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a shame married couple  作者: コシピカリ
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ビジネスという名の 2

2021年5月12日 修正

〜side柚稀〜



「数え切れないぐらい、ジジイにね」


 その言葉に、私は自分の耳を疑った。


イマ、ナンテ?


「……まさか」


 嘘でしょう、と言おうとして、言葉を呑む。

 龍也の悲しそうな、寂しそうな顔。そしてどこか、諦める事に慣れてしまっている様な顔に、何も言えない。


「渡部豪太の後継と決まった瞬間から、俺には選択権なんて与えれてないんだ。選択権を持ってしまえば、後継にならなくなるから」


 龍也の淡々とした態度。それが、なぜか私に突き刺さる。


「……それ、制限なんてものじゃないよ」


選ぶ事すら、許されないなんて。


「……そうだな」


メディアでは、人の良さそうな笑顔を浮かべていたのに。握手を求めた子供にも、優しく応じていたのに。「大事なのは子供の未来です!今の子供達が将来苦労する世界を、止めなければなりません!」と熱弁を奮っていたのに。私はそれに感銘を受けて、投票したというのに!

 未来の子供の将来を守るどころか、自分の孫の将来を奪うだなんて。


「支持していたのにっ、無念っ!」


 返せ、私の清き1票。


「いるんだよなぁ、あの外面に騙されてる奴。お前のその1人か。あいつが良いのは外面だけ、その証拠が俺。俺の夢は全て、潰された。それが嫌で嫌で、反抗ばっかしてた。まあ、それは今もだけどな」


龍也が、おどけて笑う。けれど私は、笑えない。

 どうして、どうして笑えるの。辛いでしょ、悲しいでしょ、悔しいはずじゃないー


「反抗ばっかしてた頃にさ、出会ったんだ。俺が憧れて、絶対にこれだけは譲りたくねえってもんに。そんで今、その夢を守るために、ジジイとバトル中なんだよね」


 龍也が、ニカッと笑う。実に嬉しそうな笑みだ。まだその夢は潰されていないんだと、誇らしそうに。

 私はその笑顔を見て、喜ぶべきなんだろうけど、悲しくなった。夢を潰されないようにする為、祖父と闘うなんて。夢は、身分に関係なく、誰もが持つ事を許される、数少ない物の一つなのに。それを邪魔する権利は、誰にもないのに。

 それが、龍也にとって守らなくてはいけない存在になっている。それが、酷く悲しい。


「それが、弁護士になることなの?」

「そう」


 嬉しそうに言う龍也には、さっきまであった負の感情は消えている。

 ふぅ、と息が漏れる。


「私、龍也の事情とか詳しいことは知らないけど。……軽々しく言うなって思われても仕方ないと思うけど、それ叶うと良いなって思うよ」

「うん、だからさ、その為にもね?」


龍也の顔に、今までとは違う笑みが広がる。

諦めた様な顔じゃなく。悲しそうな顔でもなく。どちらかと言えば、弁護士になりたいと言った時の、少年に近い笑み。

けれど、それは夢を語った時の様な純粋な笑みではない。何か、悪戯を見つけた子供の顔ー


「俺と結婚して?」


いやいやいや、全然説明になってないです。だから、だから何よ?どうしてそうなるワケ?


「なんでよ。接続詞の使い方、分かんないの?だからって何?だからの使い方、知らない?馬鹿?お馬鹿なの?」

「もうちょいソフトに言えよ。まあ、説明にあまりなってなかったかなとは思ってたけどな」


龍也はそう言って、人差し指を立てた。


「来年の法科大学院の試験に受かって、再来年に法科大学院に入学。その大学院生活中に司法試験もしくは予備試験に受かる事。これが、俺が弁護士になるためのジジイに出された条件。そしてその中に、結婚も含まれている」


 いやいやいや、ちょっと待て。

 ツッコミどころ満載。なんでそこに、結婚が条件に入っているんだ。


「やっぱり全然説明になってない」


 私が言えば、龍也はそれが不服なのか、口を尖らせる。いやいやいや、分かる訳ないですって、そんな目で見ないでよ。


「俺、ジジイにさ、政治家になるんだったら政略結婚させられるんだ。相手はジジイと仲の良い政治家の娘」

「はあ」

「今大学4年生」

「良いじゃん可愛いじゃん若いじゃん大学生。中々無いわよ、今の年齢で大学生と付き合えるだなんて」

「嫌だ、俺は大学生は趣味じゃない、5歳下は範囲外。それに俺のタイプじゃない。俺のタイプは元気溌剌、休みの日は一緒にスポーツとか付き合ってくれる子。漫画とかで話が盛り上がったら嬉しい」

「龍也の好みは心底どうでも良い。その婚約者?はどんな子なの」

「ザ・大和撫子ってカンジ」

「大和撫子が好みじゃないって、どんな完ペキちゃんを求めるのよ」


 大和撫子?日本で今消えつつある、素晴らしい女の子ではないか。私は大和撫子と正反対だから、余計そういうのには憧れる。


「いや、俺はムリなの。執着するし独占欲やばいし、自己中だし。好きな運動は日本舞踊だってよ、もうそこからして無理、合わない。一緒に居てマジ疲れそう」


 それでも口やかましい女よりは、よっぽどマシだろう。

 そう言えば真紀も、どちらかと言えばあまり出しゃばらないタイプだ。その分、健人には執着していたような。かなり牙むかれたよな……


「正解だったよ、それ」


 そういうのに、ろくな奴はいるまい。


「ただ、ジジイにはめっちゃ言われたよ。俺が家庭を持って、政治家という場所に落ち着いてほしかったらしい」

「サイテーな奴だね」


 渡部豪太の株は大暴落だ。悪口だって一緒に言ってやる。


「全くだ。おかげで今回の件に繋がる」


 龍也が顔をしかめた。残念な事に、私にはまだよく分からない。


「結婚を、今回の条件に入れただろ。あいつは、俺にそういう女がいないと知りながら、その条件を出したんだ。人の足元見やがって、くそ」

「それで、その場しのぎで良いからって私に結婚しようって言ったんだ?」

「柚稀にだって、メリットはある」


 そう、そこなのだ。さっきも同じことを言っていたけれど、どんなメリットがあると言うのか。

 どーゆー事よ、と目で尋ねる。


「ここに、恋愛感情はない。だから、結婚しても比較的自由だ。俺は柚稀に構いわないといけない必要性はないし、柚稀だって傷つく心配なしに結婚できる」


 つまりだ。

 私は結婚を経験できるし、龍也は条件を満たす事が出来る。

 したかったんだろ、結婚?そう言われ、一気に脳裏を健人と夢見た結婚式を、その後の生活がよぎった。

 したかった。したかった、大好きな人と。ただもう、恋愛で傷つきたくない。

 朝起きて、おはようって言い合える人がいる。仕事から帰ってきたらお帰りって言ってくれる人がいる。灯りのついた家。

 結婚ももう少しだからと、健人が半同棲のように私の家に入り浸っていたあの頃を思い出すと、もう誰もいない家には帰りたくないと思う。


「私で良いのね」

「もちろん」


 龍也がニヤリとする。じゃあ、話は決まり。

 婚約者に振られたその日に、結婚が決まるなんて。なんだか、おかしい。


「言い忘れてたけど、大学院合格して、入学したら離婚な。大学で稼ぎないのに、養えねぇし。弁護士になんのに必死で、お前の相手してらんねえだろうし」


そういうことは、先に言って欲しい。

 契約内容はよく確認しましょう。

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