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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
1 記録の中の姫君
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拝命

 男はアルフォンスと名乗った。


「アルで結構です。それから、こちらから順にエドワード、パトリック、外の二人の方は――、聞きたくなさそうですね」


 アレンは頷き、探るような目をして実際的な話を振った。

「で、旅費って誰が持ってくださるんでしょうね……?」







 出発間際、リアたちに同行させない旨をどちらが言いに行くかを、硬貨を投げて決めたアレンとユアンだったが、魔術師相手にその手の賭けをするものではない。敢え無く負けたアレンがびくびくしながらリアに報告に行くこととなった。



 リアとアレンは幼馴染である。お互いのことはかなり良く知っており、どうすれば相手を言い負かせるか、精神的打撃を与えられるかを熟知している。故にリアの癇癪を浴びてその家を出たアレンはぐったりしていた。外で待っていたユアンがからかう。



「どうだった?」

「もう……、何で俺が怒られなきゃならない? 死にに行くんだろうとか、何で連れて行ってくれないとか」

「まあ、あいつは自分がおまえの制動のつもりだからな」


 アレンはこれを無視し、話を他へ向けた。

「で? 他に報告しなきゃならない人は?」

「え? ああ……。雇われ先には言ったのか?」

 アレンは首を振った。

「いや。でもいくらでも替えの効く使い走りだぞ」


 弱冠十九の大工見習いなどそんなものである(とアレンは思っているが、真面目に打ち込んでいればもっと重用されるはずである)。ユアンはそれもそうかと頷く。礼を尽くせと敢えて言わないのは、個人的にアレンの師匠兼雇い主である棟梁を好いていないゆえだろう。


「おまえは親がいないから、いいんじゃないか、もう。みんなむしろ祝ってくれるんじゃないか」


 アレンは肩を竦めた。


「――違いない」




 王都から使者が来たぞー、この町から英雄が出るぞー、とどこかで上がった声を聞きながら、アレンは思わず遠い目をしていた。





□□□□□□□□□□□□□□□□





 首都は遠かった。




 レイファを出て半月。アルたちの用意したありとあらゆる手段――馬車、川では船、乗馬、等――を駆使したにも関わらず、それだけの日数が掛かった。機巧兵に遭遇したのは二度、どちらもアレンとユアンで何とか手に負えたものの、機巧人の力も否めず、アレンと、自身も機巧人嫌いであるユアンは悶々とした。



 そして到着した首都アージェで、王宮に入るまでにアレンとユアンにとっては果てしなく長い手続きがあった気がしたのだが、これでも国王発行の手形のお蔭で随分簡略化されていたらしい。


(事が大きくなってないか……?)


 アレンは大変恐れ入ったのだが、アルたち曰く当然なことらしい。


 王宮は魔術の補完を受けた構造をしており、曰く三千年前からこちら、増築はされても建て替えられてなどはいないということ。それにも頷ける重厚な歴史を感じさせる佇まいとその威風に、一般庶民である二人は早い段階でたじたじになった。そうして通されたのは謁見の間で、アレンもユアンもかなりぐったりしていた。


「大丈夫ですか?」

 とはパトリックの科白。

「無理だ……。ていうか王様いねえし」

 アレンが空の玉座を見上げて言うと、エドワードが冷ややかに言った。

「不敬です。――陛下は間もなくいらします」

 一庶民を待つなどということはしないのだろう。



 謁見の間は、三重の城壁に囲まれた中でも奥まった――そして最も絢爛な王宮の三階層目にあり、ほぼ正方形。巨大な両開きの扉から入り、そこから続く絨毯を辿って奥へ。部屋の最奥に二段高く設けられた玉座が鎮座しており、その脇に造りは小さいが装飾の施された扉がある。天井からは幾多の蝋燭の設置されたシャンデリアが下がっていた。

 部屋の内部で円形を作るようにして、石造りの無骨な、腰ほどの高さの円柱が並んでいる。その数十の円柱はそれぞれ頂に彫り出された形が異なっており、そこに玉を戴いているものも少なくない。今、室内にはアレンとユアン、エドワード、パトリック、アルフォンス、そして二人の機巧人(ガルシャリア)の他に、同じ制服に身を包み槍を構えた兵たちがいるのだが、そのうち半ばは機巧人だろうと思われた。アレンとユアンにとってはかなり居心地の悪いことである。兵の中にも顔が微妙に強張っている者がいることにアレンは目敏く気付いていた。



 玉座の脇の扉が開き、侍従と思しき男が入ってきて告げた。


「陛下がいらっしゃいます。皆さまお待ちください」


 その視線に妙な圧力を感じたのでアレンが周りを見てみると、ユアン以外は素早く膝を突いて頭を垂れていた。はっとして、ややぎこちなく二人も倣う。


「陛下、こちらへ」


 侍従の声がして、衣擦れの音がした。存外に素早い動きを連想させる音はしばらく続き、恐らく玉座の上に収まったのだろうところで止んだ。



「――長の任務、ご苦労」

 低く響く男の声がそう言った。

「面を上げよ」



 全員、一拍置いて頭を上げた。


 国王は四十過ぎの外見で、細身の体を豪勢な衣装に包み、褐色の目で眼下を見渡していた。口元に刻まれた皺は年齢のせいではないように見え、冠を戴くその髪の色は白銀。彼は続けて言った。

「直言を許す」


 アルフォンスが一瞬背中を緊張させてから、よく響くように声を出した。

「は。陛下にご報告申し上げます。ここにいるのが陛下にご命令を賜りまして連れて参りましたアレンと、その功績を共に担いましたユアンでございます。事が急を要しますゆえ、身形を改めることもせず――ご無礼お許しください」


「良い」

 国王は言い、脇の侍従に申し付けた。

「下がれ」


 続いて兵たちを見る。

「そなたらもだ。下がれ。その五人も――。余は客人らと話がある」

 は、と短く答え、ぞろぞろと去っていく人々の中で、アレンはユアンが発する怨念のようなものを感じ取り、ここは口を利くのは自分でなければならないらしいと腹を決めた。



 人払いが済むと、国王は二人を見据え、彼の元々の目つきがそうなのだろう、睨むようにしながら口を開いた。


「まずは、長々と旅をさせて済まない」


 いえそんな、と狼狽えるアレンたちにはお構いなく、国王は続けた。




「今の状況を二人とも心得ているとは思う……。国は間もなく崩れる」



 心得ていなかった二人が絶句したのを、単に沈黙していると取ったのか、国王は続けた。


「そもそもそんな場合でなければ、民の助力を乞うことはせぬ。――二人に頼みがある。至急の頼みだ」



 まさか国が崩れる寸前とは思っていなかったが、下される命令には半ば、いや殆ど見当がついていた。つまりは機巧兵征討だ。それを二人とも予測し、拝命の覚悟も出来ていたが、国王は言った。





「北へ向かってほしい」


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