそっ……、庶民に何でも押し付けてんじゃねえよっ……」

 自棄気味に呟くと返答があった。

「庶民が偉そうな口叩くなよ」


 一瞬硬直したあと辺りを見回すと、誰も居ない。


「空耳……」


 疲れたかな、とアレンは己を労わる。が、


「悪いけど違う。もうちょっと右に座ってて」

 明瞭な男性の声が言った。



「あ、はい。すいません」

 と真面目に反応してから、アレンはぽかんとした。その表情が見えたらしく、相手の声がやや慌てた。


「あ、いや、驚かせて申し訳ない。実を言うと今魔法陣の作動を確かめていて、声と視線はそっちに行っている」


「はあ」

 と言ってから、天啓のように閃くことがあった。

「あんた、魔術師!?」



「まあ……」

 一集団の中に含まれる魔術師の数は三人が最低限とされている。攻撃色、防御色、回復色である。攻撃色と防御色はまとめて戦闘色ということもある。ユアンは今まで攻撃色できていたのでそのままにするとして、あと二人がどうしても欲しい。



「何が得意?」


 声は一瞬考えた。

「……押し並べて」


 やった! と小躍りしつつ、アレンは身を乗り出した。


「お兄さん? 今どこにいるんだ?」



「……なぜ訊く」


 アレンは極上の笑顔を浮かべた。

「一緒に来て欲しくて」




 声は疑わしげになった。

「――きみが……噂のアレンくん?」


「そうだよ」


 声は非常に事務的に言った。

「いや、救国の英雄とは存じませず失礼を。こちらの確認は終わりましたのでこれにて」



「待って待って!」

 アレンは叫んだ。

「何でもするから同行して! ホントやばいんだって!」


「他を当たられましては」


「嫌だ! 避けられ続けて心が折れてるよ! 頼む!」


 ここではたと気付き。


「あ、申し遅れまして。レイファから参りましたアレンです」

「ラガーザ伯が次男、ラデルです――あ」


 相手は「庶民が偉そうな口を叩くな」という発言から推して貴族、ゆえに社交界に進出している可能性大、名乗られれば答えるはず――という思惑は成功した。



 アレンはにやりと笑う。


「ラデルさん。また人に所在をお聞きして伺います」

「わ――っ!」



 ラデルは悲鳴を上げた。恐らく、「人にアレンが自分の所在を訊く、噂が立つ、外堀を埋められる」と、電光石火で思考が繋がったらしい。


「言う! どこにいるか言うから来るなっ――て、無理か……」

 ラデルの声音が項垂れていた。


「無理だな」


「じゃ、そうっと来て。こそっと。な? いいだろ、なっ?」


 必死の形相が目に浮かんだ。アレンは、避けられ続けたためにこの一日で急速に育ちつつある種の笑顔を浮かべた。



「そうっと伺いますよ」





□□□□□□□□□□□□□□□□






「何であの四阿にいるんだよっ!」



 アレンに自分の所在を告げた後、ラデルは机に突っ伏した。机の上には羊皮紙がうず高く積み上がり、それに囲まれるようにして机の上には空間が辛うじて残っている。そこに置かれた真鍮のインク壺はおよそ貴族の所有物として相応しくない。また明かりとして使うのだろう角灯もあるが、燭台でないのに違和感を拭えない。



 王宮に数多ある離宮の一つだが、奥まっていて誰も使わない。それをいいことに父経由で国王の許可を取り、勝手な研究のために使っている。一階の本来は応接室である部屋をこのように使っており、他は殆ど放置している。



 あの中庭は、ラデルが好んで使う場所の一つだった。人通りが少ないので、魔法陣の動作を確かめるのにはちょうど良かったからだが、まさか――。


「今日は止めておけば良かった……」



 がしがしと頭を掻く。項で一つにまとめてある金髪があっと言う間にぐしゃぐしゃになった。

 はあっと溜息を零した彼の容貌は、控えめに言ってもかなりの美形の部類だった。華やかな顔立ちの中で金茶の目が輝き、義務として出席するパーティでは、未婚の二十歳ということもあってダンスの相手に困ったことがない。もっとも本人は、魔導の研究を未来永劫続けていたいと思っているのだが、作り笑顔も花なのだった。

 父伯爵はこの次男の性質にうんざりしつつも、長男の優秀さに免じて見逃してやっている状態である。しかし資金を出すはずもなく、ここにあるものは、ラデルが自宅から持ち出した少数のものを除けば、彼自身が身分を伏せて城下で売り歩いた自作の魔具の報酬で買ったものである。


「ほんとに来るのかな……」


 呟いたラデルは身震いした。



 国王が国の北方に人を派遣するのは初めてではない。近衛小隊を遣わしたこともあるが、結果は撤退。しかも、出発時の半分以下の人数になっての撤退だった。機巧兵が多過ぎたのだ。それでも向かった猛者や英雄たちが、悉くその前を妨げられ、命か信頼かを犠牲とした。


 噂によれば転移陣も上手く働かないらしい。恐らくは繋げようとした先に存在する魔力が強過ぎるのだ。それゆえに術が正常に働かない。それならばと近くに繋げようにも、対象の名称を術式に組み込むことすら出来ないらしい。最寄りの町に転移した将軍とその部下たちは、そこに大量にいた機巧兵たちと出遭い、全滅一歩手前にまで追い込まれたという。直接赴くには、もうとんでもなく危険な場所ということであった。




 そんな中で国王が招喚した、アレンという青年の名前はこの数日よく人の口に昇っていた。それによればアレンというのは、レイファという田舎町の出身ながら、その不完全な装備で機巧兵を倒した天才だという。勿論これから死地に赴くために召喚されたのだろう。

 同行なんて論外だ! とラデルは内心で絶叫する。が、ここで最大の壁となるのが家門の名誉だった。代々優秀な人材を輩出してきたラガーザ伯爵家の次男が、国の危機に於いて救国の英雄と目される人物の頼みを断ったなどと、万が一にでも誰かの耳に入れば、伯爵家の威信には拭いがたい汚点となる。



 なぜ名乗ってしまったのか……、ラデルは己を責めた。いや、何が得意かと訊かれた段階で相手の正体に気付くべきだった。近衛の新入りかなとか、無理に己を納得させるべきでなかった。いっそ、得意なことなんてないとか、何をやってもそこそこで、とか答えるべきだった!



 悶々としながら目の前に魔法陣を書く。しかし集中力が足りなかったせいか、魔法陣は効果を発揮せず、余剰分の魔力が光になって放たれ、異常に眩しい光を発して消えた。ラデルは思わず目を固く閉じる。定められた効果を発揮しない魔法陣の発光現象は、正常に魔術が働くときの比ではなく、その魔法陣の規模が大きければ視界を奪うほどのものである。



 うう、とラデルは呟いた。




 後悔に悶絶するラデルの前にアレンが現れたのは夕刻だった。そんなに距離はないはずだったが、ここがあまりに奥まっていて途中で道に迷ったらしい。

「辺鄙な所だなー」

 などと抜かす。ラデルは殺意を覚えたが、錯覚ということにしておいた。というかこちらは貴族である。しかも爵位持ち――第三位の爵位を持った家の者である。なぜ敬語を使わない、と、あらゆることが気に障り始める。


「勧める椅子もありませんが」

 ラデルは言って、注意深く相手を見た。


 心が折れていると本人は言っていたが、実際のところは心が荒んでいっているらしかった。避けられ続けているとも言っていたが、それはそうだろう。彼を避けられた一人と立場を交換したいと切実にラデルは思った。


「すげえ質素なんだけど……、あんたホントに貴族?」


「そうだが……」

 ラデルは言って、どうやって断ろうかと危惧する。アレンはラデルの正面に立ち、羊皮紙の山越しにラデルと話そうとするようだったが、羊皮紙を見て声を漏らした。


「うわー、すっげえー」



 認めたくはないがこのとき、ラデルは相手が魔術に興味があるのかと、一瞬期待した。相手が魔術師ではないのは一目で分かるが、世の中には非魔術師の研究者もいると聞く。



 しかし。



「何書いてるか全然分からねえけど」


 とアレンが続けたことでがっくりきた。しかしアレンは嬉しそうに言う。



「こんなに勉強してるとか、あんた相当凄いんだろうな!」



 謙遜しなくては!



「いや……別に」


 何とかしてこの苦境を脱さねば、と思うものの何の手段も思い浮かばないラデルは、そのとき、アレンの周囲の様子に気付いた。



「きみ……、居場所探られてるけど」


 アレンは訝しげな顔をした。


「え?」


 ラデルは気付いた。アレンは魔術慣れしていない。ゆえに鈍感である。

「誰なのか、心当たりは?」


「一人……でもあいつは書庫にいるから、俺の存在を覚えているかも怪しいし」



 ラデルは内心で歓声を上げた。ここで、このアレンを探っている人物のところに行ってもらおう。その間にとっとと逃げる。時間を稼いで自分のことは忘れて貰おう、と。


「そうか――じゃあ、誰なのか訊こう」


 ラデルは言って、呪文を口にした。日頃使っているのとは全く別の言葉が発せられた。




「*【対象への害意を確認】*」




 感覚として、ないということが分かる。




「*【行為者を調査】*」




 詠唱や呪文を本分とする者は口に出すことなく魔法を行使するが、魔法陣を描くことを本分とするラデルはそうではない。

 間もなくしてラデルの脳裏に、相手の姿が浮かんだ。

「きみの心当たりは――栗色の髪に紫の目の青年か?」


「そうそう」


「探査はその人の仕業だな。会いたいらしい。行ってあげれば?」


 アレンは危ぶむ顔をした。


「でも……」


 それと同時にユアンが声を飛ばしてきた。距離が短いからこそで、先程ラデルがやっていたことを詠唱で行ったものである。


「アレン、直ぐ来い。書庫だ」


「は?」


「凄い人見つけたんだよ! 同行して貰おう。でも手続きが面倒そうなんだ。とにかく来て」



 ありがとう、とラデルは内心で思ったが、アレンはラデルと同じことを、ただし逆の感情でもって考えたらしい。きっぱりと言った。




「分かった。こっちも同行者を一人見つけたんだ。一緒に行く」




 一瞬後、ラデルの声なき悲鳴が上がった。


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