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a shame married couple  作者: コシピカリ
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再会は突然に

2021年6月12日 修正

〜side柚稀〜



 今は午後8時。

 仕事がトントン拍子に進んで、残業も無い。帰ったら、温かいコーヒーを淹れよう。そうだ、今の渡井は機嫌が良い。駅前でケーキを買おうか。もちろん、龍也の分も。

 何のケーキにしようか、とウキウキ気分で会社から出る。会社の目の前の横断歩道を渡ろうとした時、どこか聞き覚えのある声に名前を呼ばれて足を止めた。


「柚稀」


 その声に、私はゆっくりと振り向く。


「健人」


 元婚約者が、私の目の前に立っていた。

 こうやって正面から見て、離すことは何か月ぶりだろう。

 健人とは同じ会社だけど、課が違うし、付き合ってもいない何の接点も無い今、用事はもちろん無く、会う事なんてなかった。会社ですれ違うことはあっても、向こうはどこか私を避けているらしく、わざとらしい程「急用を思い出した」と急にUターンをしたり、俯いて顔を合わせないようにしていた。

 そんな情けない健人の姿を見る度に、私はなんでこんな奴と付き合っていたのだろうかと嘆息するまでがお決まりとなっていた。


 久しぶりに見る健人は、昔の健人となんら変わりがなかった。

 昔のままの人懐こい笑顔を浮かべて、立っている。


「久しぶりだね、柚稀」

「そう、だね」


 私は健人の突然の登場に、反応できなかった。健人はそんな私にお構いなしに、一人で話している。


「な、折角なんだし、どっか行って飯食いながら話でもしない?」

「は?」


 何を言っているんだ、この男は。話って何?何を話すんだ。近況報告?世間話?それとも、新婚生活の惚気話でもするつもりか。

 どっちにしろ、私には健人と話す事なんてない。


「俺はさ、ずっと会いたかったんだよ。けど、周りの目もあったし。な、どう?」


 ずっと会いたかった?私に?やばい、頭の中が疑問符でいっぱいだ。

 健人は何も言わない私の答えを了解と見たのか、私の腕を取った。


「ちょ、健人!」


 深く考えずに、感覚で。私は健人の腕を払った。


「柚稀?」


 健人が目を丸くして、私を見る。こんな事をされるなんて、思ってもいなかったようだ。

 確かに、付き合っていた頃なら考えられない。純粋に健人を慕っていた、あの頃なら。

 だけど今は違う。知っている。


「悪いんだけど、そうやすやすと触らないで。私、そこまで安い女じゃないの」


 勝手に浮気して余所で子供までこさえて、あっさり私を捨てたのは健人なのに。いきなり会いたかっただとか言われても、不愉快でしかない。

 好きでもない男に触られたくないし、なんだか触れられた場所がゾワッとした。健人も驚いていたけど、私も驚いた。

 結婚まで考えていた男に、嫌悪感を抱くなんて。


「柚稀 、変わった?」


 少し傷ついたような健人の様子が、さらに嫌悪感を募らせていく。

 健人、お願いだから。これ以上、私にあなたを幻滅させないで。


「変わるも何も。自分の所業、忘れちゃった?婚約者の私を差し置いて、真紀と結婚したのはどこのどなた?どうしたら変わらないって思えるわけ?」


 それに、と私は健人を睨む。


「どうやら、あなたは泣かない、自分より仕事のできる女は嫌みたいだし?自分の3歩後ろを歩いてくれるような女性が良いんでしょ」

「あれはっ、あいつらに合わせただけで」

「誰の意見だろうとどうだって良いのよ、そういう発想があるってだけで無理。それから1つ、良いことを教えてあげる。自分の3歩後ろを歩いてくれって頼んでいるようじゃ、ダサイと思うけど?俺が3歩前を歩いてやるぐらいの気概でないと。自分のレベルの低さを露呈しているようなもんよ」


 健人はそこまで言われると思っていなかったのか、反論が思いつかないのか、金魚のように口をパクパクと開閉するが、言葉が出て来ていない。


「それに、まだ伝わってなかった?私、あのあとすぐに結婚したの。今こうしてあんたと居れば、余計な誤解が生じるかもしれないでしょ。それは、健人にも言えるわよ」

「結婚?誰と」

「すてきな旦那様と、よ」


 そう言いながら、私は龍也を思い浮かべる。

 何かと私をバカにするし、口は悪いし。

 あれをすてきと言って良いのか迷い所だが、浮気男と比べれば何百倍もすてきだろう。


「俺と、どっちが良い?」


 笑わせんな。


「決まってんでしょ、すてきな旦那様よ」


 本当に、この自信はどこから来るのか。呆れを通り越し、もはや賞賛したいぐらいだ。

 仕事もここまで粘り強くやれば、結果だって出せるかもしれない。

 

「話があるなら、今、ここでして。私、あんたとご飯なんて食べれる気がしないから」


 話がないなら帰ると、クルリと健人に背を向ける。

 向いた先とは反対側ーーーー健人が私の腕を引っ張った。


「触らないでくれる?」


 振り払おうとしても、健人の手の力は強くなるばかりだ。


「俺、柚稀が好きなんだ。なあ、やり直そう」

「ねえ、本当に頭腐った?」


 本気で、心の底から思った。


「他の女と乳くりあってやることやって、でもやっぱり好きでした?やり治したい?私をバカにするのも、大概にしてくれる?」

「バカになんてしてない。本気だ」

「じゃあなに、まさか私に不倫しろって言わないでしょうね。真剣に付き合おうと思ってるわけ?真紀と別れてってお願いしたら、別れるの?私旦那と別れるわけ?もそれで私とやり直す?」


 健人が言葉に詰まる。ここぞとばかりに、私はまくし立てる。


「真紀と別れる気も覚悟もないのに、いい加減な事言わないで。好き?違うだろ、遊びたいだけでしょ、単に。遊びに私を巻き込むな、私はあんたの暇つぶしの道具じゃない」

「違う」

「どこが、なにが違うわけ?納得するまで説明してくれるの?」


 健人が顔を歪めながら答える。


「本気で、好きだ」

「だから、そんな嘘はもう十分だって」


 なんで顔を歪める訳?せめて演技ぐらいすれば良いのに、真っ直ぐに私を見たら、まだ信じられたのに。


「私帰るから」


掴まれた健人の手を振り払おうと、思い切り手を上げる。


「おいおい、誰かが騒いでると思ったら柚稀かよ」


 健人の手を振り払う前に、第三者が私の手を掴み、健人の手から引き剥がした。


「龍也?」


 なんでここに。

 キョトンとする私に目をくれてから、龍也が健人に向き直る。


「あんた、誰?」


 龍也の静かな、けど迫力のある口調に、健人がたじたじしながら答えた。


「柚稀の婚約者だけど」

「おい、何サラッと嘘ついてんだよ。婚約者?あんたにはあんたにお似合いのオクサマがいるでしょ、いい加減にしてよね」


 なんで、そんな事を言えるのか。どの面さげて、婚約者なんて言えるんだろう。


「そういうそっちは?」


 健人の問いに、龍也が勝ち誇ったように答える。


「柚稀の旦那だけど?」


 その言葉に、表情に「は?!」と、健人が目を剥く。


「柚稀、こいつと結婚したの?全然俺と違うタイプじゃん。本命がこんなんなの?」

「は?お前、マジいい加減にーー」


 龍也の言葉が全て出る前に、私は健人の前に立ちはだかり、健人を思いきり睨みつけ、そしてそこが道路という公共の場所だというのも忘れ、思い切り健人の頬をビンタした。

 隣で「うわ、痛そー」と龍也が呟く。

 バチン、と良い音が響く。行き交う人々が足を止め、何事だと私達を見る。中には会社の人もいるが、今はそんなことに構っていられない。

 

「あのさあ、さっきから本当になんなの?話を聞いてりゃ、私達を馬鹿にしているとしか思えないんだけど」


 龍也が健人と全然違う?本当に本命なのか?

 なんで、健人にそんな事言われなきゃいけないの。

 なんで龍也が、健人に評価されるの。


「龍也の方が、お前より断然恰好いいし、素敵に決まってんだろ。大体、龍也と比較できる立ち位置にいると本気で思ってる?なに、龍也と同じ土俵に立ってるとでも思ってる?戯言言うのも、大概にしろよ」

 

 健人が、信じられないという顔をする。


「柚稀、俺の事、好きじゃなかったの?」


 先に興味を無くしたのはどっちだ。浮気をしたのは、子どもができたのは、誰。

 確かに大好きだった。けれど、それは過去。

 恋は盲目とは、よく言ったものだ。


「誰が、そうさせたと思ってるの?」


 なんで。なんでそんな事、聞けるの。健人は、自分がした事を、なんだと思っているの。

 怒りのあまり、手が震えてしまう。それに気づいた龍也が、私の手を握ってくれた。

 目の前で、哀しそうな顔をする健人。

 私の大好きだった人は、こんな人だったっけ。

 こんな無神経で、自覚が無くて、自分に自信があって。


「帰る」


 クルリと健人に背を向け、龍也の手をひっぱる。


「帰ろ、龍也」


 健人といたくない。同じ場所に存在さえしていたくない。ただ、ひたすら健人といたくない。それだけだ。


「柚稀っ」


 背中で、健人の声を受け取める。もう嫌、声も聞きたくない。


「あのさぁ、元婚約者さん」


 ずっと黙っていた龍也が、口を開いた。なにを言い出すつもりだと、思わず龍也を見上げる。


「これ以上、柚稀に近づいてみろよ。どうなってもしらねぇぞ」


 龍也は真っ直ぐに、健人を見ている。その眼光は鋭く、健人は怯えてしまっている。

 それでも、健人は声を張り上げた。その馬鹿さに拍手を贈ろう。


「柚稀。こいつには、柚稀は幸せにはできないよ。今の、聞いた?脅しだよ。そういう人間なんだよ」

「あのな」


 龍也が一歩、健人に近づく。健人が一歩、後ずさる。


「俺、こいつの旦那なんだよ。分かる?こいつはお前より、俺を選んだんだよ。お前は俺に負けたんだよ」



 とどめだと言うように、龍也の顔が笑う。私は繋いでいる手に、力を込める。


「大体、確認する事じゃなくね?俺の方があんたより恰好いいし、キャリアも上。なにより、柚稀とお似合いだし、あんたより柚稀を想ってる」


 想ってる。あれ、なんだ。その言葉だけで、顔に血がのぼる。

 健人が、のろのろと私を見る。知らない、健人なんてもう好きでもなんでもない。


「あなたは私より真紀が良いから、彼女と結婚したんだもんね。それと一緒。私は、健人より龍也がいいの。あなたは私に不倫の申出をするより、すべきことがあるのよ。慰謝料だけで澄ましたけど、本当は裁判にだってしてあげられた。でも、真紀のご両親には浮気の結果のデキ婚だなんて伝えてないんでしょ?真剣にお付き合いしていますって言ったんでしょう?裁判にすりゃ、真紀からももっとお金もらえたし、ご家族に教えてあげることもできた。でも、私はそれをしなかった。ねえ、わかる?あんたのすべきことは、私に社会的制裁を下されなかったことに心から感謝して、一生私に関わらないようにするだけなの」


 ニコリと健人に言ってやる。健人の顔を見ずに、私は龍也をひっぱりながら歩き出す。


「あ〜あ、あいつ傷ついてるぜ」


 ヒュウ、と龍也が口笛を吹く。


「別にいいんじゃない?ほら、良薬は口に苦しって言うし」

「これが良薬かよ」


 龍也が苦笑する横で、私は涼しい顔をして頷く。


 さよなら、健人。



「ねー、そーいえば、どうして龍也あそこにいたの?」

「んー?内緒」

「なにそれ」


 龍也と繋がれている手。そこから、なんだか力が流れてくるみたいだ。

 たとえ、その場しのぎだとしても。想っていると言われ。手を繋いで。

 それだけで、私は幸せになれる。健人のくれなかった幸せを、私は味わっている。


 龍也、ありがとう。

 契約結婚だろうと、私は龍也の奥さんになれて良かった。







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