バカ
〜side龍也〜
笠原が美羽に告白してから、一週間が過ぎた。
あの後どうなったのか大いに興味があるのだが、笠原は特に何も言ってこない。
ただ。
もう世間はお盆休みに入ろうとしている。つまりそれは、日本全国の受験生が死にものぐるいでスパートをかける時期をさす。
一回大学受験を経験し、大学を卒業し、会社勤め中とは言え、仕事に追われっぱなしでは毎日勉強している奴らと嫌でも差がつく。
その穴を必死に埋めようと、会社が休みの中俺は死にものぐるいで机に向かう。
「龍也」
遠慮がちにかけられる声に、顔を上げずに返事だけする。
「何」
「コーヒー淹れたけど、いる?」
「さんきゅ、もらう」
はい、と目の前にコーヒーを出される。
シャーペンを置き、受け取る。
一口飲むと、冷えたコーヒーが口の中で一気に広まる。
「偉そうなことは言えないけど、たまには休むのも大事だよ」
同じくコーヒーを飲みながら、柚稀が心配そうに言う。
「大丈夫だって。それより出かけても良いんだよ、俺みたいに勉強しなきゃいけないわけじゃないんだし」
勉強に専念してもらうため、家事は私がやるから!
そう宣言した柚稀は、大嫌いな家事を率先してやるようになった。
だが、その分柚稀の時間が時間が取られてしまう。
それが申し訳ない。
「やだ。一人はつまんないもん」
それに、龍也と一緒にいたいし。
そう言った柚稀の顔は、勉強のしすぎでおかしくなった俺の頭がそう見せているのだろうか。
赤くなっている。
「……バカじゃねぇの」
「そりゃ、龍也から見たら私はバカですよ」
素直にありがとうと言えれば良いのに。
本当に俺は、素直じゃない。
自分の時間なんだから自由にやれよ、なんて言っておきながら。
柚稀が家にいてくれることが嬉しい。
呼べば返事してくれる距離にいて。
視線を問題集から移せば、目に入る場所にいて。
それだけのことが嬉しい。
ああ、俺相当重症だな。
こんな些細なことで、こんなにも幸せを感じるなんて。
「柚稀」
「なに」
「柚稀」
「なにってば」
好きです。
そう、言えれば良いのに。
笠原の告白を見てから、何度も思った。
一緒に暮らしていて、結婚だってしているのに。
言うことは無い、できない。
最初に言いだしたのは俺だし、別れるんだ。
ならば、変なことを言って一緒にいられる時間をギクシャクしたものにしたくない。
黙り込んだ俺を、柚稀は笑う。
「勉強しすぎて疲れた?バカなのは私だけで十分だからね」
目の前にいるこいつを、強く抱き締めたい衝動に駆られる。
違うんだ、違うんだ柚稀。
バカなのは俺。
未来がどうなるか考えずに、勝手に決まり事を決めた俺。
好きなんだ。笑っている顔が。不機嫌そうにしている顔が。おいしいと喜んでくれる顔が。
こんなに好きになるなんて、考えもしなかった。
ただラッキーだと思っていた。
バカは俺なんだ。




