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a shame married couple  作者: コシピカリ
4/60

ビジネスという名の

2021年5月12日 修正

〜side柚稀〜


「え、はあ?ごめん、ついてけてない」


 やはり飲み過ぎたのか。結婚?契約?一体何を言っているんだこの男は。それとも実は目の前の男も酔っ払っているとか。


「普通に考えておかしいでしょ。だって、仮にね。ビジネス?ビジネスとして考えましょう。けど、名前も知らない信用のおけない人と、普通取り引きってする?」


おかしいことは言っていないはずだ。むしろ驚きと衝撃が大きい分、酔いも醒めたような気がする。


「俺には、かなり良い話だと思えるんだけど」


ますます意味が分かない。自然と眉間に皺が寄る。


「えっと、それは誰にとって?」

「もちろん」


男は手に持っていたグラスをカウンターに置き、そしてその手で順に私と男を指差す。


「俺とあんた、両方だけど」


何故だ。


「本当に意味がわからない。そっちが持ちかけた話だからそっちには何かしらのメリットがあるんでしょうけど、あんたと結婚して、どうやって私にとって良い話になるわけ」

 

 本気で意味がわからない。それから。男が私を指差したままの手の向きを、クルリと変えた。


「知ってる?人をね、指差しちゃダメなの」


不愉快と、はっきりとそう言ってやる。男は予想もしていなかったのか、きょとんとしてから、何故か「ふはっ」と吹き出した。


「悪い悪い、そうだよな」

「そうよ。それと、さっきから、あんたあんた失礼すぎる。私はね、あんたって名前じゃないのよ。柚稀って名前があるの。世良柚稀よ」

「あんただって、俺をあんた呼ばわりしてるよな」


 先にあんた呼びしてきたのはそっちである。


「細かい男は嫌よ、どうでも良いから、早く名乗れってば」


私に言われ、はあ、と男は小さいため息を一つ。何を言っても無駄だと悟ったのか。酔っぱらいは、いつの時代も無敵だ。いや、私はそこまで酔ってないとは思うんだけどね?


「俺は渡部龍也、龍也だ」

「龍也?龍也ね、分かった」


 龍也、龍也と何度かその名を繰り返す。自慢じゃないけれど人の名前を覚えるのは苦手なタイプだ。それに今はお酒が入っているから、明日まで覚えていれば良いほうである。


「本題入るぞ」


 遅い。そう言えば、遅らせたのはお前だ、と言われた。むかつく。


「俺はな、弁護士になりたいんだ」

「あ、へぇ、弁護士に。……それは立派な夢で」


 何をどうコメントすれば良いのか分からず、なんだか月並みな返答になってしまった。

 だって、ねぇ。私は心の中で自分に言い訳をする。

 だって、詳しい事を話すと言われ、いきなり自分の夢について話し出した。弁護士?それは凄いとは思うけれど、なるのは本当に大変だと聞く。国家試験、予備試験、そのための勉強。正直言って、え、それ今でも目指しているんですか、と聞いてしまいたくなる。

 ポカンとなるのが、普通だ。


「で?弁護士と結婚が、なんの関係があるっていうのさ」


 そう聞くと、龍也は待ってました!とばかりに、口角をギュッと上げたに目を輝かせた。


「俺なぁ、渡部豪太の孫なんだ」

「渡部豪太、ねぇ。へーえ……」


 あー何か飲みたいな、と何も持っていない手を見ながら、龍也の言った言葉を思い返す。


「……渡部豪太⁈」


 私が大声でそう言えば、龍也はおせーよ、と少し呆れたようだった。


「だって渡部豪太って、あの渡部豪太?!」

「俺の知っている渡部豪太は一人だ」


 私の知っている渡部豪太は、もう80歳をいってはいるけれど、政界を牛耳っていると言っても過言ではない男だ。大臣職を何年も務め、日本のあちこちに後援会が存在し、支持者がおり、民衆の声を代弁してくれると政治家の中でも人気がある。おじいちゃんに欲しい有名人ランキングのトップ10に入るほどである。

 その孫となると、龍也は……


「龍也って、本当は超お坊っちゃま⁈」

 

 恐らく、かなりの大金持ち。それも、私が想像出来ない規模の。


「うわー、マジか!良いなぁ大金持ちとか、羨ましい~」


 私がそう言えば、やっぱり龍也は呆れた様に私を見る。


「全然良くねぇっつーの」

「はぁ?」


 龍也は私を横目で見やり、軽くお酒を口に含む。なんだか、さっきまで輝いていた目が、光を失っているようだ。

 龍也の急変した態度が不思議で、けれど聞くのもなんだか憚られるようで、私は何も持っていない手を見つめる。

 カラン、と龍也がグラスの中の氷を鳴らし、そして一つかじる。

 横目でそれを眺めている。喉仏が動くのがよく見える。横を向いていた喉仏が、ふいにこちらを向いた。


「柚稀はないだろ、自分のやりたい事に制限かけられた事なんて」

「そう、ね。基本親は放任主義だったわ」


 例えば、やりたいゲームがあってもやらせてくれない、とか。欲しいものを買ってくれなかった、とか。

 けれど、龍也はそんな事を言いたい訳じゃないと、なんとなく分かる。龍也の、その目が語っている。多分龍也は、私の答えなんてどうでも良いんだ。ただ、聞いてほしいだけだろう。


 私は龍也の事なんて、ただ名前が渡部龍也だという事しか知らないけど。あの渡部豪太の孫だという事しか知らないけど。


 なんとなく、そう思った。


「俺はあるよ、たくさん」


 カラン、と氷が溶ける音。


「数え切れないぐらい、ジジイにね」

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