突然の訪問者
2021年6月28日 修正
~side柚稀~
「おい、渡部」
「はーい」
いつも通り、PCと睨めっこをしていると、瀬田課長が困ったように、私を呼んだ。
仕事の出来る男が代名詞の瀬田課長がお困りとは。
身を引き締めて、課長の所へ向かう。
「なんでしょうか」
「お前に客だ。本来ならアポイントもなしにいきなり来る奴は門前払いなんだが、ならば終業時間まで居座るって言われちゃあ、な」
「はあ……」
クライアントなら来る前に必ず一報あるはずだし、終業時間まで居座るほど込み入った話をする相手が果たして私にいただろうか。我が社があるビルは他の会社とも共同で借りているため、居座られたら迷惑だ。
「頑張れよ」
ポンと頭を叩いて、課長はロビーをくいと指さした。
行け、ということらしい。
首をひねりながらロビーに行く。
ロビーには、その場にそぐわない和風姿の女の人が1人。私に背を向けてソファに腰掛けている。
他に人はいない。でも私は、この人を知らない。
「渡部柚稀です、お呼びでしょうか」
声をかけると、女の人は立ち上がって私を見る。
うわ、顔ちっちゃい。細い、かわいい。和風、めちゃくちゃ似合ってる。
年齢は、私より2、3歳ぐらい若そうだ。
こんな子が、私に何の用だ。
ニコリと微笑まれ、つられて私もニコリと笑みを返す。しかし女性は、私の笑みを見た瞬間、浮かべていた微笑みを、一瞬にして凍結させた。
笑みが、動かない。純粋に怖い。
「え、えーと、あなたは?」
ひきつりながら訊くと、凍結させた笑みのままで彼女が口を開く。
「初めまして、今井美羽と申します。龍也さんーー渡部龍也さんの、婚約者でした」
タツヤサンノ、コンヤクシャデシタ?
コンヤクシャ、コンヤク、コンニャクーー
今日は龍也に、何かコンニャク料理作ってもらおうかなーーーー
じゃなくて。
「ここここ、婚約者⁈」
「はい」
いやいやいや、はい、じゃない。
え、何しに来たの?龍也に婚約者がいたことは知っていたが、なぜ私の所に来る。龍也としっかり話し合わなかったのか。
私の頭が、一気にパニック状態になる。
「ちょっと失礼」
とりあえず、龍也に連絡せねば。
業務中だと思いつつ、いや今は緊急事態だと言い訳をする。
胸ポケットに入れておいた携帯を取り出し、Uターンしようと方向転換。一歩踏み出そうとして、腕を掴まれる。
「龍也さんには内密にして頂けないでしょうか」
まるで、私の心を読んだかのよう。
「内密にと言われましても」
龍也の婚約者だった子が現れて、当事者の龍也が除け者扱いされるのは、おかしい。
それに、何か打ち合わせでもしとかないと、ボロが出そうだ。
「龍也さんからしたら、私のことなんて終わったことなんです。終わったことで呼び出すなんて、申し訳ありません」
それに、と美羽が続ける。
「今日私が参りましたのは、あなたとお話がしたかったからなんです」
「私と?」
「はい。どうして、龍也さんはあなたをお選びになったのですか」
私は悟る。
この子、面倒くさいタイプだ。
「どうして、と言われましてもねぇ」
まいったなぁ。
真実を告げるわけにはいかないじゃないか。まさかあなたと結婚するのが嫌で、将来政治家になるつもちが一切ない龍也と、結婚したかった私の、合理的判断ですと言った瞬間、何を言われるかされるのか。
少々身の危険を感じる程に、美羽からは不穏な雰囲気が漂っている。
「結婚する理由なんて、大抵決まってるでしょ。私達なら、うまくやっていけると思った、だから結婚した」
酔った頭で、自分なりに考えた。龍也は、正常な頭で。
それで、結婚することになった。
行き着いた過程はどうでもいい、結果オーライだ。
ただ1つ、予想外だったのは。
私が、龍也を本当に好きになったってことだけだ。
「失礼ながら私、長いこと龍也さんの婚約者をさせていただかせていたので、龍也さんの交友関係は把握しているつもりでした。
ですが、私の知る限りでは、柚稀さんはいらっしゃいませんでしたわ」
ああ、本当面倒くさいわ、この子。
「完璧に把握なんて、人なら無理なんじゃない?見落とすことなんて、普通だと思うけどな」
「いいえ」
私の目を見て、はっきりと首を横に振る美羽。
「龍也さんの良き妻になるために、それはもう大変な労力を費やしてまいりました。見落とすなんて、ありえません」
「大変な労力?」
「はい」
美羽は、真っ直ぐに私ん見据える。
「交流関係の把握なんて序の口。習い事にお裁縫。家事ができるのは当たり前ですし、龍也さんの好きな食べ物だってリサーチ済み、料理だってできますわ。
それだけじゃなくて、何が嫌いで、よく何をするとか。
私は、龍也さんのことなら何だって知っています」
おうおう、これじゃあまるで、龍也のストーカーじゃないか。
なんてことは、もちろん態度に出さないけど。
「さすがの美羽さんも、私のことは知らなかったて訳だ」
「ふざけないで」
キッと、私を睨みつけてくる。
龍也じゃなくても、こんな子は嫌だな。
「いったい、何を言って龍也さんを騙したの?どうやって、龍也さんを取り込んだの」
「あのねぇ」
さっきから、何を言い出すんだ。黙って聞いていれば、騙す?
私は、詐欺師じゃない。
「そんなに気になるなら、自分で龍也に聞けば良いでしょ。本当に龍也が好きなら、しっかりとぶつかれば?」
そもそも。初めて会う人にこんなに無遠慮に言われる筋合いは無い。龍也の元婚約者だろうが、私からしたら赤の他人。
気心しれた人にだって、言われっぱなしなんてされたくない。言われたら、ただで終わらないのが私。
かわいくないこの性格で、苦労しているけど。変えるつもりは無い。
「見た感じ、あなたは私より若いよね」
「大学4年です」
得意気に美羽が言う。若さで優越を感じているのだとしたら、青いなと思う。
若いことは羨ましくもあるけれど、若さゆえ他のことを考えられない未熟さは、私には不要だ。
「じゃあオバサンの私から忠告。社会の荒波に揉まれたことのないガキが、大人に偉そうな口きかないほうが良いわよ。どんな教育を受けたかなんて知らないけど、大学すらまだ出てないあんたに、人の妻なんか務まらないわよ。
習い事、裁縫、家事、どれも大事で私の苦手分野ばっかり。そういう面であんたに劣るかもしんないけど。世間を知らないあんたに、龍也のことを分かってあげられるなんて、ただの自惚れだから」
「な、何を……」
「私、暇じゃないの。今だってね、仕事をわざわざ中断して、あなたのために貴重な時間を割いているわけ。自分の都合の良い時に押しかけて、用事が終われば帰れば良い学生じゃないの。仕事があるの、お金をもらってるの、生活がかかってるの。
あなたがガキじゃないって言うんなら、仕事中に来るな。アポイントは常識よ」
「……私は、あなたが龍也さんの妻だということに納得してないだけです」
「だから、それは龍也に聞けっつーの」
くだらない。
龍也に聞いて、自分の期待しているのとは逆の答えが返されたらって、それが怖いんでしょう?
本当に好きなら、体当たりしてでも聞けば良い。それが許される立場にいるんだから、すれば良い。
私は、好きだと伝えたら一緒にいられなくなるから、出来ないけど。
好きだと伝えられずただ一緒にいるのも、悲しくなったりするものだから。
「……納得出来ない。私のほうが、龍也さんを愛しているのに」
「同じことを何回も言わせるのも、良くないわよ。そういうのは龍也に聞いて。それに、しっかりと現実を見なさい。龍也はあなたじゃなくて、私を選んだ。結果が全てよ」
そう言えば、美羽は唇を噛んだ。血が出るんじゃないかと思ったけれど、私には関係ない。
「それから、私だって龍也が好きよ。好きって、一緒にいた時間じゃないから」
でなければ、ずっと付き合ってた私が、ぽっと出の真紀に健人を奪われなかった。今では結果オーライだけれど。
確かに、美羽より、龍也といる期間は短い。龍也のことを、まだそんなに知らない。好きだって気づいたのだって、本当に最近だけど。
「私の旦那は龍也で、龍也の妻は私だから」
その契約を終えるのは、龍也が法科大学院に受かってから。
それまでは、今の立場を誰にも譲る気は毛頭ない。




