買い物にて
2021年5月15日 修正
~Side 柚稀~
「ねぇ」
私が声をかけると、数歩先を歩いていた龍也が振り返った。
「今の状況、よく分からないんだけど……」
私は手にしている買い物カゴを龍也に見せる。場所はホームセンター。
龍也の家は意外と私のアパートと近く、私もたまに通うホームセンターは龍也も通っているらしい。
いつか、街ですれ違っていてもおかしくなさそうだった。
わかっている、私の日用品を買いに来たことは。けれど何故、私は龍也と手を繋いでいるのか。健人とですら、あまり繋がなかったのに。
困惑気味な私を、使えない奴を見るような目で見る龍也。一息ついて、私からカゴを奪い歩き出す。
「俺達は新婚なの」
言われなくても分かってる。問題はそこじゃない。
なぜ、手を繋いでいるか、だ。
「だから、それと買い物かなんの関係があるか聞いてるの」
「ラブラブ新婚さんになるためだろ」
当然、という顔をする龍也。当然じゃねーよ、と心の中で毒づく。
弁護士を目指して法科大学院の勉強をしている龍也の頭は、私とは出来が違うらしい。私は難しい法律の話なんてわからないが、話の脈絡や構文には自信がある。龍也にはどうやら、説明力が致命的に欠けているらしい。
「お前今、とんでもなく失礼なこと考えてるだろ」
「別に?ただどんな頭の構造しているのかなって」
「はあ?お前意味わからねぇ」
わからないのはお前のほうだよ、とこれまた心の中で毒づく。
「良いか、俺は絶対に弁護士になってやる。そのためにも、つまんねぇ事で挫折したくない。ジジイには、完璧な夫婦って事を見せつけてやる」
だから、と龍也がカゴに2つ色違いのマグカップを入れた。
「形だけでも、ラブラブに見せんだよ」
分かったか、と私を偉そうに見る龍也。正直こういう態度はムカつくけど。龍也の事をいっぱい知っている訳じゃないけど。
龍也の、弁護士になりたいという気持ちは知っている。
私に出来る事なら、協力してあげてもいいと思う。叶えてほしいと思う。
「いーよ、理解したよ。けどね」
私は龍也の入れたマグカップをカゴから出して掴み出す。
「このマグカップは嫌だ!かわいくない、ダサい。しかも大きい。こんなに飲めない」
白い陶器に、なにやら水墨画の様なものが描かれている。しかも、メンズ用サイズ。
幸い龍也にこだわりはなく、すんなりと意見を訊いてもらえた。
他にも時計、食器、クッション(これは龍也が必要ないと揉めた)、生活雑貨をそれぞれセットで買った。
ベッドに関しては大きな出費だったが、まあ結婚式にかかった費用もキャンセル料も全て健人に支払わせるつもりだし、と考えて思い切って高めのものを購入した。後日、郵送してくれるとのことだ。
「いやー、たくさん買ったなぁ」
「本当、車で来てて良かったね」
助手席に乗り込みながら、買い込んだ荷物を後部座席に置いていく。
大きい袋が計3袋、仲良く並んでいる。本当にたくさん買い込んだなぁ、と他人事のように感心する。
そのうちの袋の1つから、色違いのマグカップ少しはみ出ているのが見えた。
健人とも、誰とも揃えた事のない、マグカップ。隣を見ると、運転している龍也。
まだやっぱり心は複雑で、これが健人だったらと思ってしまう自分が嫌い。
「なに」
じっと私が龍也を眺めていたのが分かったのか、龍也が前を見たまま言葉を発した。
「ううん、別に」
健人を思い出してた、なんて。女々しすぎて私のキャラじゃないし。
龍也には、龍也の良さがある。出会って短時間だけど、それは言える。
だから、偽物の結婚だろうと、健人を思うのは失礼だ。
「ただ、龍也は私の旦那様なんだなぁって」
私がそう言うと、龍也は「なんだソレ」と呟いた。なんだろね、と私も返す。だって、そう思ったんだもん。
「とりあえず。夢が叶うまでよろしくな、奥さん」
「こちらこそ。よろしくお願いしますよ、旦那様」
フ、と。どちらからともなく笑いがこぼれた。