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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
2 姫君が創った勇者
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25/96

勇者、考えを改める

 クリザを出るときだった。厳しい顔で言われたことが何なのか理解できないというように、レフは首を傾げた。

そして、端的に尋ねた。


「なぜです?」


 アレンは馬車を示した。

「理由はちゃんとあるが、説明が面倒だ。だから、乗り込んだら窓布を下ろせ」


 レフは無言で空を見上げた。分厚い雲が空を覆い、灰色に翳って重たげに見える。この状態で、日除けのためのものである窓布を下ろす意味が分からないのだろう。助言を求めるように周りを見たが、ユアンはアレンと同じ顔つきで、アゼナはどことなく申し訳なげで、ラデルとヴェルガードは拝んでいる。レフは理由は分からないが事情があるのだろうと思い、馬車に乗り込むと窓布を下ろした。


「逆に目立たないか?」

 ユアンはそっと尋ねたが、苦虫を噛み潰したような顔のアレンは首を振った。


「多少は仕方ないし、疑惑で終わる方がまだましだ」


 彼の場合、勇者などという、小説や語り物の中ならまだしも、現実に突きつけられると超絶的に恥ずかしい名前を世間という権威から献上されてしまったので、かなり事は深刻だった。

 大体、その名前はアレンが自力で得たものではなく、レフがあってこそのものである。それもあって嫌で仕方なかった。


 ヴェルガードが御者台に上がり、アレンたちが馬の轡を引いて歩き出すと後ろからのんびりと続いた。


 クリザはかなり大きな町で、大通りでは馬車の通りも多いが、それでもやはり町中で騎乗するのは、貴族や領主の他では慎むべき行動だった。


 町を抜けるまで、何でもない風を装ってはいたが、アレンたちは内心でかなり冷や冷やしていた。町に入るときと馬車を変えるわけにはいかないのだから、馬車に見覚えがある人がいないとも限らない。


 しかし、幸いにも声を掛けられることも指差されることもなく町を抜けられ、アレンはほっとした。さっさと噂が絶えればいいと全力で思ったが、アゼナ曰く、

「そんなこと起こらないよー」


 アレンは怯んだ。

「何でだ」


 アゼナは何でもないことのように言った。

「だって機巧兵はあちこちに出るんだよ? 希望の塊みたいなものじゃない、ゆう――」


「言うなっ!」

 総毛だってアレンが叫ぶと、アゼナは面食らって目を瞬いた。

「え? かっこいいのに、もったいない……」


 アレンが視線に殺気を込めたので、アゼナは背筋を正した。

「分かりました、言いません」


 勇者というものは、口に出されるとかなり恥ずかしい。この噂がレイファまで広がってしまうと最悪、帰れない。そうなるとユアンも巻き添えで、二人で放浪しながら一生を終えることになりかねない。まずい。

 などと深刻に考えていると、内心の動きを正確に読んだらしいユアンがすかさず言った。


「見捨てないから安心しろ。ただ、一回は帰らないとリアとかデイヴに悪いぞ」


「……勇者のゆの字でも耳に入ったら帰らない」

 アレンは落ち込んで宣言した。御者台から冷静にヴェルガードが言った。

「そこまで嫌がることもないだろう。むしろ勇者と呼ばれて良かったんじゃないか?」


 ぞっとしたようにアレンは振り返った。

「な――何てこと言う! いいわけないだろっ」


「しかしまだ言い逃れが出来るぞ」

 ヴェルガードはあくまで冷静だった。

「いざとなれば誰か他の人のことだと言える。これが名前で広がってみろ。確かにアレンというのは珍しい名前ではないが、肝心の知り合いにはもう誤魔化せなくなるぞ」


「う……」


「しかもだ、おまえがアレンだと分かった瞬間、個人名で騒がれるわけだ」


 アレンは想像してしまったらしく、どよんとした雰囲気を漂わせた。それからふつふつと理不尽だという気持ちが湧き上がってきて、顔を上げて低く言った。


「何で俺が恥ずかしい思いをしなくちゃならない? かなり人の役に立ってるんじゃないのか、俺は。しかもあれもこれも――あいつのせいだ」


 ラデルがにっこりした。少し責めているかのようだった。

「レフがいなかったら僕たちは確実に死んでるけどね」


 アレンは悶絶した。

「あぁっ、それがあるから乱暴な扱いが出来ないっ!」


 ラデルは困った顔になった。

「……丁寧な扱いをしているようなことを言う」


「してるじゃないか、十分」


 アレンは真顔で答え、聞いたラデルは思い切り恐れ入った顔をした。


「機巧人嫌いは相当だな……」


 すると横から当然の口調でユアンが言った。

「まあ、レイファで機巧人を認めてる人は珍しかったな」


 ラデルは肩を竦めた。貴族の殆ど――特に古い家柄と王族は機巧人の血を引いていることは、大抵の者が知る事実である。


「そのくせ、機巧人の血を引いてる人には無頓着だな?」


 アレンもユアンも目を瞠った。

「だって人間だろ?」



 ラデルは苦笑し、違いない、と呟いた。彼には機巧人に対する偏見はない。ただ、逆の偏見もあるのだろうなと思って馬車を見た。





□□□□□□□□□□□□□□□□





 クリザの隣町――といっても騎馬で半日と少し――のエリウは、随分と狭い印象を受けた。しかし、面積はクリザと変わらない。ただ、建物の数が多く道幅が狭いためそう感じられてしまうようだった。


 馬車が通ろうとすると、道行く人が迷惑そうに顔を上げ、道を開けたものの、ずらずらと馬連れが続くのを見てさすがに声を上げた。

「迷惑な。道が混んでいない時間を選んでお通り」

「誰だよ、まったく」


 ヴェルガードは辟易した顔をし、ぼそりと「窓布を上げさせればいいのに」と呟いた。銀髪の少女を見れば、噂を聞いた人々は競って道を開けてくれると思ったからだが、殺気の籠ったアレンの視線で突き刺されて断念した。


 馬車を収容できる宿は限られる。町によってはないということもある。しかし建物の数だけあってエリウにはあった。堅牢な石の造りで、食堂も兼ねている。時刻は夕刻を回ったばかりで部屋も空いており、アレンたちは嬉々として、まずアゼナとアレンで宿の部屋を二部屋押さえたが、そこではたと困ってしまった。レフを馬車から出した段階で銀髪に気付かれてしまう。


 宿の一階部分の食堂の入り口で煩悶するアレンだった。


「まあここは潔く諦めて」

 と言ったのは勿論アゼナの方だったが、アレンは断固としてそれを退けた。勇者様と一度でも面と向かって呼ばれようものなら、恥ずかしさで死ねると思った。銀髪を隠させようにも、また事情を訊かれて手間取りかねない。どうしようかと途方に暮れたときだった。


「アレン、ごめん!」


 声がした。遠距離で叫ぶ声に何事かとアレンが振り返ると、まず見たくないものが目に飛び込んで来た。

(う――嘘だろ……)


 アレンは眩暈を覚え、ごめんと叫んだ、宿の入り口に見えるユアンに、責めるのと助けを求めるのと両方の要素を含んだ視線を投げた。



 迷いのない足取りでこちらへ向かってくるレフに、その場の全ての視線が集中していた。


「銀色の髪……」


 誰かが呟き、アレンは死期を悟った心境になってしまった。レフが真っ直ぐに歩み寄るアレンに視線が振り向けられ、その質が何だか有り難くないもののような気がして仕様がない。


 レフはアレンの目の前で立ち止まると、平然と言った。

「機巧兵が優先とのことでしたので来ました。この町のすぐ傍にいます」


 アレンは一瞬で周囲の状況を忘れ、アゼナを伴って宿の外にレフを促して、小声で訊いた。

「本当か?」



「ですから、わたしは嘘はつきません」



 そういえば先日、そんなことを言われた気がする。アレンは、まあいいと聞き流して続けて問うた。

「どこだ? 方向は?」


 レフは指で示した。

「あちらです。二機います」


 入り口でユアンがアレンを拝んだ。

「ごめん、機巧兵だと言われて」


 アレンは肩を竦めた。今夜の野宿を確信する。

「仕方ない、終わったらとっとと逃げよう」


 レフが口を挟んだ。

「随分近いので、そろそろ町に入るかも知れません」


「まじか。やばいな」

 アレンは唇を噛んだ。レフは躊躇う気配を見せる。

「あと、王都の……、いえ」

 言いさして止めたレフは、耳を澄ますような仕草の後、確信を込めて言った。

「町の、すぐ近くで止まっています」


「急ごうか」

 ラデルが言って、レフを見た。

「悪いけど、馬車を使ってたら余計に時間が掛かると思う」


 レフは行儀よく申し出た。

「ここで待つ?」


 ラデルは躊躇いなくそれを切り捨てた。

「いや、他に機巧兵が接近してきた際、それに気付けるきみには付いてきてほしい。と、いうわけでアレン――」


 察したアレンは嫌な顔になったが、ぐずぐずしたりはしなかった。

「え、また俺が乗っけるのか? じゃあ、さっさと来い」


 レフは表情を動かさず、まだ厩に入れていなかった馬たちの方へ向かうアレンに続いた。


 騎乗して町を通っていると、罵声の類にも出くわしたが気にせず通り、町の門を出てレフが示した方へと走った。


 機巧兵は、すぐ傍と言われた割にはまだ離れており、アレンは後でレフの「すぐ傍」の定義を訊こうと決心した。


 黝い塊は確かに二つあり、一つは蛇を――レイファに現れたモノを思わせ、もう一つはずんぐりとしている。レフはそれらを目を眇めて見て、明らかに馬鹿にした顔をした。それからアレンをじっと見て、忠告の口調で言った。


「町を背にして【掃討波】を撃てば、すぐに片が付きます。出来るだけ迅速に対処してください」


 アレンは戸惑った。

「そのつもりだが、なんでわざわざ……」


 機巧兵がこちらを向いて、警戒するように不協和音を響かせた。ずんぐりした方が撃孔(ゼオド)を開き、防御のためにラデルが前に出ようとしたが、レフが不機嫌に制した。


「あなたは下がって」


 ラデルが戸惑った様子で手綱を軽く絞り、速度を緩めたのと同時に、レフが機巧兵をしっかりと見据えた。撃孔が輝き、腹に響く低音と共に丸い鋼鉄の塊が数十個飛んできた。しかしそれらは即座に叩き落され、小さく炎を上げた。


「おお、すげぇ」


 ユアンが思わずといったように呟いた。それには反応せず、レフは首を傾げてから少し目を瞠ってアレンを見上げた。


「アレン、機巧兵です」


「はあっ?」

 アレンは聞き返し、慌てて訊き返した。

「どこだ?」


 レフは曖昧に町の方を示した。


「この向こう――です」


「何機いる?」

 アレンは切羽詰まって尋ねたが、レフは首を傾げた。


「さあ……。わたしが感じている存在は二機分ですけれど、それが言葉を許されたモノなら一機ですね」


「どっちだよ!?――分からないのか……」

 アレンは怒鳴った後で落ち着き、こちらを素早く片付ければ間に合うかを脳裏で計算したが、アゼナがのんびり言った。


「アレン、行ってきて」


 アレンはぽかんとしたが、アゼナはそれをむしろ心配したように見た。

「大丈夫? ほらさっさと」


「え、いや、ここが……」

 アレンはしどろもどろに言ったが、アゼナはてきぱきと進めた。

「あ、でも魔術師は誰か置いてってね、で、そっちはきっとレフが補ってくれるだろうし」


「……は?」

 混乱の色は誰の顔にもあったが、アゼナは不思議そうにした。


「あれ、言ってなかった? あたし、機巧兵を同士討ちさせるのが得意なの」


「言ってた――っ!」


 ラデルが思い出し、素早くユアンが言った。


「防御色が残れ。ラデル、怪我させるなよ」


「どうもー」

 緊張感なくアゼナが言ったところで、遠くで地響きの音に似た轟音が轟いた。機巧兵だと、言われなくても分かる。アレンはさっと馬首を返し、馬腹を蹴って馬を走らせた。


「方向、詳しく指示しろ!」


 アレンが風に流されないように叫ぶと、レフは風に目を細めて町の向こうを透かし見るようにし、間を置いて断言した。


「このまま進んでください」


「機巧兵に遭ったらおまえが防御色を兼ねろ」


 レフはアレンを振り返って、髪を抑えてまじまじ見た。

「……出来ますが、アレン。不要です。【掃討波】を使ってください」


 アレンは馬に、更に速度を上げさせた。後でこいつに人参をやらなくては、と頭のどこかで考える。

「……あのな、機巧兵が町中にいたら無理だろう?」


 レフははっとしたようだった。

「ああ、そうでした」


 機巧兵に気付いた人々が反対側――アレンたちが来た方向へと殺到するが、そちらにも機巧兵がいる。アレンたちが叫んで注意し、町の中央へ集まるようにと声のみで誘導すると、レフに気付いた人々から率先して従った。こういう時にはありがたいが――欲を言えば、崇拝の視線をやめてほしい。


 人が機巧兵に気付いたということは、機巧兵が城壁を破壊したか――町中に入ったかである。掃討波を使える可能性は消えたと思っていい。


 町をほぼ縦断したところで、レフの声が耳に届いた。

「機巧兵が移動しました。アレン、最寄りの角を左折してください」


 アレンは頷き、荒れた川のように一定の方向に流れる人並みを縫って左方向に進んだ。ユアンとヴェルガードも離れず続き、一行は脇道に入った。低く揺蕩(たゆた)う夕日の光が遮られ、視界が一気に暗くなる。レフの声は淡々と響いた。


「少し離れていますが、もうすぐ見えるはずです」


「やっぱ、中にいるのか……」

 アレンは呟き、蛇行する脇道に響く馬蹄の音を鼓動と重ねて聞いた。道が曲線を描き、それを抜けた瞬間、目の前に機巧兵が見えた。



 尖った方を下にして、地面から僅かに浮いて震える円錐形。夕日の光を受けて、鈍く輝きを灯す。濃銀の刻印が小さく白く煌めいた。ヴ――ンと低く空気が唸って、よく見るとそれは震えているのではなくて、凄まじいまでの速さで回転していた。剣を突き立てたら身体ごと持って行かれるかも知れない、とアレンは危惧したが、レフにはそんな考えはなかったらしい。一言呟く。


「忙しいこと」

 そんなレフの感想とは裏腹に、周囲は阿鼻叫喚だった。逃げようとして転ぶ者、硬直して動くに動けない者、大声で罵る声、泣き声、母親を求める声――。


 機巧兵の動きが唐突に止まった。慣性でよろめいたもののすぐにぴたりと静止し、やがてふわふわとした動きで左右に動いて、発声した。




[AntNx KxxxaxkxxxxkxxNxKxmshxt]




 レフが反応した。下馬しようとしたアレンの腕を捉える。


「下ろしてください」


 アレンは無言でレフを下ろした。そもそも乗せたままでは、怯えた馬に振り落されて踏まれかねない。


 下りたレフは一歩踏み出した。

「誰がおまえに言葉を許した?」


 機巧兵の上部に近いところで、白い小さな光が点滅した。


[AxaxxxnaxNxxxxdxxxsxx. AxxxxnxxxgaxShxmsxx. KaxxxttxxxKxxdsax]



「それが出来ないからここにいる。おまえたちの命令系統はどうなっているの?」


 レフはもどかしげに訊き、前に出ようとしたアレンを腕で制した。機巧兵は上下に揺れた。



[Axaxxxnax...]



 レフは眉間に皺を刻んだ。

「ではわたしは従えない」


 機巧兵はぴたりと止まり、水滴が水面を穿つような澄んだ高い音を数回響かせた。レフはアレンを振り返り、事務的に言った。


「お邪魔してしまいましたね、どうぞ」


 アレンは不機嫌に――それはそうなるだろう――頷き、前に出た。その瞬間、機巧兵が耳を劈く大絶叫を響かせ、辺りが一瞬静まり返った。



 その直後、反動のように悲鳴が轟き、一斉に住人が走り出した。アレンは機巧兵の方へ近付こうと、回り込む形で走り出した。――そのとき。


 機巧兵がその形を変えた。円錐形が内側へ向かって引っ繰り返ったかのようだった。機巧兵は無数の節足動物にも似た、長い脚を現わし、住人はパニックに陥った。我先にと逃げようとし、それが混乱を巻き起こし、悲鳴と怒声が耳を聾した。アレンたちも少なからず驚いたのだが、機巧兵が脚を振り回し始めたのでそれどころではなくなり、咄嗟に避けるのが精一杯だった。


 住人の負傷を恐れ、アレンが彼らに目を遣ると、不思議なことに誰一人として怪我をしていない。無事に逃げ出して行く。恐慌状態にある本人たちは気付いていないようだが、脇から見れば何かが彼らを守っているのは明白だ。


 アレンは問うようにユアンを見たが、ユアンも訝しげに首を振る。ヴェルガードも怪訝そうだ。




 となれば答えは一つ、これはレフがしていることだ。




 アレンがレフを見れば、レフ自身が驚いたような顔をしていた。それから罪悪感を覚えたように己の手を見て――



 住人が全員安全圏まで逃れた。同時に彼らを覆っていた見えざる防壁が砕けたらしく、高い音が耳に突き刺さる。機巧兵がいっそう激しく身を捩った。


「一旦下がれ!」

 アレンが怒鳴り、ユアンとヴェルガードが即座に応えて踵を返した。



 このとき、四人の中でアレンだけが少し離れた位置におり、他の三人はレフを先頭に立っていた。だから、踵を返したユアンとヴェルガードはレフの様子を見られなかった。



 下がれと叫んだアレンは他に続こうとして、レフの様子に眉を寄せた。機巧兵の、凶器でもある脚が暴れ回っている状態だというのに、動かない。背筋を伸ばして立っているだけで、アレンの声が聞こえなかったかのようにも見える。


「おい! 下がれ!」

 アレンは続けて叫び、今度こそその声は届いたはずだった。しかしレフはまだ動かない。表情も、何かに驚いたとか痛みがあるとか、そんな顔はしていない。むしろ、一切の表情を削ぎ落とした無表情。


 アレンはさすがに奇妙に思い、レフの方へと進行方向を変えた。それほどの距離があるわけではなく、すぐに傍に着く距離だ。



 脚が二本続けてレフの至近距離を、風切り音を立てる勢いで通った。一本は身体の脇を、撓るように。そしてもう一方は顔に触れんばかりの位置を。当たらなかったのは奇跡としか言いようがなく、もし当たっていればレフの軽い身体は吹っ飛んで重傷を負っていたと思われた。それなのにレフは、身動きどころか瞬きすらしなかった。


 おかしい。


 意識して動かないでいようとしても、目を閉じてしまうはずだ。



「動け!」

 アレンは叫んだが、レフは無反応だった。


 脚が容赦なく暴れて、無秩序に広がった。そのうち一本がレフを掠め、右の二の腕に真っ赤な血の筋が付いて鮮血が迸った。痛みに悲鳴を上げてもおかしくないはずなのに、レフはぴくりとも動かない。むしろ機巧兵の脚の方が怯んだように動きを鈍らせた。


 アレンはレフの左腕を掴んだ。レフはまだ無反応。アレンは選ぶ余地なくレフの前に立ち、抜刀と同時に宣言した。



「+【鋭利】+!」



 刀身を銀の光の波が洗い、アレンは問答無用で脚を幾本かまとめて叩き切った。機巧兵の硬い脚が何の抵抗にもならずに転がった。振り返って確認したが、レフは動いていない。


 機巧人を背後に庇っているだけでも論外のこの状況だが、このままでは命が危うい。ユアンが戻って来ないかと期待したが、多分この状況では二人の間の信頼が仇となっている。まず戻っては来ないだろう。



 一体なぜ、と思い、閃いた。つい先程レフが何を言おうとしていたのかが分かった。



(あと、王都の……)



 王都の周辺に(・・・・・・)機巧兵が大量にいます(・・・・・・・・・・)、だ。迅速に片付けろと急かしたのは、こうなる可能性を考慮したからだ。



 王都の結界が打撃を受け、その修復の負担をレフが負っている。



 あれほど巨大な結界だ。その強固さは首都を出たときに確認した。その修復の負担の大きさは想像に余る。


「何で言わないんだ……っ!」


 アレンは歯軋りした。徐々に防ぎ切れなくなり、もう面倒になってしまって後ろにレフを突き飛ばした。


 レフは見事に後ろに倒れた。骨格筋の自由が一切利いていないのが分かる。受け身すら取れずにばったりと倒れたのだ。

 殺してしまったかとアレンは一瞬焦ったが、レフが一度、ゆっくりと瞬きしたので安堵した。


(いや、安心してどうする)


 アレンは脚を叩き切ってから考えた。

 さすがに今のは悪かった。

 きっと怪我はした。

 多分今痛がっている。


 レフが僅かに身動きした。細く息を吸う。アレンは脚を数本まとめて押し遣り、斬り直してから、辺りの阿鼻叫喚に負けないように大声を張り上げた。



「大丈夫か、レフ!?」



 一秒の後、レフの静かな声がした。


「……起こしてください」


 アレンはかなりのところほっとして、機巧兵の暴走の合間を縫って左手を伸べてレフの手を掴み、引っ張り上げた。思いの外に軽い手応え、その確かな温かさにどきりとする。




 これは機巧人なのに、機巧人でしかないはずなのに。――それなのに、今掌に感じる彼女の存在は、紛れもなく一人の少女としてのものだ。




 レフはアレンの動揺にまるで気付かず、まず心盤(クレスレコ)の無事を確認してから、アレンを見て訊いた。


「剣は使えましたか?」


 アレンは面食らった。動揺を抜きにしても、まずは苦情を聞かされると思っていたのだから当然だ。


「え……【鋭利】なら、普通に使えたぞ」


 レフは疑わしげな顔をした。

「そうなのですか? それは良かった――ですがそれでは、機巧兵がまだ動いているのはどういうことです?」


 あからさまにアレンの腕を疑う口調だったが、アレンは怒る気がしなかった。今の科白で事情が分かった。



 レフは結界の修復を負担しながら、剣の機能が停止しないように気を遣ってくれていたのだ。



「いや、それは……まあ。――とにかく助かった、それと――突き飛ばして悪かった」


 絞り出した謝罪にも関わらず、レフの反応は清々しいものだった。


「なぜです? あれが最善でした」


 謝罪の持って行き場を失い、アレンはしばし状況を忘れた。


「えー、で、首都は……」


「無事です」

 言下にレフが言った。

「わたしは生きているでしょう? 機巧兵の攻撃は今は止んでいます」


 アレンははあ、と頷き、右腕を示した。

「止血……」


「後で結構」

 痛みがないのかと思えるほどきっぱりとレフは言い、アレンは呆然としながらも続けた。


「心盤は――」


「無事です。心盤の強度はわたしの【防護】に匹敵します。ただ、わたし及びわたしの姉の力に対する防護壁はありませんので注意してください」


 きっぱりと、むしろ迷惑そうに言われてアレンは呆気にとられてしまった。やっとのことで声を出す。


「――で、おまえ。何で言わなかった?」


 レフは本気で訳が分からないようで、訊き返した。

「何をです?」


「首都の状況をだよ!」

 アレンは叫んで、勢いで機巧兵の脚を更に数本叩き切った。ああ、と声を漏らしたレフは、真顔で言った。


「言ってどうなりました?」


「は?」



「報せたところで状況は変わりませんし、わたしはちゃんとあなたの剣を守ったでしょう?」



 アレンは絶句し、次いで焦った。論点がどこか違う。確かに剣の機能は守られた。しかしそれはあくまでアレンの都合であるはずだ。


 そう思った瞬間、分かった。



 レフは本当に頭がいいのか、おかしいのか、アレンがレフをどう思っているかを正確に把握し、それならばと合わせてしまったのだ。レフを物として扱い、報せることを許さなかったのはアレンだ。思い返せば、ユアンが純粋の人間だからと大喜びしてしまったのも、機巧人本人の前ではかなり失礼だった。



 アレンは息を吐き、およそこれまで発揮した中で最も努力して、機巧人に対する考えを改めようと決意した。そうでないと、このままでは多分、アレンがレフを殺してしまう。それはすなわち、機巧兵に対抗する手段を失うということだ。




 そして――先程アレンが掌に感じた一人の少女が、いなくなるということだ。




 これは機巧人で、機巧人でしかないはずで、それでも確かに生きていて、一つの人格として存在しているのだ。


「――そうだな。でも、これからはちゃんと言え」


 レフは懐疑的な顔だったが、頷いた。

「はい」


「で、まずは一旦引かないとっ」


 アレンは言い、レフを先に立ててユアンたちの後を追った。






 ユアンは心配はしていたが、動揺はしていなかった。アレンとレフが追い着くと、ほっとしたように文句を言う。

「どうしたんだよまったく、引けって言ったおまえが来なくてどうすんだよ」


「悪い」


 アレンは短く答え、さっさと話を進めた。

「俺が接近戦やるから、ユアンは援護。アゼナの役回りを兼ねるつもりで。ヴェルガードさんはいつも通りで頼む。で、レフ。最優先は町だ。けど、俺と、自分たちの防御もしてくれ」


 レフは頷き、元来た道を駆け戻ろうとするアレンの腕を抑えると、淡々と言った。

「機巧兵が動こうとしています。止めますか?」


 アレンは驚いた。

「止められるのか?」


 レフは疑われてむっとしたような顔をした。

「出来ないことを申し出たりはしません」

 しますか? と目線で問われ、アレンは頷いた。


 レフはこくりと頷き返し、軽やかな声で詠唱を開始した。



「-PRECISESOLDIER-NTsg. WtsNKeGK/kerk? SgNT`shSy. KtetT`shSy」

 ――機巧兵に告ぐ。わたしの声が聞こえるか? すぐに停止せよ。応えて停止せよ



 機巧兵の、悲鳴のような不協和音が聞こえた。停止させられたのは明らかだった。


 



 すかさずアレンが飛び出した。


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