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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
1 記録の中の姫君
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北へ

 ぱさ、と寝台の上にユアンが地図を広げた。ラデルが床に白墨で魔法陣を完成させたところであり、ラデルは他の三人を見て、

「踏んだら殺す」

と、あながち冗談でもなさそうな声音で脅した。アゼナが慌てて一歩下がった。



「発動させてくれ」


 ユアンが言い、ラデルが魔法陣に最後の、発動させるための直線を引いた。



 地図がぼうっと輝いた。全体に薄く広がった光が収斂し、それが白い光点となって一点で煌めき、そこから更に光が分岐して赤味を帯びていき、深紅の光点が白い光点よりも北東の方角で強く煌めいた。


「せ、成功?」


 ラデルが叫び、ヴェルガードが素早くその深紅の点の位置をインクで記した。


 光点は数分で薄れたが、ラデルもユアンも大興奮で騒ぎ、どこに行くべきかよりも魔法陣がどう作用したかを語っている。ヴェルガードも視線がそちらに泳いで行っている。




「おい、これどこだよっ?」

 アレンは気を引こうとしたのに、寄って来たのはアゼナのみだった。

「どこだろ……。ここがこの辺でしょ。とにかくこっちに進めばいいのかな?」



 魔法陣を組み立てた三人は、さながら我が子が初めて歩いたのを見た親の如くだった。

「上手くいったよなっ!」

「公式覚えておいてくれたのがでかかったな、やっぱり」

「術式の開く場所はあれで良かったんだな。かなりのところ半信半疑だったんだが……」

「ああ、いい感じに万術の法の強さを選択できてた」




 周りが目に入っていない様子で盛り上がっているが、アレンは思わず割り込んだ。


「聞け聞け! これがどこかって話」


「え?」

 ユアンは不意を突かれた顔をしてから、地図を改めて見直した。


「どこだろう……、おーい、貴族殿。出番だ」

「任せろ」

 最も地図を見慣れているラデルが乗り出し、地図の縮尺を把握すると一つ頷いた。


「これは――ミリウィアかその隣だな。少なくともその近辺」


 アゼナがひょいと割り込んできた。


「ってことは、次はそこ目指すの?」


「そーいうことっ」

 アレンが答え、四人を見渡した。いい加減ここを出ないと、追加料金を課されてしまうので、眼差しは結構真剣だった。使っているのはあくまで税金である。


「出られるか?」


 ユアンとラデルがきらきらする目を上げた。ユアンが楽しみで仕方ないという口調で、力を込めて言った。

「行こう。早く万術の柱が見たい」



 アレンは思わず脱力して注意した。

「いや、それが目的というわけでは……」



 ラデルは惜しむ目で床を見たが、首を一振りして呟いた。

「*【対象:直近の魔法陣】*【魔力を剥離】*【魔力の痕跡を消去】*【可視部分の消去】*」

 それからがっくりと項垂れたので、ヴェルガードが慰めた。

「理論は残してある。いつでも再構築できるさ」

 ラデルはそれを思い出したらしく、笑った。

「そう……だな」



「行くよー」

 アゼナが呆れたように言った。





□□□□□□□□□□□□□□□□





 ミリウィアまでは馬を使って更に二日掛かった。その間に機巧兵を三機始末せねばならず、やはり入口に近付けば近付くほど、機巧兵の発生頻度が密になっている印象を受けた。アレンたちも最早慣れたもので、当初よりも随分早く、効率的に止めを刺すことが出来るようになっていた。


 ミリウィアを囲う城壁は半壊しており、崩れた瓦礫は片付けられることもなく放置され、真新しい廃墟のような、ちぐはぐな印象を与えた。その遥かに、前日野宿した森が見える。町に入っても倒壊したり半壊したりしている区画があり、町そのものへの被害の大きさも窺わせた。さすがに人通りも少なく、露天の類も一切出ていない。そもそも物資が届いていないようだった。街道が機能していない。この冬を越せるか、無音の緊張感が漂い、入って来た余所者を見る目も、心なしか厳しい。



「……宿取れそうかな?」

 アゼナが小声で訊いた。雰囲気に呑まれたらしい。アレンは微妙な顔をする。


「難しそうだな。開いてるかどうかも問題だけど――開いてたとして、食事は期待するな」


 アゼナはむっとした表情を見せた。

「それくらい分かるって」


 ユアンがこれもやはり小声で言った。

「しかし、二日進んだだけで随分変わるな」


 アレンはこっそりと答える。

「ここが当たりってことじゃないのか。陛下曰く、機巧兵は万術の柱の周囲によく集まってるらしいから」


 ユアンは苦い顔をした。

「当たりって言っても、嬉しくねえな、こんな風景。――これ、機巧兵が片付いたとしても、復興が大変なんじゃないのか」


 ラデルが眉を顰めた。

「街道を復旧できれば可能性はあると思うが、最悪、南に人口を集めなくてはならなくなるかもな……」


「陛下次第か――」


 ヴェルガードがつまらなさそうに言った。平民出身から王宮に入っただけあって格差を知り、王侯が平民の命を握っているのが気に食わないらしい。アレンもユアンも、その構造は頭では分かっていても身に迫っては実感できない。




 開いている宿は奇跡的に見つかり、食事は提供できないがと申し訳なさげに謝られた。


「悪いねえ、でもこんなご時世だし」

 と言って、感じの良い女将が笑った。元はふくよかな人であったと見えるが、今は随分と痩せている。いい痩せ方ではない。


「いえ……」

 アレンが答え、女将は人数を確認すると、期待を込めるように、また半ばは冗談のように言った。


「五部屋かい?――そんな部屋数取らないよね……」


 アレンは振り返り、小声で相談した。


「どうする? 何か部屋は取り放題みたいだけど」


 ラデルが真剣な面持ちで言った。

「僕を個室で寝かせてくれ」



 はは、と笑い、アレンは女将に向き直ってにっこりした。

「五部屋取ります」


「ありがたいこと」


 女将は上品に笑った。否も応もない物価の高騰がその表情から窺えた。



 宿の部屋は小さくはあっても清潔で、手入れが行き届いており、女将の人柄が窺えた。ラデルが部屋でもう一度魔法陣を描いて、詳しい入口の位置を探るはずだった。




 アレンは寝台に寝転がった。


 ラデルの報告があるまでは動けないのだから、今は堂々と休める。それから万術の柱に向かい、中にある何かを首都まで持って行く。任務はそれで完了である。







 翌朝、ラデルはかなりの自信を持って断言した。

「入口はここから五百セラくらい北にあると思う」


 アゼナが小首を傾げた。

「それくらいだとここから……一日くらいだね」


「今から出るか?」

 アレンが言って、ユアンが頷いた。アゼナが跳ねる足取りで二人に近付いて、囀るように言った。

「早速? じゃ荷物取って来るー」


 全員、それに続いた。



 女将が五人を送り出し、もう一度謝った。

「ごめんなさいねえ、碌なもてなしもできなくて。働いてた子はみんな逃げちゃって……」


「いいえー」

 アゼナが可愛らしく言った。

「こんなときに来ちゃってごめんなさい」



 ラデルは頭を下げるところまで気が付かなかったようだが、他の三人は軽く頭を下げた。目的が目的なので特に罪悪感はないのだが、人から見れば確かに眉を顰められるような時期ではある。




 七頭の馬を入れる厩はこの町には存在しなかったので、七頭が七頭とも寒空に震え、非難がましい目で主人たちを迎えた。白い息を吐いて一夜を過ごしたことを想像したのか、アゼナがひしと己の愛馬となっている馬の首に抱き締めた。


「ごめんねぇっ、悪気はなかったのっ!」


「行くぞ」

 ユアンが素っ気なく言った。




 ミリウィアは他の町の例に漏れず、南北に走る大通りで貫かれている。それぞれの端には門があり、常であればアレンたちは北側のものを使いたいところだが、あいにくそちらは倒壊して瓦礫の下敷きとなっていた。南側から出て、町を回り込むしかなさそうだった。




 門が見えた時だった。



「おいあれ!」

 ユアンが叫んでアレンの腕を掴んだ。アレンもさすがに顔色を変えていた。







 朝の大気を貫いて伝わる重低音は、ここ数日で何度も聞いた音。そして確かに見える、門の向こう、少し遠くに見えるのは黝くわだかまる、微かに曲線を描く影。




「機巧兵!?」




 ラデルが思わず叫び、アゼナが下馬した。アレンが、ここ一箇月で習慣となった号令を掛ける。


「とにかく応戦だ! まず市街まで来させるな!」


 自身も馬を下り、ユアンに無言で剣を突き付ける。魔術師たちが素早く詠唱した。





 アゼナがアレンよりも一拍早く飛び出した。風のような速度で機巧兵に肉薄し、その勢いで打突を加える。がこ、と硬い音がした。機巧兵は曲線を描く壁のような巨体をよろめかせたものの、その上部が折り畳まれるように開いた。


 アゼナが伏せると同時に、火炎が頭上を通過した。


「また火かよっ!」

 駆け寄るアレンは毒づき、アゼナに並んだ。



「どこが本体っ?」

 アゼナが本気で焦った表情で訊いてきた。

「知るかっ」

 アレンは吐き捨て、剣呑な眼差しを向けた。

「まあ、今までの奴らみたいな『周り』がないからには、それだけあの表面が硬いんじゃねえの?」


「じゃあ削ろうか」

「おうっ」

 アレンとアゼナが同時に地面を蹴った。その速度、勢い、常人とはかけ離れている。機巧兵は明らかにこちらを視認し、認識し、敵意を向けていた。その無機質な体躯(からだ)のどこで醸すのかというほどの、明確な殺意が感じられた。



 アレンとアゼナの剣先が機巧兵に打つかって不協和音を奏でた。機巧兵は金属音を立てて傾き、もう一度火を噴いたが、熱はラデルの魔法陣が防ぐ範囲だ。



 重い打突を受けて機巧兵の表面にへこみが出来、アレンとアゼナが代わる代わる一点に集中して打撃を加えた。機巧兵は動こうとして震えているが、ヴェルガードが押さえて離さない。




 しゃんしゃんしゃん、と軽やかな音がした。アゼナもアレンも手を止めない。次の瞬間、機巧兵上部に氷が張った。薄氷が機巧兵の上半分を覆い、アゼナがちらりと笑って、息を乱す中にも余裕を見せた。


「寒そう」


 アレンも笑って、剣をアゼナに投げ付けた。心得たアゼナが鮮やかに受け取り、一旦距離を置く。



 アレンが素手で機巧兵に開いた小さな穴を広げに掛かった。穴の縁は鋭利だが、これもラデルの守護の範囲である。

「があっ!」

と、アゼナとは違い必死さ丸出しで声を上げながら左右に引く。「馬鹿力ぁ」との賞賛が背後から聞こえたが、構っていられない。




 穴が広がり、濃銀の刻印が裂ける。そこからアレンは右手を差し出した。アゼナが剣を投げ返す。受け取ったアレンは勢いよく中に剣を刺し通した。


 抵抗があり、押し込むと機巧兵が硬直した。アゼナがいつの間にか横にいて、アレンを待たずにその柄を掴んで引っ張り出し、二人が同時にそこから離脱した。




 しかし全く喜べない。



「うそ……?」


 アゼナの愕然とした声に、アレンは反応すら出来なかった。






 視界には黝い影が無数に。ミリウィアを包囲するように、これまで見たことのない数の機巧兵が集結し、その敵意を向けていたのだった。


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